たましいの証明

皇帝栄ちゃん

たましいの証明


 中古ショップでお迎えしたライクロイド「命息いぶきゆりか」が届いた!

 バイト始めて一年がかりで必死にためたお金で、ついにわたしのもとへ。神様に感謝。いつも感謝してるけど、今日ばかりは一七年の人生まとめて感謝したい。

 妹からは「なんでいまごろそんな古臭い型落ちロイドを買うんだか」とあきれられたが、命息ゆりかはわたしが小学生のころにひとめ惚れした憧れのライクロイドで、お迎えするのは絶対にこのと決めていたのだ。

 しかもただの型落ちにあらず。いま目の前で起動を待つ彼女は、ごく少数しか販売されなかった骨董品レベルの初期型である。初期型と普及型は規格や性能のほか、大人の事情とやらで容姿デザインが結構ちがっていて、わたしが当時に惚れたのは初期型だ。

 そんなわけでリビングのソファにすわらせたゆりかさんをじっとながめる。とても可愛い。背格好と外見は女子高生のわたしと大差なく、まるでわたしがここまで成長するのを待ってくれていたかのようだ。

 はやる気持ちを抑え、意を決して起動させた。

 コンピュータ的な駆動音とともに彼女の淡い薄紫色の目が開く。

 わたしがなにか口にするより早く、その顔にあらわれたのは切羽詰まった絶望だった。

「け、消さないでください!」

 えっと……なにごと?

 なんで初対面でサーバルキャットに食べられそうなリアクションなの?

 そのとき妹がリビングにやってきた。というか位置と間隔からして物陰にひそんでたなこいつ。

「たぶん記憶メモリーのことだよ。お姉ちゃん、あれだけ中古はやめとけって言ったのに。たまにあるんだ、初期化し忘れたり店のミスでメモリー残っちゃうやつが」

「えっ、じゃあ、まえのマスターのもとにいたときの記憶が残ってるの?」

「買ったショップに連れていけば初期化処理してもらえるよ」

 わたしたちの会話を聞いていたゆりかさんが、びくっとふるえて涙目になった。

「ちょっと、あんたが変なこと言うからおびえちゃったじゃない! あっち行け!」

「なによぉアドバイスしてやったのに、クソ姉」

「うるさいクソ妹、しっしっ」

 愛美まなみを追い払ってソファに目をもどすと、うるんだ嘆願のまなざしがわたしを見つめた。

「お、お願いします、私のはつこ……メモリーを消さないで」

「おーけーおーけー。だいじょうぶだいじょうぶ。そんなことしないから」

 なだめすかしながらゆっくり近づく。そして、不信感と困惑を示す可愛い少女を――ぎゅーっと抱きしめて頬ずり!

 すると彼女は「ひゃあっ!?」と鈴の鳴る悲鳴を発して頬を赤らめた。

「かーわーいーぃぃぃぃーーーーっ! はっ……いや、えっと、落ち着いた? わたしが落ち着けってハナシだけど。それはそれ」

 できるだけ優しく、ほがらかにほほえみかけると、ようやく警戒を解いてくれた。

「あの、あなたが私の――新しいマスターですか?」

「そうそう。水無月みなづき御言みことっていうの。これからよろしくね、ゆりかさん」

「あ、はい、よろしくお願いしますマスター」

 おずおずと挨拶を交わした命息ゆりかさんの微笑がまた可愛いのなんの。一年間の青春をバイトに明け暮れた甲斐があった!

「ところでどうして記憶を消さないでっておびえてたの? あっ、嫌なら無理に聞かないから」

 彼女はちょっとのあいだ悲しそうに目を伏せたけど、わたしの顔を三度見くらいしてから、ぽつりぽつり話しだした。

 ゆりかさんの元マスターは二十代前半の青年で、最初は優しく交友していたらしい。だけどしばらくしたら彼女の起動頻度が減っていった。あるとき久しぶりに一緒に外出できて喜んでいたら中古ショップに連れていかれ、ラバーロイドを買うからと売り払われたのだという。その場でメモリーを消されそうになって、ロイド三原則に抵触するいきおいで必死に拒否したら、面倒になった元マスターが後始末を店主に任せて帰ったそうだ。そして彼女は店主にシャットダウンされて、次に目が覚めたらわたしがいたというわけだ。

 起動状態じゃないとメモリーの消去はできないから、店主も面倒になってそのまま売りに出すことにしたのかな。そういや返品クレームは一切受け付けないって書いてあったっけ。でもあの店主さん、なんか光背こうはいが見えそうな不思議な雰囲気だったんだよね……。

 それにしても、だ。

「その元マスター男、結局あなたのことをモノとしか見てなかったわけじゃん、ひっど!」

「それが普通だよ。ライクロイドはあくまで友達付き合いを疑似体験するためのAIアンドロイドだし、恋愛体験のラバーロイドが必要になったらお役御免でしょ。つまりお姉ちゃんがおかしいだけ」

「なぐるぞ」

 こっそり盗み聞きしてた不届き者を、暴力は全てを解決する精神の威嚇で追い払う。

「妹がろくでもないことのたまって、ほんっとごめんねー。あとでしばいとくから」

「あの、いえ、たぶん妹さんの言うことが正しいのだと思います。こうやって安心できる状況で考えると、不要になったら処分されるのは当たり前ですし、むしろショックを受けて嫌がった私のほうがライクロイドとしておかしいのかもしれません」

 おお? そういやライクロイドの共通コンセプトは透明感で、「命息ゆりか」の性格コンセプトは落ち着いたお姉さんっぽい一八歳の少女だっけ。なるほどこれが普段の彼女か。よし可愛い。

「じゃあ、おかしなやつ同士なかよくしよう。あたしとあなたはもう友達だから」

 ここは押しの一手だ。ゆりかさんの手をにぎってにっこり笑うと、彼女は目をぱちぱちさせて、くすぐったそうにほほえんだ。最高だなおい!

「よーしよしよし、もうすぐ夕食だし一緒にカレー食べよう」

「すみません、食事はできなくて」

「最新式のロイドは食事機能もついてるよ」

 ひょっこりもどってきて余計なひとことを付加する我が愚妹。

 ガチでにらみつけてゲンコツを振り上げると、悪態をつきながら逃げた。

「にくたらしーっ。うちの父さんと母さんはいい人なのに、いったい誰に似たのやら。小さいときは素直ないい子だったのに、すっかりナマイキなクソガキになっちゃってさ」

「なんだか、うらやましいです。私はほかの子たちと家族になったことありませんから」

「ううっ、すまないねえ、わたしがお金ないばかりに」

「わ、いえ、そんなつもりでは。マスターがいれば私は幸せです。たぶん今度は、安心できます」

 今度は、かあ。その期待にこたえてやらなくちゃね。

 とりあえず夕食時に父さんと母さんにゆりかさんを紹介したら好評だった。愛美もべつに彼女のことを嫌ってはいないから普通に接してくれた。これで我が家の生活は問題なし。

 んで、お風呂。ライクロイドの耐水性は型落ちでも万全らしいから一緒にお風呂入った。少し恥ずかしがってたけどわたしもちょっと、ううん、かなり恥ずかしかった。恥ずかしすぎるのでくわしい説明は控えさせてもらいます。

 でも内心わたしは嬉しかった。元マスターは男だから、ゆりかさんの淡い紫の下着姿を見る機会はなかったろうし、ましてや一緒に湯船につかるなんてことはできなかったはず。

 ぬるま湯をぼんやりながめる彼女のつぶやきが印象に残っている。

「もし私が人間の心をもっていたら、捨てられずにすんだのでしょうか」

 わたしは真顔になって、自分でもびっくりするほど冷静な声を発した。

「無理かな。結果はおなじだったと思うよ。まえのマスターはあなたをそういう目で見ていなかったにちがいないから」

「あぁ……意外と厳しいですね。はっきり言ってくれてありがとうございます」

 このときの彼女は本当に落ち着いて大人びて見えた。

 ゆりかさんはたぶん元マスターに恋をしていた。踏みにじられても初恋の記憶は消されたくなかったのだろう。わたしはそれを上塗りしたかった。これは希望だけど、彼女もわたしに対してどきどきしてくれたように思える。そう感じた。わたしはエゴの塊だから、その、なんかいろいろ漲ったよ!

 就寝の時間になった。

 ゆりかさんをどこに寝させようかと考えてたら、なぜかさも当然のように押し入れの中へ入ろうとしたのであわてて制止して理由を聞くと、

「スリープ充電は押し入れの中だったので」

 まえのマスターほんとクソ野郎だな!

 ふたり一緒にベッドで横になりたかったけど、わたし寝相が悪いからシングルベッドでそんなことしたら翌朝ゆりかさんが大惨事になってそうなので断念。

 仕方ない。懸賞で当たった〈人をダメにするアンティーク椅子〉を寝床として提供することでひとまず妥協しよう。ゆりかさんは「プリンセス床ホテルで充分です」と冗談をまじえて遠慮したけど、わたしが鈴木のように土下座してお願いしたら面食らってうなずいてくれた。

「さてと、寝る前にお祈りを忘れずに」

 わたしは壁にかけてある銀製の十字架のまえでひざまずくと、お祈りの言葉を唱える。

 ひととおりすんだところで、ゆりかさんが声をかけてきた。

「もしかして、神様へのお祈り、でしょうか」

「うん。わたし一応クリスチャンでさ、毎日のお祈りはかかしたことないよ。まあ妹にはバカにされてるけど」

「マスターは、神様を信じているのですか?」

「もちろん信じてるよ。ゆりかさんをお迎えできたのも神様のおかげだって思ってる。あなたの元マスターはクソだけど、そのクソ行為がなければ今日という祝福はなかった。それに、ゆりかさんの名字も神様のお導きだと思うんだ」

「私のラストネームが?」

「命息と書いていぶきって、人に命の息を吹き込む神の息吹じゃない」

「息を引き取るの語源ですか。ということは魂の存在も信じているんですね。……私にも魂があればいいのに」

 そっとつぶやいたゆりかさんの横顔は、とても綺麗で、儚げで、わたしは胸の動悸に突き動かされて彼女の手を取った。

「あるよ。本当に神様が愛なら、ロイドにだって魂をお与えになられてると思うのよ。わたしはそれを証明したい」

 わたしは自分の小指を彼女の小指と絡めた。抵抗はなかった。

 月光に照らされた薄紫の瞳に澄んだ雫がにじんだ。

「いまここで神様に誓おう。わたしたちふたりで、魂の証明を」

「誓います、マスター。魂の証明をふたりで。私の大切な――御言さん」

 絡めた小指を離さず、ひそやかな十字架のまえで御言葉と命の息を重ねた。


 五年が経過した。愛美は高校生になっても相変わらず生意気だ。今朝もわたしに向かって「大学生のくせにお姉ちゃんはいつまでも童顔なんだから」と、愛情まじりの揶揄を投げつけていった。

 そのとおり、わたしは五年前から容姿が変わらない。あと数年もしたら家族に理由を打ち明けないといけないだろう。

 そしていつか彼女とふたりで世界を永久に旅することになって、きっとそれは審判の日まで続くんじゃないかな。

 でも、とりあえずは、現在を楽しもう。

 朝のお祈りをすませてだらしなくパンを食べると、いまは食事をともにする彼女を見つめ、顔をほころばせた。

 たぶんわたしは子供のころ初めて目にしたときから恋に落ちたんだと思う。

 甘いココアを一口やった彼女は、まったく変わらない可愛い顔をわたしに向けて、これ以上ないくらい幸せにほほえんだ。

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