第11話

「坪田教授、これがどういうことかおしえてもらおうか」

 初老の課長は低い声でいった。あの事件で島田が撮った動画は、動画編集で加工する時間が足りないとして、たよれる犯罪の証拠となったのだ。けれども、これが殺人事件になりかねなかったため、警察によく相談しなかったことについて、坪田教授に説明を求めているのだった。正木警部を含む、そのほかの警察もその場にいて、教授の評判もあってか、そろって内心どんな推理を聞かせてもらえるのかウキウキしていた。

「もちろん。課長殿、西村渚と安田道夫が殺人を犯してしまう可能性が、まったくなかったわけでなありません。今度の事件は、未遂みすいで終わったからよいものの、だからといって本来ならば、こういったことを警察に知らせるべきなのです。この件については、申しわけございません」

 課長は大きくうなずいた。

「いいよ。だが、残っているなぞとそこの大学生について、きちんとおしえてはくれぬだろうか」

 島田は気まずい思いで、この場にいた。

 坪田教授が、まさか島田と高橋恵の関係性を指摘するとは、少なくとも、二台の自転車の話をされるまで、まったく考えてもみなかったのである。教授は、ゆっくりと話しはじめた。

「謎につきましては、島田文彦に述べた見解同様です。そのため、僕がこれから述べさせていただくのは、あれの補足となります。エッと、確か高橋恵が安田を世間体から隠そうとしている、と僕が自論を立てたところでしたね。これを考えたとき、僕の脳裏には心理遺伝、という言葉がぱっと浮かびました。道夫の父親である玉木は日常的に暴力を振るっていたのかもしれない。玉木とその配偶者の糸子は、階段から転落して死亡したそうです。だから、これを見た道夫がパニックを起こさなかったということは、父親が日常的暴力をしていたための不感症であるかもしれないのです。けれども、恵のいうように道夫が虫殺しに執着しているならば、あの心理試験で得られた、『執着心が強い』や『目標が外部によって阻まれている』『消極的で過去になんらかの秘密がある』の記述にもうなずけます。おそらく不感症と遺伝の両方かもしれません。完全な論理の飛躍ですが、僕は、両親が死んだのは彼のせいじゃないかと思うんです。だって、階段で揉め合うのはあまりにも不自然じゃあないでしょうか。

 それから、荒井大輔と恵の娘である舞が結婚していることについては、道夫を連れ戻すときの集まりで、彼を観察してわかりました。なんというに、僕が恵の自宅で舞を見かけたとき、彼女は右手薬指に指輪をつけていて、荒井はというと左手薬指にそっくり舞と同様の指輪があったんです。恵がいないあいだ、(僕は気になって)舞にその指輪は何か、と訊いたことがあります。彼女は照れながら、荒井との関係をあきらかに示唆しさしたのです。いつも帽子をかぶっているだとか、自分が結婚していることに照れて、指輪をいくつもはめているのだと彼女はいっていました。これで推理するまでもないでしょう。そもそも、結婚指輪は男女ともに左手薬指が主流とはいえ、どの指にはめてもいいんですよ。ところが、女性は右手薬指で男性が左手薬指の説もあります。わざわざこの説通りに従う者はあまりいませんが、そこには両親の意見が含まれている可能性があります。今の若者がそれを知っているとは考えにくいですから。

 それで僕は、荒井が両親のせいで無理に結婚させられたかもしれない、と想像して、再解釈を試みたのです。すると、指輪をいくつもつけているのがファッションで、こいつにだけは結婚していることを知られるものか、とカムフラージュしたのではないかと思いました。それならば、結婚しているのを知られてくない人の候補で、すぐに西村渚の名前が浮かびました。だから、西村が荒井に殺意を持っていても、おかしくないのです。あの匿名電話は、彼女自身が自供しているとおり、本当に衝動的な行動だったのでしょう。荒井から西村への暴力は、そのことを知られたくなかったからだと、彼はいっていますね。本当の罪は、荒井と西村のどっちなんでしょうか。

 ところで、麦茶から検出されたリコリン等の有毒アルカロイドですが、あれについては無事に出所が判明したのでしょうか。やはり氷ですかね。準備に必要な時間があったのは、安田の自宅のトイレに、一度も行っていないはずの西村の物と考えられる、髪の毛が落ちていたことから容易に推測できます。殺意を持っている西村が、毒のあることで有名な彼岸花ひがんばなを大量に所持していたのでしょうか」

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