練習小説

ゆかこ

忘れられない校舎と思い出

「夕暮れの海って、なんかこう、寂しい気持ちにもすがすがしい気持ちにもなるよね。」

「何言ってんだ、ここ海ないだろ。というか海見たことないだろ。」

海なし県、観光地もないような片田舎の校舎で、そんな会話をした記憶がある。

「海見たことはありますぅー。いやさ、これ見てよ。」

そういって彼女が目の前にいる男子高校生に見せたのは、とあるSNSの投稿。画面いっぱいに広がる、30秒にも満たない短い動画には美しい夕暮れの海が広がっていた。知りもしないどこかの誰かの言葉と、知りもしない音楽と共に。

せっかく綺麗な場所なのに、文字なんかでつぶしてしまってはもったいないな。

「ふぅん」

「なに、ふぅんって。なんか『綺麗だね~!』とか『キラキラだね~!』とかないの?情緒死んでるの?」

「どっちもほぼ意味一緒だろ。お前の語彙が死んでるんだよ」

「いいの!伝わればいいんですぅ!もー。」

彼女はぶつくさそういいながら、スマホの画面をすいすいと操作する作業に戻った。


だってしょうがない。そんな、画面の向こうにしかない綺麗な景色を見せられてもふぅんとしか言えないんだから。というか、こっちはそれどころではない。今日も今日とて、目の前に居る彼女に見とれてしまっているのだから。


好き、そう。そうですよ。そうですとも!雪のように白い肌、血のように赤く美しい頬、黒炭のような黒い髪、なんて白雪姫の冒頭みたいな表現がしたくなるようなこの子のことが好きですけど何か!?ほかの人にはそうは見えない?目が腐ってるんだろうよそいつらは!

と誰に弁明するでもなく、というかやけになっている心の内を隠しながら、男子高校生は頬杖をつきながら彼女を眺めていた。


ときおり、ふふっと押し切れない笑いが漏れたり、ねえこれ見てよ!と楽しそうにこっちに画面を見せてくる彼女を眺め、今日もいい時間が過ごせたものだと考える。


キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


ああ、今日もこの時間が終わってしまうのか。


「じゃあ、私はもう帰るね。また、明日来るね。」

そういって、彼女は肩からかけている小さなカバンに自分のスマホをしまって、席を立った。

「おう、待ってる。」

男子高校生はそういって、彼女の後ろ姿にひらひらを手を振った。


かっこつけて返事をしたが、やっぱり寂しいもんだ。


がらがら、ぴしゃん。


そんな音と共に、彼女は部屋から出て行ってしまった。

明日も、忘れずに来てくれるだろうか。忘れずに。来てほしいな。


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この村には、こんな噂がある。


あの古くなった高校、あるじゃない

ああ、もう蔦でぐるぐるになちゃってるところ?

そうそう、あそこ。もう子供もこの村からいなくなっちゃって、最後の在校生も、何人か残して死んじゃったのよね。


え、どうして?

あら、知らなかったっけ。あそこね、4年か5年くらい前に大雨で流されてきた土砂に飲まれちゃって、ぼろぼろになっちゃったのよ

でも土砂に飲まれたにしては、きれいに残ってない?

それが不思議なのよね。1週間くらいだったかしら。気づいたら元通りになってたの。蔦だらけだけど。


何それ、怖くない?

そうなのよ、不気味でねぇ

でもそういえば、あの校舎に入っていく女の子見たわね。黒髪の。ちょっと暗めの印象の女の子。

ああ、あの子はね。ちょっと変わった子なのよ。なんでも、あそこに好きだった男の子がまだいるんですって。


どういうこと?

わっかんないのよ。その子確かにあの学校に通ってた子だから、何か高校に未練でもあるんじゃない?きっと現実から目をそらしてるのよ。

へぇ、なんかこわいわね……


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練習小説 ゆかこ @yuukororinn1227

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