第24話
「目的はなんだ!」
ホシダが鋭い声をかける。
「交渉しに来たんですよ。昏睡状態の人を救いたいなら乗るべきだと思いますが」
「要求はなに?」
口を開こうとするホシダを制してクロミヤが応じる。
「待って。そもそも要求がとおると思っているわけ。夢の力を使えないあなたに勝ち目なんてあると思っているの?」
ナオミが苛立ちを隠さずぶつける。
「ええ。だからここに来たんですけどね」
いつもの厭味ったらしい口調は変わっていない。漆黒によって世界が終わりかけていたときのナカハラはどこに行ってしまったのか。
「要求は?」
クロミヤが淡々と交渉を始める。
「やはり社長は話が早くて助かる。そうですねぇ……」
ナカハラがもったいぶるかのように間をおいて考え始める。
「私をサイバーメディカルから解放してくれます? 具体的には辞めさせてもらえますか」
たっぷりと間をおいた割に条件は単純なものだった。
辞める? ナカハラの提案にユメは戸惑う。下克上というからには社長の座を奪うと思っていた。
クロミヤも面食らっているようで黙ってナカハラを見ている。
「本当の目的はなんじゃ」
シマが詰め寄る。今までの行動を見ていれば、ナカハラがただ辞めるだけとは到底思えない。
「これは社長と私の交渉なんですがね。本当に他意はない。それにいいんですか。真意がわからないからってグズグズと話し合いを続けたら、昏睡状態の人がどうなるかわからないんじゃ?」
キャピタルには一時的な生命維持装置がついている。しかしシステム自体に手が加わっているなら作動するかはナカハラにしかわからない。
「わかった。昏睡状態から目覚めさせられたら、あとはあなたの好きなようにすればいい」
人類を人質にとった交渉。解放する術が見つからない以上、ナカハラの要求を呑むしかない。
「さすが社長。決断が早い。それではそのキャピタルからどいてくれますか」
嬉しそうに近づいてくるナカハラに道を譲ると、彼はキャピタルに触れる。
「どうやってキャピタルのシステムを書き換えたの」
ナオミが悔しそうにナカハラに問う。
「そうですね。最期に教えてあげてもいいでしょう。これは私の生体を使ったプログラミングなんですよ。そのためにキャピタルのスキャンシステムを利用したんです。私に危害を加えなくて良かったですね。そうしたら二度と人類を目覚めさせられなかったわけですから」
「そんなことできるわけ……」
ナオミが反論する。
「そうですか? キャピタルは人の感情を奪う。それは人間のプログラムを書き換えているようなものですよね。それなら人間というプログラムを使ってシステムを書き換えることもできると思いませんか? 夢の力なんて超常現象より、よっぽど現実的だと思いますけどね」
ナカハラの笑みにユメはぞっとする。いつものへらへらした笑い方ではない。そこには達成するためにどんなことでもするという信念が感じられた。
「そんな。人間を機械みたいに扱うなんて」
ナオミはまだ納得がいかない様子だ。
「キャピタルに入った人だって機械みたいじゃないですか。感情や意識だってホルモンの増減や神経の電気信号ですから、デジタル信号に置き換えられる。まあ、かなり得難い体験でしたけどね。プログラミングする機械になるということは」
自分の体をプログラミングに使う。夢の力がないからこそ、その思いつきを実行できたのだろうか。
「社長が要塞といって驚きましたよ。書き換えるときのイメージそのものでしたから。夢の力ってのは、やっぱり恐ろしいですね」
笑いながらも最後の一言には諦めのような虚無感をユメは感じた。
「さあこれくらいでいいでしょう。人類を眠りから目覚めさせて夢の世界へ戻してあげないと」
ナカハラはキャピタルを操作して中へと入りこむ。キャピタルが自動で閉まると、そのまま起動する音が聞こえてくる。
キャピタルの駆動音を五人は黙って見つめる。今ナカハラはプログラミングするための機械になっていることになる。
それはどんなものなのだろうか。ユメにとっては恐ろしい体験としか思えない。しかしナカハラは健康診断のスキャンを受けるのと同じようにキャピタルへと入っていった。
「どう?」
ホシダがナオミに声をかける。
「うん。システムは書き換わっているみたい。内容はまったく理解できないけど」
ナオミは端末を眺めながら呆然としている。
「……どうやら大丈夫そうですよ」
ヤマモトが通信端末の画面をこちらに見せる。画面にはキャピタルに接続された人たちのリストが映っていた。昏睡状態という記録がひとり、またひとりと消えていく。
どうやら人類はすこしずつ昏睡状態から目覚めているようだ。表示が消えていくのを見て安堵する。
「ありえない。こんな方法でシステムを書き換えられるなんて」
ナオミは端末を見ながらつぶやいている。画面をのぞき込むと、めまぐるしく画面に映された文字が書き換えられていく。
「終わったみたい」
十五分ほど経っただろうか。ナオミが眺めている端末の画面も静止したままだ。すべてのプログラムの修正が終わったということだろう。
「本当ですか? まだひとり昏睡状態の人がいますが」
ヤマモトが見せた画面には、昏睡状態になっている人のみを抜粋した検索結果が表示されている。たしかにそこには一件の昏睡状態の人物が載っていた。
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