ふるぬまや河童しみいる死体かな

小石原淳

第1話 保養所のある島へ

 クルーザーが離れていくと、船着き場は空っぽになった。四日後の昼過ぎに迎えに来るまで、僕らは島に閉じ込められる形になる。実際はそんな仰々しい事態ではなく、学生仲間で集まって、他から邪魔されることなく夏休みを楽しく過ごそうという、よくある話だ。ただし、ロケーションは希有と言えるかもしれない。孤島に八人だけ。島も施設も貸し切り状態。

「あれが旧保養所」

 緩い上り坂に差し掛かったところで、僕らがこれから進むべき方角を示したのは、うっすら日焼けしたしなやかな手。彼女は鈴木園美すずきそのみさん、この島を所有する会社(土地建物を扱う大手企業)の社長さんの娘だ。僕らを乗せてきたクルーザー(乗員付き)も、彼女の家の持ち物。要するにお金持ちで、彼女もまあお嬢様と呼んで差し支えないだろう、うん。さらさらのロングヘアを手ですく仕種の優雅なこと。

 彼女が指差した旧保養所は、一部が二階建てになった瀟洒な宿泊施設で、船着き場から見るとそのシルエットは巨大な教会を想起させた。

 何でもその昔、映画及び事業で大きな成功を収めた女優が出身母体の劇団のために、稽古場と保養所を兼ねた施設を建てた上で、島をまるごとプレゼントしたらしい。大女優が健在で、劇団自体もヒット作を続けざまに出していた間は、頻繁に来島しては施設を利用していたが、女優が亡くなって資金面のサポートが途絶え、劇団の人気まで落ち込み始めると、一気に情勢は変わった。維持管理費を用立てられず、手放さざるを得なくなった。そこを買い取ったのが、園美さんの父親という経緯だそうだ。元々、大女優のファンだったとかで、採算度外視で購入したというが、さすがに放ったらかしという訳にもいかない。結局、自社での保養所として再利用するため、手を入れる計画が持ち上がった。手始めに、現存施設がどれくらい使い物になるのかをテストする意味で、娘とその学友(僕らのこと)が招かれた次第。

「テストと言っても、ちゃんと下調べはしてもらっているから、問題はないわ。これがあればもっと便利なのにとか、あれは流行遅れだから外した方がいいとか、改善意見があれば受け付けるってことね」

「とりあえずだが、たとえ歩いて五分の距離でも、車があればありがたいな」

 すかさず言ったのは、集団の中程にいる海田善一郎かいだぜんいちろう先輩。筋肉質、というかはっきり言ってマッチョな体型で大柄だが、かなりの汗かきだ。腕力を見込まれて荷物を多めに持たされているせいもあり、前髪から早くも汗が滴り落ちている。その割に、上に着ているTシャツが黒なのは解せない。

「車そのものは、軽トラックが残されているそうよ。私は見てないんだけれども、潮にやられている上に、ガソリン切れだって。他に、トラクターが一台で、軽トラック以上に古くてこれも動くのか怪しい」

 荷物を持たない鈴木さんは振り返ると、文字通り涼しい顔をして答えた。

「保養所と聞きましたけど、ビーチはあるんですか?」

 最後尾から声を張り上げたのは、波崎愛理はざきあいり。僕と同じ一年生で、僕の幼馴染みでもある。

「あるわ。船着き場とは反対側。保養所からも少し歩くけれど、白くて広くていい感じよ」

 さっきから聞いていると、鈴木さんは前もって下見に来たことがあるらしかった。お金持ち故のちょっとピント外れなところや自慢体質なところ、大掛かりないたずら好きなところ等が見受けられる人だが、知り合いを招くからには事前にしっかり見ておきたいという考えなのだろう。何か手落ちがあれば自慢できないどころか恥になる、それはあってはならないという意味合いもあるかもしれないけど。

「ビーチで思い出した。水上バイクは、もう運び込まれている?」

 海田先輩が言った。鈴木さんほどではないが、海田先輩の家も父親がマリンスポーツメーカーの重役クラスとかで裕福らしい。この度、保養所用にと注文を受け、水上バイク二台を納入したと聞いた。

「とっくに。あとで試運転してみるでしょう?」

「もちろん。えっと、俺以外で免許(※当時は5級小型船舶)を持っているのは……?」

 見回す海田先輩だが、大体は把握しているはず。その視線の先にいた池尻良太いけじりりょうた先輩が軽く手を挙げた。海田先輩とは対照的に細身でなで肩、肩幅も狭い。背は一年生の僕よりも僅かに低いくらいだが、顔はイケメンてやつで、もてすぎないようにあえてロン毛の鬱陶しい感じにしてるんだとうそぶいておられる(一応、敬語ね)。

 この二人の先輩が5級小型船舶を取得していた。当然ながら、水上バイクを操りたいがために取得した免許であり、他の船を持っている訳じゃない。

「他はいないんじゃなかったかな。まあ、三人乗りだろ? 試運転のあと、みんなで乗ればみんな楽しめる」

 舌足らずな言いように聞こえたが、要するに、乗りたければ俺(達)に頼めってことかしらん。

「私も多少は操縦できる。けれど無免許」

 鈴木さんが言った。お金持ち故……かどうかは知らないが、プライベートビーチみたいなところで熟練者から遊びがてら教わったらしい。そこまでするなら、正式に免許取ればいいのに。

 話している内に、旧保養所(かつ新保養所予定施設)に辿り着いた。門扉を横に押して開けて、少し行くと正面玄関に到着。近くまで来て、外壁は元々は真っ白だったのが、日差しや波風の影響なのだろう、若干灰色がかっていると気付く。

 ホテルではないので、出迎えはなし。鈴木さんが預かっていたキーの束を取り出し、玄関のドアを開ける。そういえば、このドアも平均的な住宅の玄関程度の幅で、一般のホテルのような広さはない。おかげで、海田先輩が入るのにちょっと苦労していた。両手の荷物のどちらかを手放すか、リュックを下ろせば早いんだろうけど。

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