第2-7節:掴みどころのない御方

 

 先ほどまでとは打って変わって、なぜか冷たくてさげすむような瞳。


 それを見た瞬間、私の心臓は手で握りつぶされたような衝撃を受ける。また、なぜ彼がそんな反応をしたのか分からなくて当惑する。


「しっかりした女性だな、シャロン。大いに結構。王族に連なる血筋とはいえ、だったキミにしては素晴らしい優等生っぷりだ。ただ、ジョセフやナイルがどう思っているかは分からんが、少なくとも僕は今のままのキミに心を許すことは出来ないな。当然、夜伽よとぎも不要だ」


「っ!?」


「理由は自分で考えるといい。賢そうなキミならすぐに気付けるだろうし、そうでないならそれまでの人間ということだ」


「は、はい……」


 私は動揺を抑えつつ、ただ返事をすることしか出来なかった。


 一体、何がリカルド様の気にさわったのだろう? 不機嫌とまでは行かずとも、接し方にトゲがあるようになったのは間違いない。そしてその理由が未だに見当も付かない。


 私が深刻に考え込んでいると、それを見たリカルド様は一転してなぜか楽しげに大笑いをする。軽快な雰囲気で、大食堂に響く明るい声。彼の眼差しにも温かさや穏やかさが戻っている。


 短時間のうちにこんなにも頻繁に空気が変わるなんて、まるでふたつの人格が交互に入れ替わっているかのようにも感じる。リカルド様は本当に何もかもが掴めない御方だ。


 領主として外交や駆け引きなどを行う時には、そういうタイプの方が良いんだろうけど……。


「物資の乏しい当地で出来ることは限られていると思うが、その範囲内なら好きに過ごしてくれ。シャロンは『ここに居ること』が仕事なのだからな。必要なものや願いがあるならスピーナを通してでも良いし、食事などで顔を合わせる時に僕へ申し出てくれればいい。善処しよう」


「あ、ありがとうございます、リカルド様」


「今夜は屋敷内にある浴場で温泉に入って、長旅の疲れを癒すといい。温泉は唯一、当地の自慢だからな。特に農作業のあとの入浴は最高に心地良い。そのおかげで僕も毎日を元気に過ごせている」


「もしかして昼間にお屋敷の近くにある畑にいらっしゃったのは……」


「あぁ、おそらくここにいる僕たち3人だな。領主自らが畑を耕すなど、みっともないと思ったか? ふふっ、まぁいい。では、話ばかりしていないでそろそろ食事にしよう。今夜はシャロンのためにいつもより豪華な料理を用意させた。充分に堪能してくれ」


 リカルド様が手振りで合図をすると、大食堂の隅で待機していたスピーナさんとポプラが料理をテーブルに運び始めた。ここは室内にある大きなドアを通じて、隣の厨房と繋がっているらしい。


 周囲はたちまち美味しそうな香りに包まれる。ただし、貴族の食事にしては品数が少なめで、イモや豆、ひえ、見たことのない菜っ葉を使ったものが中心。肉や魚も料理の中に混ぜ込まれているみたいだけど、その量は圧倒的に少ない。


 主食もパンではなく、水分の方が多い薄めの粟粥あわがゆで、これだとスープと言った方がいいかもしれない。


 …………。


 ……これは故郷で貧しい暮らしをしていた人たちよりも粗末な食事のような気がする。


 ただ、みんなの輝いたような表情を見ていると、リカルド様がおっしゃったように目の前にあるのは彼らにとって本当に『豪華な料理』なんだろうなというのを察することが出来る。


 その後、食事が始まって料理を口にしてみると、限られた食材で作ったにしてはどれも抜群に美味しかった。素朴ながらも素材のうま味を最大限に引き出しているという印象。ただ、リカルド様たちが昼間に農作業で汗をかいているということもあって、塩分が少し濃いような気はする。


 そういえばフィルザードや周辺の地域では、山で岩塩が取れるということを本で勉強したことがある。料理から漂う独特の風味はその岩塩が生み出しているのかもしれない。


 いずれにしても鮮烈な野性味と命をいただいているというのを実感できる美味しさだった。



(つづく……)

 

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