第2話 奴隷がいなくなった日

「すみません、すみません……」


 謝る奴隷にムチを振るおうとしていたが、ムチは奴隷に当たることはなくムチの先端は空を切る。


「は? 消えた……おい! ここにいた奴隷はどこに行った!」

「ここにいた奴隷もどこかに消えました!」

「あ? どういうことだ! 誰か説明しろ!」


 いきなり奴隷が痕跡もなく消えるという事象があちらこちらで発生すると、この騒ぎの原因はなんなのかと色んな憶測が民衆の間で噂される。


「奴隷が消えた話知っているか?」

「聞いた! アレって何かの呪いとか言われているけど違うの?」

「俺が聞いた話じゃソレはないみたいだぞ」

「へぇ~じゃあなんだろうね」

「だけど、何かはよく分からないが消えたのは本当だぞ。なんせ俺の目の前で消えたからな」

「へ~」


 そんな話がいろんな場所でやりとりされると面白くないのが奴隷を多く抱えていた貴族や豪商だ。


「どういうことだ! まだ、見付からないのか!」

「はい……申し訳ありません……」

「奴隷商の奴を連れて来い! 責任を取らせてやる!」

「はい、分かりました」


 ある貴族の元へ奴隷商の主人が連れて来られると、その貴族はどういうことだと説明を求める。


「……私共の店でも奴隷が消えましたが、原因の方はさっぱり分かりません」

「ほう、お前の店でも消えたか……おかしいな。私が聞いたところでは、全部が消えた訳ではないと聞いている。それはどう説明する?」

「……はい。確かに仰る通りで、残っているのは借金奴隷と犯罪奴隷です」

「ふむ。では、契約奴隷だけがいなくなったと……そういうことか?」

「……はい。詳細は分かりませんが、確かに契約奴隷だけがいなくなりました」

「そうか。だが、アイツらにはお前が隷属魔法をかけ、隷属の首輪も着けているのだろう? なら、場所などすぐに分かるのではないのか?」

「……はい。ですので、私共のお抱えの隷属魔法の使い手に場所を確認させましたが、どれも場所を特定することはかないませんでした」

「そうか……分かった。もういい、下がってよい」

「はい。失礼します」


 奴隷商の主人が貴族の前から退席しようとしたところで、貴族から声を掛けられる。


「おい、いなくなった奴隷の返金は早めに頼むぞ」

「はい? それはどういうことでしょうか?」

「どういうもないだろ。お前のところで買った商品がなくなったんだ。ならば、お前が保証するのが当然だろ。違うか?」

「いえ、ですが……それはあまりにも……」

「話はそれだけだ。もう、いいぞ」

「……」


 貴族が手で祓うような仕草で奴隷商人に退室するように言うと、奴隷商の主人は貴族の屋敷から自分の店に戻る。店の中の部屋に入るなり思わずハァ~と嘆息すると、近くにいた店員が声を掛ける。


「旦那様、どうしました? もしかして、無理難題を吹っ掛けられましたか?」

「無理難題どころじゃない!」


『バン!』と執務机の天板を両手で思いっ切り叩くとふぅふぅと息を荒げる。


「いなくなった奴隷の代金を返金しろと言ってきた! そんなこと出来るか!」

「うわぁ~相変わらず無理難題ですね」

「いいから、急いで補充をするように伝えるんだ!」

「いつもの連中でいいんですか?」

「ああ、構わん。なるはやで頼むと伝えてくれ」

「分かりました!」


 店員が奴隷店から飛び出していく。


「これで少しは代金を払う代りになるだろうよ。しかし、アイツらどこに消えたんだ?」


「そうか。分かったと伝えてくれ」

「はい。ではなる早で頼みます」

「ああ、分かったから」


 奴隷商の店員がある場所にてその場にいた冒険者に主人からの依頼を言付けると、踵を返す。


「ったくよ。これで何件目だ?」

「そうっすね、大体十件近くになりますかね」

「そんなにか……じゃあ、あの噂は本当だったんだな」

「そうみたいっすね」

「じゃあ、俺達も動くか」

「「「へい!」」」


 冒険者が奴隷狩りに動き出した頃、アツシが想太に報告する。


『ソウタ、動き出しましたよ』

「え~早くない?」

『そうでもないでしょ。奴隷がいないと回らないのもあるのでしょうね』

「なんか、勝手だね」

『まあ、そう言わず……あ! そう言っている間に他の場所でも動き出しましたよ』

「分かった。じゃあ、朝香と手分けして『それだけでは間に合いそうもありませんね』……え? どういうこと?」

『とても二人だけでは対処は難しそうですね』

「そんなに……」

『まあ、ソウタなら楽勝でしょうが』

「どういうこと?」

『……ふぅ~また、私が説明しないと分からないのですか?』

「……ごめん」

『まあ、慣れるまではしょうがないでしょう。なに、簡単なことですよ。ソウタとアサカで手が足りないなら増やせばいいだけのことです』

「増やす?」

『そう、文字通り増やすんですよ』


 アツシは想太なら出来るハズだとばかりに詳しい説明もなしに『増やす』とだけ伝える。


「だから、その増やすが分からないんだって。第一、何を増やすっていうのさ?」

『何をって、そりゃもちろんソウタ自身に決まっているでしょう』

「え? どういうこと? 俺自身を増やすって?」

『ふぅ~ソウタ。何度でも言いますが、ソウタに出来ないことはないんですよ。さあ、やって下さい』

「いや、出来ないって……そもそも俺自身をコピーするってなんなの?」

『まったく……どういうことも何もそのままの意味でしょう。ほら、早く!』

「いや、だから……ん? いや、待てよ……そうか!」

『やっと、分かってくれたようですね』


 アツシとのやり取りで想太はあるマンガでの一シーンを思い出す。


「そうだよ。何も悩むことなんてなかったんだよ。『分身』!」

「「「出来た!」」」

『『『そうです!』』』


 想太がそう唱えると、その場には十人ほどの特撮ヒーロースーツを着ている想太が並んでいた。


「「「あれ? もしかしてアツシもコピーされたの?」」」

『『『そりゃ、ソウタが増えたのなら、ソウタの中にいる私も当然一緒に増えるでしょう。ほら、早速現地に向かいますよ。オリジナルはここにいて下さいね』』』

「「「了解!」」」

『『『はい!』』』


「で、どれがオリジナルなの?」

「「「はいはい!」」」

「え? どれ?」


 朝香の何気ない一言に想太の集団が勢いよく手を挙げる様子を見て、朝香が首を捻る。


「アツコちゃん。どれだと思う?」

『額に角が生えているのが本物ですね』

「角……あ~これね」


 朝香が想太の集団の中から、ツノ付きの想太の腕を取り集団から引き離す。



「朝香、助かったよ」

「それはいいんだけどさ。もしかして、全員に自我が芽生えてたりしない?」

「……多分」

「やっぱり。じゃあ、この後どうするの?」

「それは大丈夫!」

「なんでそう言い切れるの?」

「だって、どう転んでも俺だし」

「それもそうね」

「なんかそうやって、すぐに納得されるのもなぁ~」

「だって、想太だしね」

「だよねぇ~」


 オリジナルの想太と朝香はそんなやりとりをしながら、次々に転移していく想太達を見ていた。

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