第一話 男と柴犬
嵐の後、腹が空いたので何か打ち上がっていないか、散策しておりました。
すると、食いごたえのある男の遺体が、打ち上がっているではありませんか!
肌に密着しているわりに動きやすそうな肌着と袴(はかま)、鋼の籠手(こて)と臑当(すねあて)、腰には黒鉄の刀、少々ケッタイな格好の奴ですが、こっちとて一ヶ月飯にありつけてないので、背に腹は変えられません。
「いただきま〜す!」『ガブッ』
「いてーっ!!」『バコンッ』
口を大きく開けて頭にかぶりついたところ、男は生きていたようで、殴り飛ばされました。
「キャヒンッ」
「何だ、この犬コロ!」
「生きていたのですね。申し訳ございません。しかし犬コロとは、失礼な! あっし(私)は、柴犬を模して作られた“ものの傀(もののけ)”で、ございます。」
「犬コロが喋った!? “もののけ”? やはり、俺を食べようとする化け物か!?」
「化け物などでは、ございません! “ものの傀(もののけ)”とは、古の技術で作られた、生命体でございます。」
「お前の話は、荒唐無稽で分からんし、現に俺の頭にかぶりついておっただろうが。うぅ…、頭が痛い。」
男は頭をかかえ混乱しながら、喋っておりました。
「頭をかかえて…、かわいそうに…、溺れたショックで記憶を無くしてしまわれたのですね。自分の名前は、覚えておりますか?」
「うぅ…、思い出せない…。あと…、頭が痛いのは、お前がかぶりついたからだ!」
「無理をなさらなくてもかまいません、きっと時間が解決してくれます。名前などただの固有名称、その者の本質ではございません。」
ず〜っと気になっておったのですが、この男…やけに良い体つきに…、腰に携えた黒鉄の刀…。刀の柄には、まるで童(わらべ:子供)の様に名前が彫られているではありませぬか。
『“虎鉄”(こてつ)』
おそらく、過保護の母君がおられる、お侍の家系なのでしょうか。
おっちょこちょいの息子が、落としてなくさぬよう名前を彫ったのでしょうな〜。
「きっと、あなたの名前は、“虎鉄”(こてつ)ですよ。その立派な刀の柄に、刻まれております。」
その男は、ぽけ〜んっと刀を眺めておりました。やはり、たいそう大事に育てられたのでしょう、隙だらけで間抜けな優男の面をしておりました。もしや、記憶喪失ではなく、ただの世間知らずなのでは…。
「おい! よく喋る犬! お前の名前は?」
「あっ! あっし(私)ですか!?」
(言えませぬ〜ご主人を守れず逃げてきたとは〜柴犬型ものの傀として一生の恥。)
「あっし(私)も、じっ…実は、記憶を無くしてしまいまして…。」
「そうか! なら、お前は、犬だ!」
「犬!! 柴犬型としての誇りはございますが、犬と一括りに呼ばれるのは、心外にございます!」
「何だよ。面倒くせーな。」
『きゅるるる〜』
「“虎鉄”(こてつ)殿。お互い、腹が減っているようですね。」
お互い、主のいない侍と柴犬、特にあてもなく、金もなく、道をテクテク歩いておりました。
「犬! 何でついてくる? まだ、俺を食うつもりか?」
「失礼な! あっし(私)が進む方向に、“虎鉄”(こてつ)殿がおられるのです。」
“虎鉄”(こてつ)殿は、知能が低いのでしょうか、不毛の会話を続けていると、どこからか女性の叫び声が聞こえてきました。
「きゃー!」
急ぎ駆け寄ると、茶屋のおなごが巨大な野犬と思われる群れに、襲撃されているではありませんか!
「犬! お前達は、やっぱり野蛮だな! 何とか言ってやれ! 仲間だろ?」
「失礼な! 犬ではございませぬ! それに奴らも、野犬ではございませぬよ! “ものの傀”の“侠”(きゃん)でございます。」
「グルルル」
血走った目、六尺(1.8m)はありましょうか狼より大きい体、何より牙の隙間から垂れ流す大量の涎、もはや野良犬と言うより熊の群れでございました。
あぁ〜、駆け寄った“虎鉄”(こてつ)殿に気づき、今にも飛びつこうとしておりました。
あっし(私)は、戦闘用ではございません。
かわいそうに、短い間でしたが骸(むくろ)になったら、少しだけかじらせて頂きますよ。
『バジンッ!!』
一瞬の事でした。
蝶の羽ばたきの様に美しく、
雷鳴の如く力強く、
飛びつく“侠”(きゃん)は、“虎鉄”(こてつ)殿の左右へ真っ二つに割れ崩れ落ちてゆきました。
それを見た他の“侠”(きゃん)は、事を理解できぬまま逃げてゆきます。
傷ついても直ぐに再生してしまう“ものの傀”を狩る事が出来る武器、あの刀は伝説の古代文明の神器に間違いありません。
なぜ“虎鉄”(こてつ)殿が持っているかは分かりませんが、この男なら我が主の仇を取っていただけるやも!
「お侍さん、素敵!」
茶屋のおなごは、“虎鉄”(こてつ)殿に黄色い声で感謝しておりました。
『きゅるるる〜』
“虎鉄”(こてつ)殿の腹の音。
「あら〜、お礼をさせて下さいな。」
“虎鉄”(こてつ)殿は、茶屋のおなごにオハギを振る舞って頂き、照れくさそうに頬張っておりました。
「この、ワンちゃん。お喋り出来るの、お利口さん…、キャー!?」
あっし(私)の頭を撫でようとした茶屋の女性は、先程の“侠”(きゃん)に食らいつく姿を見て、幻滅と言うか恐怖しているようでございました。
あっし(私)も、一ヶ月食しておりませぬ! 口が“侠”(きゃん)の体液で染まろうが、背に腹はかえられませぬ!
「おい、犬! 決めたぞ! お前の名前は、“オハギ”だ!」
まぁ〜、良しとしましょう。
気にせず、あっし(私)は、“侠”(きゃん)の体液をペロペロ味わっておりました。
これが、
“黒鉄の虎鉄”と
あっし(私)、柴犬型“ものの傀”の“オハギ”との
出会いで御座います。
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