お嬢様に弱みを握られて、恋人にさせられてしまう話

かにわら

1話

 私はリア充が嫌いだ。

 カフェとか、コンビニとか、電車とか……至る所でイチャつきやがって! うらやま……けしからん。日本の恥だよまったく。

 全てのリア充よ、血を吹いて爆散しろ。

 あー……彼氏欲しいぃ〜。

 

 私は楠木彩芽くすのきあやめ。今年で27のアラサー会社員……だったものだ。大学を出て、ずっとやりたかった仕事ができる企業に就職したかと思ったら……ほぼ休み無し、サービス残業の連続、挙句の果てにはパワハラ上司ときた。今どき珍しいくらいの典型的過ぎるブラック企業だ。

 

 そんな環境でクソ雑魚メンタルの私が耐えられるはずもなく……一年ほど前にうつ病を発症。その流れで会社を退職した。

 それからは色々なバイトで食いつないでいるものの……中々厳しいお財布事情が続いている。金なし、定職なし、彼氏なしの三連コンボである。

 そんな私の唯一の楽しみといったら……

 プシュ!! と勢いのある音を立てながらストロング缶を開け、一気に喉に流し込む。

 

「ぷはぁ〜〜!! やっぱりお酒は最高だなぁ!! 嫌なこと全部忘れられる……」

 

 私が今住んでいるアパートは壁がとてつもなく薄いので、酒盛りをしてちょっと(?)騒ぐだけでも、お隣さんからの壁ドンが飛んでくる。

 いやあれほんとに怖いからね?? 一回やられただけでもトラウマだよ。

 そんな訳で、夜の公園にて静かな晩餐会を行っているという訳だ。

 

「はぁ……この際彼氏じゃなくてもいいから、かわいい女の子と触れ合いたい……人の温もりが欲しい……」

 

 人に聞かれたらぶっ叩かれそうな事を呟きながら、尚もアルコールを流し込む。

 あーいい感じに酔ってきた。もう何でもできそうな気がしてきたわ。

 そんな危ない思考に陥っていると、ちょうど私の望みに答えるかのように、かわいらしい女の子が歩いているのを発見する。

 これは……千載一遇のチャンスなのではないか……!? あの子を口説くことによって、寂しい夜に終止符を打てるかもしれない! 

 思い立ったが即行動。私は酔いによる異様な行動力によって、少女の元へ全力で駆け寄り、声をかける。

 

「ちょっとそこの君!」

「……え? 私ですか?」

 

 私に声をかけられた少女は、戸惑いながらこちらに振り向く。年は18か19くらいだろうか? 綺麗に伸びた黒髪に、目鼻立ちが整っている顔つき。しっかりと垢抜けている正統派美少女という印象だった。

 

 ……え、ちょっとまって。かわいすぎない? ここまでの美少女は初めて見たかもしれない、ぜひお近づきになりたいな。

 

「なんの用ですか?」

「あっ、えと……」

 

 やばい。ナンパ初心者すぎて何を話したらいいか分からない。こういう時のために、ナンパ会話デッキを用意しておくべきだったか。

 

「そんな薄着で寒くない? そろそろ秋口だし、夜は冷えるでしょ? そこの自販機でコーヒーでも奢るよ?」

 

 いや弱い! なんだよコーヒーって! 焦ってよく分からないことを言ってしまった気がする……。

 

「……いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 あれ!? なんか成功しそうなんだが!? 今時の美少女はコーヒー1杯で釣れるのか……? ちょろすぎない? 

 約束通り、自販機でごく普通の缶コーヒーを買ってあげた。私たちは初対面特有のぎこちない雑談をしながら、ベンチに座る。その美少女は缶を開けながら、こちらを向いて会話を続ける。

 

「そういえばお姉さん、お名前とか聞いてもいいですか?」

「あっ! そういえば言ってなかったね。私は楠木彩芽。27歳だよ」

「私は王明寺結花おうみょうじゆいかと言います。よろしくお願いしますね、彩芽さん」

「よろしくね! 結花ちゃん! ……結花ちゃんは、どうしてこんな夜遅くの公園にいたの?」

 

 ふと気になった質問を投げかけただけなのだが、結花ちゃんの表情が途端に暗くなる。もしや、まずい質問だったのか……? 

 

「そうですね……まぁ、色々あるんですけど。主に家庭の事情ですね」

「そっか……まぁ、家の事で帰りづらいって結構あるよね。それは分かるんだけど、女の子があんまり遅くに出歩いちゃだめだよ? ここら辺、たまに不審者が出たりするらしいし……」

「……ま、その通りですね。こんな風に、変な人に話しかけられたりするかもですし」

 

 そのように皮肉りながら、ニヤニヤした顔でこちらを見つめてくる。こっ、このやろう! 年上をバカにしやがって! くそっ! くそっ! 

 ……いやまぁ、その通りなんですけどね。こんなナンパじみたこと……そこらの不審者とほとんど変わらない気がする。

 

「ていうか、彩芽さんこそ何してたんですか? ……まぁ、そこにある飲みかけのストロング缶を見れば察しはつきますけど……」

 

 結花ちゃんは呆れた様子で、私が飲んでいたお酒に視線を送る。大人の弱い部分を注視されているような気がして、少し情けない気分になる。

 

「あ、あはは……なんか恥ずかしいな……もったいないし、飲み切っちゃうね」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、残っていたお酒を一気に流し込む。ああ〜、かわいい子の隣で飲むお酒は格別だなぁ……。

 

「いや、そんな焦って飲まなくてもいいでしょ。彩芽さん、ほんと変な人ですよね……」

「ふ、普段はこんな感じじゃないからね!? ちょっと悪酔いしてて、テンションがおかしくなっちゃってるかも……」

 

 ていうかまぁ、確実にそうだろう。あと、久しぶりにかわいい子と触れ合えて、気分が高揚しているのもある。

 

「……そういえば、なんで会ったばかりの私に優しくしてくれたんですか? 見ず知らずの私にコーヒーを奢ったとして、特にメリットがある訳でもないのに……」

「な、なんでって言われてもな〜……そんな大した理由でもないっていうか……」

「どういうことですか? もっと詳しく聞きたいです」

「……結花ちゃんが、びっくりするくらいかわいかったから……お近づきになりたいなーと思いまして……」

「……」

 

 なんか勢いで恥ずかしいことを言ってしまった気がする! 結花ちゃんも絶対困惑してるし……。で、でも、本当のことだからなぁ……。

 

「……ぷっ、くくっ……」

「へ?」

 

 結花ちゃんはなぜか、笑いが堪えきれないと言わんばかりにツボってしまっていた。わ、私が無様すぎて笑っているのか……? 

 

「あー、おかし……。彩芽さん、正直者すぎないですか? こういうのって普通、当たり障りの無いような口実をつけるものでしょ」

「そ、そうなのかな……? ナンパ初心者過ぎて、そこら辺の常識があんまり分からないんだよね……」

「な、ナンパって……ふふっ。それ、本人に言っちゃいます?」

「あ……い、言ったらだめなやつかも……」

 

 私の気の抜けた返答を聞いて、結花ちゃんはさらに爆笑する。いやほんと恥ずかしいなぁ! と、年上なのに……会話の主導権がまるでこちらに渡らない。次までにナンパの特訓をしておいた方が良いかもだな。

 

「あはは……ひぃ……めちゃくちゃ笑った……。彩芽さん、面白すぎです……」

「うぅ……」

 

 面白いと言われるのは悪い気がしないけれど……なんだかとても弄ばれている気がする。ミイラ取りがミイラになる、というのはこういう事かもしれない……(違う)

 そんなアホな事を考えていると、膝に柔らかい女の子の手が置かれる感触がする。結花ちゃんのものだ。

 ……え!? 

 

「……彩芽さんなら、かもですよ?」

 

 えええ!? これは……もしかして、もしかしなくても……誘われているのでは? 

 ”いい”というのはどういうことなの? ……と、そんな風に聞くのは野暮かもしれない。

 行くしかない! 据え膳食わぬは女の恥……結花ちゃんに感謝しながら、頂くとしよう。

 

「……こんな寒いところで話し続けるのもなんだし、どこか移動する? ゆっくり話せる場所に行こうよ」

「……はい。行きましょうか」

 

 えー、大勝利です。非リア仲間の皆、すまねぇ……私は次のステージで待ってることにするよ……。

 静まり返った都会の夜。私と結花ちゃんは、大人が楽しむ街へと消えていった……。

 

 

 ──

 

 

「……ん?」

 

 とんでもなく激しい頭痛と共に、目が覚める。あれ? 私、昨日どうしたんだっけ……? 

 そうだ。思い出した。結花ちゃんをナンパして、なぜか話が盛り上がって、そういう雰囲気になって……あれ、そこからの記憶がまったく無い。流石に飲みすぎたかもなぁ……。

 

 ……さて、ここはどこだ? 辺りを見渡して状況を確認する。少し小奇麗なホテルの一室のようだ。そして……

 

「結花ちゃん……だよね……」

 

 隣で寝ている美少女は、間違いなく昨夜口説いた結花ちゃんだ。

 ……状況を整理しよう。朝目覚めるとホテルで女の子と一緒に寝ていて、なぜか二人とも服装がかなりはだけてしまっている。

 

 あれ? もしかして私……ヤっちゃった? 

 かなり酔っ払っていたとはいえ、私は初対面の女の子に手を出してしまったのか……!? い、いや、流石にそんなことはないと思うんだけどな……。

 結花ちゃんが起きたら聞いてみよう。ていうか、ヤってしまっていたとしても合意な訳だし、セーフなのでは……? 

 なーんだ! じゃあ合法じゃん! 危ない危ない。一瞬、牢獄で咽び泣いてる自分の姿が浮かんじゃったよ。

 必死に自分は無実だと、そう言い聞かせるようなことばかり考えていると、隣から微かに声が聞こえる。結花ちゃんが目覚めたようだ。

 

「んん……ふあぁ……」

 

 とろけるような声を出しながら意識を覚醒させ、少しずつ体を起こしていく。

 

「おはよー……結花ちゃん……」

「あ、彩芽さん。おはようございます」

 

 美少女は寝起きでもビジュがいいなぁ……顔の造形美と、髪の艶感のおかげで、寝癖や半開きの目でさえ可愛らしさを感じさせる。

 

「えーと……寝起きで申し訳ないんだけどさ……私たちって、そのー……シちゃった?」

 

 そんな抽象的な質問でも結花ちゃんは意味を理解したのか、顔を赤らめながらこくりと頷く。

 そりゃそうだよね!! この状況でヤってない訳ないよね! 

 私は初対面、しかも年下に手を出してしまったのか……どうやって償うんだこれ? 

 いや、まだ慌てるような時間じゃない。何度も言うが、私たちの情事は合意の上でのものだ。決して法に触れる様な行為ではない。

 あーよかったよかった! 

 

 すると、結花ちゃんが何か言いたそうな雰囲気で、こちらをじっと見つめていることに気がつく。一体どうしたのだろう? 

 結花ちゃんはなぜか気まずそうに、ゆっくりと口を開く。

 

「そういえば言い忘れてたんですけど私、16歳なんですよね〜……」

「……へ?」

 

 思考が止まる。えっ16歳? 

 結花ちゃんの大人びた容姿や振る舞いからは、非常にかけ離れた年齢だった。

 

「まぁ一応、私は未成年ということでして……なので、その……言いづらいんですが、大丈夫かな〜? ……みたいな」

「だ、大丈夫っていうのは……」

「あー……まぁ、未成年淫行……的な?」

 

 未成年淫行。社会的に強力すぎるその言葉が、私に深く突き刺さる。

 終わった……今日から私は犯罪者だ。慎んで罪を償わせてもらいます……。

 私は頭を抱えながら、分かりやすく絶望する。……すると、結花ちゃんは項垂れていた私の手を握りながら、さらに話を続ける。

 

「安心してください彩芽さん。犯罪だったとしても関係ないですよ。私が言わなきゃバレっこないんですから」

「いいんですか!?」

 

 結花ちゃんの垂らしてくれた蜘蛛の糸に、私は勢いよく飛びつく。

 優しすぎないか……? 結花ちゃんマジ天使……。

 

「まぁ、その代わりといっては何ですが、ちょっとだけお願いを聞いてもらおうかなと思いまして」

「お、お願い?」

 

 天使だと思っていたが、どうやら小悪魔だったようだ。心なしか、悪魔の耳と尻尾が見えるような気がする。

 お願いってなんだろう……お金か? 内蔵か? もしかして命か?? 

 震えながらその宣告を待っていると、結花ちゃんは私たちが座り込んでいたベッドから立ち上がり、手を差し出しながら言葉を綴る。

 

「彩芽さん、私の婚約者になってくれませんか?」

「……はえ?」

 

 予想外すぎる結花ちゃんのお願いに、私は呆然としてしまう。だけども、結花ちゃんの真剣な顔から分かる……酔狂で言っている訳ではないのだと。

 

「……すみません。言葉不足ですね。ちゃんと説明します」

 

 そう言って、結花ちゃんは静かに腰を降ろす。

 結花ちゃんの言葉に、私はコクコクと頷くことしかできない。黙って話を聞くとしよう。

 

「私は、昔からそこそこの権力がある家の生まれなんです。なので、私の家は何よりも家柄と権力を優先します」

 

 なるほど……所々で結花ちゃんの育ちの良さは感じていたけれど、良いところのお嬢様だったという訳か。納得だな。

 

「なので……まぁ、典型的な話ではあるんですけど……許嫁がいたりするんですよね」

 

 許嫁……あまり最近では聞かない言葉だ。てっきりフィクションのみの話なのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。

 

「私は親に決められた相手と結婚させられるなんて、まっぴらごめんです。でも、反対のための交渉材料が無いというか……親を納得させられる理由が見つからなくて……そこで、彩芽さんです」

「わ、私?」

「はい。彩芽さんという素敵な恋人がいるので、許嫁とは結婚したくない……と、親に言ってやりたいんです。なので、婚約者というのは話が飛びすぎかもしれませんね。”ふり”でも良いので、私と恋人になってくれませんか?」

「え、えぇ……」

 

 よく説明を聞いたとしても、あまりに突発的すぎる事態に理解が追いつかない。結花ちゃんの恋人? 私が? 

 

「彩芽さん」

 

 結花ちゃんは私の名前を囁きながら、迫るような体制で距離が縮められる。

 ひえ、端整なお顔が近づいてくる……。本当に顔が良いなこの子。

 い、いやいや! ここで押し切られちゃまずいでしょ! 変なことに巻き込まれる前に、なんとか断らないと……! 

 

「いやー……私なんて、ただのしがないフリーターですし……結花ちゃんみたいなお嬢様と婚約できるような身分でもないですよ……」

「彩芽さん、今は定職に就いてないんですね。だったら、割のいいお仕事とか探してたりします?」

「まぁ、探してるっちゃ探してるんだけど、中々ご縁が無いといいますか……」

「なら、彩芽さんにちょうど良いお仕事がありますよ」

 

 結花ちゃんは私の手を取り、包むように握りしめる。

 

「私の恋人兼、メイドになってください」

「ええ!?」

 

 なんかまた新しい要素が増えたんですけど!? 情報量が半端なく多い。

 

「そ、そんな! 私なんかに……」

「だめ、ですか……? お願いです。彩芽さん」

 

 目を少し潤ませて、上目遣い。まるで誘惑するかのごとく、私の心に訴えかけてくる。

 こ、こいつ! 押せばいけると思ってやがる! 私はそんなにチョロくないからな! 

 そんなかわいくお願いされても、絶対に流されたりしないんだからな!? 

 

「は、はいぃ……どうぞよろしくお願いします……」

 

 その瞬間、私は結花ちゃんの恋人兼メイドになることが決定した。

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