(下)
第7話
事件があったのは九月である。
それはさておき、安田がなぜこの大学で有名なのかというと、多分に彼の経歴がかなり
安田は、やはりというべきか大学一年生でも留年していた。この二人は別段親しい友人でもなかったので、島田はちょうどその頃、大学のキャンパス内にある食堂で、この奇怪な人物についてあれこれと妄想をふくらませていた。
男は深く帽子をかぶっており――お
「いやあ君が島田文彦君だねえ」
名前を呼ばれた途端、島田はいやがおうでも彼らを見なければならなくなった。女もまた、以前会った時と同じく、鼻筋のととのった白い肌の美人で、ほんのりと茶髪である。二人が並んでいる様子はまさにお似合いだ。けれども、女はなにかしらにおびえているようで、それを懸命に隠そうとしているのが、やけに気になったのだが、しかし、自分には関係のないことだと決めつけて、それがこの事件の真相を暗示しているのも気付かずにいたのだった。
「俺は二年の荒井大輔で、こっちは同じく二年の西村渚だ。君にひとつ、頼みたいことがあってきたんだが、なんだかわかるかな」
「安田道夫、ですか」
「ええ、今年は島田さんを加えることになりました」
意外にも、西村のほうが答えた。どうやら、会話の主導権は彼女が握っているようで、島田はさらに困惑したのだが、とはいえ、今回が自分に決まったことは予想していただけに、好奇心と
入学当初、彼は西村から、毎年安田と面識があるものが集まり、安田の家をおとずれているのだと聞いたことがある。理由としては、ただ学生が面白がっているからだ、と彼女にいわれたのであるが、教授も毎回参加するために、これが大学公認の行事だと認知せざるをえなかった。思えば、西村はその行事の関係者側で、この時、すでに島田が選ばれていて、それを暗にほのめかしたのかもしれない。
「僕はあまり行きたくないのですが、強制参加ですか」
「はい。残念ながら、一度決定したことは変更するのに時間もかかりますし、こちらも忙しいので、できれば参加してもらいたいんです」
「でも、僕は部活動を優先させたいんです。今、所属しているラヴクラフト研究会の部誌が――翻訳者も少なくて――刊行予定日に間に合うか不安なので、せめてもう少し日にちをずらせませんか」
「それはむずかしそうです。教授陣の予定も確認して決まった決定事項ですから。しかし、島田さんは参加したがると思いますよ。坪田憧英教授をご存じですか」
「エッ、まさか来るんですか」
「今回で初参加らしいです。けれども、もしも島田さんが不参加の場合、もちろん坪田教授に会えませんよ。どうしてもというなら、しかたありませんが、もし気が変わったら今週土曜日に市立図書館へ来てください。午後一時です」
二人は、島田に一言も話させないとばかりに急いで去って行った。荒井は自己紹介をして以降、なにもしゃべらなかったが、これはどういうことだろうか。荒井もメンバーなのか、はたまた、西村の恋人でただ仲がいいから一緒に来たのか、どちらにせよ、彼は不自然を
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