第2-6節:旦那様と2人の側近

 

 やがて太陽が山の奥へと沈み、薄暗くなってきたところで夕食の時間となる。私はポプラに案内されて大食堂へと入る。


 するとそこには部屋の奥行きよりやや短くしたサイズの長いテーブルがあって、そのいくつかの席にはすでに何人かが座っている。正面一番奥の席にいるのは私と同い年くらいの男性、テーブルの右側には奥から20代前半くらいの男性と50代くらいの男性がいる。


 まず、私と同い年くらいの男性は、目鼻立ちが凛としていて雰囲気もカッコイイ感じ。黒髪は短くまとめられ、清潔感がある。体格は少し細めかな。しかも3人の中では私より少し大きいくらいで一番小柄みたいだし。


 服装は平民の普段着のようだけど、座っている位置が最上位席であることなどを考えれば、おそらくこの方がリカルド様なのだろう。


 20代前半くらいの男性は何もかも射貫くような鋭い眼差しが特徴的で、常に周囲へ意識を向けている。ちょっと威圧的で怖い印象。全く隙が感じられないことを考えると、武術の心得がありそうだ。


 濃い茶色の髪は無造作気味に伸びているものの、整えている様子があるということは単にくせっ毛ということなんだと思う。


 そして50代くらいの男性は落ち着きがあって、威厳のようなものが漂っている。彼がご領主様だと言われても全然不自然じゃなくて、何も事情を知らない人ならむしろ素直に受け入れてしまいそうだ。


 体格はガッシリしていて、服の上からでも筋肉質なのが分かる。



 …………。


 ……あっ! もしかしたら、この3人はお屋敷の敷地内にある畑で農作業をしていた人たちかも。あの時は距離があって表情がよく分からなかったから確信は持てないけど、背格好や雰囲気はよく似ている。


 それに普通の貴族の家ならご領主様が自ら畑を耕すなんて考えられないけど、フィルザードの経済状況なら充分にあり得ることだ。


「さぁ、シャロン様。左側の最奥席へどうぞ」


 私が大食堂に入ってすぐの場所で考え込んでいると、ポプラに先へ進むよう促された。確かにこのままだと出入りの妨げにもなる。


 そういえば、ほかに同席して食事をする人はいるのだろうか? もし女性が私だけだと色々と気を遣うだけでなく、緊張して料理の味が分からなくなりそう。


 せめてポプラが一緒にいてくれたら、少しは息もつけるんだけどな……。


「ねぇ、ポプラ。メイドであるあなたは、やっぱり私たちと食事が別なのかな?」


「いえ、私やスピーナさんも手前の席でご一緒させていただきます。一般的な貴族の家ではご主人様と使用人が同席するなどあり得ないことのようですが、当家では時間や作業の無駄を省くためにそうしたスタイルになっているとか」


「良かった、それを聞いて少しホッとした。この場に女性が私ひとりだけだったらどうしようかなぁって思ったから。あ、でもそれならルーシーさんは? 姿が見えないけど」


「ルーシーさんは何かのお仕事があるようで、いつも食事は私たちと別なんです」


「何かのお仕事……か……」


 なぜルーシーさんにはいくつもの例外的な行動が許されているのだろう? こうなると彼女が単なるメイドではないというのは、もはや確定的だけど。やっぱりそれにはあの立ち入り禁止のフロアが関係しているような気がする。


 ――そのようなことをぼんやり考えながら、私はポプラに案内された席の前へと歩いていった。そしてその席の前まで行くとリカルド様と思われる男性と目が合って、彼は微笑を浮かべながら声をかけてくる。


「やぁ、初めまして。遠慮なく座るといい」


 思っていたよりも高音の声。まだ少年らしさがわずかに残っている感じがする。ただ、落ち着いた口調と聞き取りやすい発音から、大人びた優しさと心遣いのようなものが伝わってくる。


 それに対して私は緊張した面持ちで『それでは失礼します』と述べてから席に座る。


「ようこそ、フィルザードへ。僕がリカルドだ」


「お初にお目にかかります、リカルド様。私はシャロンと申します。末永くよろしくお願いいたします」


「僕の隣に座っているのが親衛隊長のナイル。さらにその隣にいるのが、政務全般を任せている宰相さいしょうのジョセフ。これが当家の側近たちの全てだ。貧しい貴族ゆえ、専任で雇えるのはこれで精一杯でな」


 リカルド様が手で指し示しながらナイルさんとジョセフさんを紹介すると、そのふたりは立ち上がって私に深く頭を下げた。そのあと静かに椅子へ座り直す。


 そのキビキビとした所作はさすが領主に仕える側近といった印象を受ける。


「ナイルさんにジョセフさん。シャロンです。どうかお見知りおきを」


「シャロン様、私のことは呼び捨てで構いません。我が主人であるリカルド様のご正室なのですから。ナイルも同じ気持ちでしょう」


 そのジョセフさんの言葉に合わせ、ナイルさんも私へ視線を向けたまま小さく頷く。


「側近であるお二方だからこそ、私は敬意を持ってお呼びしたいのです。ダメでしょうか?」


「いえ、シャロン様がそうおっしゃるならば、我らは構いません」


「いつか真に皆さんの中へ私が溶け込んだと感じた時、敬称を付けず親しみを込めて名前を呼ぶこととするつもりです。その日までどうか不作法をお許しください」


 ――と、私がそこまで言ったところで、横で聞いていたリカルド様が不意にお腹を抱えながら『クックック』と小さく笑った。



(つづく……)

 

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