第4話
行きつけのカフェテリアで、男二人は対面に座っていた。
正木警部の地図を、坪田はじっくりと眺めている。
「なるほど。ともすると、犯人は森沢大学の関係者の可能性があるということだね」
通報者は、すでに犯人と呼ばれていた。
「もちろん、確実とまではいえないが、たぶん学生あたりだと思われている」
「あれから電話はなかったのかい」
「ないよ。けどな、事件に発展するかもしれないから、課長があんたの意見を聞いてこいとよ。まるで
正木警部は、すまし顔をしていたが、内心、坪田に本気で救いを求めていた。天才はなにを思い、考えているのか、彼にはさっぱりわからないのだが、そんなことよりも、自分から出向いた理由は、犯人特定のために必要となってくる、その
「いいとも」
「以前、あんたの大学に、安田道夫という名前の大学生がいるといっていたな。そいつを調べてみたんだが、どうにも経歴がおかしいのだよ。これを見てくれ」
そういって、白紙に印字された紙を坪田に見せた。紙には、マーカーで線を引かれた箇所がいくつかあり、その一文々々が大事な部分であることは、説明されずとも
安田道夫 大学一年生(留年中)
父の安田玉木は、不動産会社の社長。
母の安田糸子は、無職。
両親は
道夫は、森沢大学に入学してから、すぐに一軒家を買う。現在、講義の出席日数が足りず、留年中。
「ははあ、君、なかなか調べ上げたね。学生あたりどころか、もうほとんど決まりじゃないか」
「ふん、仕事だからな」
「わかった。意見をいおう。ところで、君、うちの大学の
「なんだい、いきなり話題を変えてきて。そんなやつ聞いたこともないぞ。今回の事件となにか関連しているのか」
「さあ、どうだろうね。事件とつながっている可能性は、なんともいえないが、まあ否定はできんよ。じゃあ、こちらから意見をいう前に、西村君の話をしよう。西村君は、僕のおしえ子でね、うちではちやほやされている美人で、現在二年生だ。僕は偶然にも、君と同じように安田道夫について、独自に調査をおこなっていたのだよ。……うむ、ひとまず、まわりくどいがそれについて、特別に君に話そう。僕は、昔、君と一緒にたくさんの事件に挑戦した。そのせいで、僕と同じくらいの年齢層やもうちょい若い世代で、いらない知名度も獲得してしまったんだが、今度の依頼もそういう種類の人から来た。それでね、僕が大学から出て行くタイミングを計って、彼女は調査を依頼してきたんだ。だから僕は、そういうのは断っている、と決まり文句をいおうとしたんだが、話を聞いていると、これはまずいな、と思ったんだ。彼女は、息子が隠れて生き物を殺している、というんだ。それで怖くなって相談しに来たんだ、ってね。こりゃあいけない、『その息子さんはなんという名前の子ですか』と質問してから、彼女はしばらく迷っていたが、やがてこういった。『もし口外しないのであれば、話します』だから僕は、絶対に口外しないと
正木警部は
まさか、坪田が独自に調査しているなどと、考えたこともなかった。彼は、運命論ほど嫌いなものはないが、それにしても、やはりこれが運命なのだと痛感したのである。
「名字はいわなかったね。なんたって、安田道夫は、かなり変わった経歴のせいで、有名人なんだ。だから、彼女は息子の名前をいうのに
「どういうことだ。あんた、いつ高橋に会ったんだ」
「一年前だったかな」
「おい、そんなことってあるかよ」
「実際あったんだ。僕は、高橋恵に簡単な調査を依頼されて、安田道夫についての他者評価を調べたんだ。するとどうだったと思う――まあ、君の調べた情報とそっくりさ。道夫の母親については、こちらもあまりわからなかった。けれども、高橋さんに心理テストの許可を求めると、同意をもらえたんだ。君もご存じだと思うが、僕には心理学者の友達がいて、そいつがかなり腕利きなんだ。しかも若い。そして、僕は安田の描いたバウム――一応説明するが、木の絵を描かせて分析するんだ――を高橋さんから預かって、その人に見せた。すると、どういう結果になったかというと、分析方法は抜きにして、こういうことになる」
坪田は、正木警部の書いた調査書の横に、バウムテストの結果を置いた。
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