第1話 side 真琴①
「みんなノート持ってきてー!」
六限終わりに先生に呼ばれていたのはこのことだろう。教壇の上で腕を振り、照れなんて一切ないように
モデル体型の彼女は周囲の女子より頭一つ高く、私の席からでも顔がよく見えた。シャープな輪郭に沿ったボーイッシュな髪に、大人びた印象の整った目鼻立ち。惜しげもなく見せる笑顔は人懐っこく、そのギャップに特に女子から人気だった。
高校二年生になり同じクラスになったことで、初めて彼女を認識した。美人というのが第一印象だったが、それは同時に私と関わるような人間ではないという線引きでもあった。
朝日奈にはよく頼み事が集まり、常に誰かから求められていた。現に今も先生から仕事を頼まれている。彼女からにじむ面倒見の良さが、そうさせているのかもしれない。
――羨ましい。
私も生きてる以上誰かのためになれる人間でありたい。誰にも頼られない生活は楽だけど、世界から不必要とされているようで不安になることがある。
でも、善意は誰しもが振りまけるものではない。人は困っていても、無意識に助けてほしい人を選んでいる。善意が善意として相手に届くのは、朝日奈のような選ばれた人間だけだ。私みたいな求められていない人間の善意はきっと、煩わしいものでしかない。
躊躇なく手を差し伸べることができて、そしてそれを受け入れられる朝日奈が、私には違う世界の人に見えた。
湧き上がる自己嫌悪を、スマホの通知が遮った。どうせ家族か公式アカウントの二択だ。画面を見ると、案の定最近遊んでいるFPSゲーム『ワンマイル』からの通知だった。イベントが開催されるらしく、条件を達成すると限定の衣装が貰えるとのことだ。
報酬を目にした瞬間、スクロールが止まる。
――可愛い。絶対欲しい。
しかし、浮かんだ願望は一瞬で消えていった。イベントを達成できるほどの実力も、それを助けてくれる人もいない私には無縁な話だった。
未練を断ち切るように親指を滑らせ、告知の続きを眺めていく。
「岩坂さん?」
突然聞こえてきた声に顔を上げると、朝日奈が机の前に立っていた。スマホに集中していたせいで気づかなかった。
「岩坂さん、体調はどう?」
「た、体調?」
「最近ずっとマスクしてたでしょ? 具合悪いのかなって」
「あ、あぁ」
確かに私は四月中ほぼマスクをつけて登校していた。そうか、彼女は私が体調を崩していたと思っていたのか。まあ、感染症が流行っているわけでもないから、そう思うのが普通だろう。
きっと彼女にそれ以外の理由なんて思いつかない。心配そうに見つめるぱっちりとした二重瞼が、私の中の傷をえぐっていく。
「うん。大丈夫」
「なら良かった。岩坂さん、ノート出した? これから持っていくんだけど」
「あ!」
一連の流れを見ていたのにうっかりしていた。スマホを机に置き、慌ててカバンを開ける。
そうか。彼女が言った『みんな』には私も含まれていたのか。言われてみれば私もこのクラスの一員だった。変に疎外感を拗らせる自分に、ため息が出そうになる。
「ごめんなさい。お願いします」
差し出したノートを、何故か彼女は神妙な表情で受け取った。
どうしたんだろうと不安になっていると、彼女はおずおずと私のスマホを指差した。ついたままの画面には、ワンマイルの告知が表示されている。
「それ、ワンマイルだよね。もしかして岩坂さんもやってるの?」
「えっ、あ、うん」
彼女とワンマイルというワードのミスマッチさに、反応がぎこちなくなる。頷くやいなや、彼女の表情がパッと華やいだ。
「うそ。私も」
「ほんと?」
「ほんとほんと。イベント来るよね」
「その告知見てたところだったの」
「見せてもらっていい?」
「どうぞ」
「ありがと」
私のスマホを彼女は嬉しそうに受け取った。スマホを人に触らせるのってドキドキする。自分の中を覗かれてるみたい。
画面を見つめる彼女は真剣だった。嘘じゃないんだと思った。まさか彼女がワンマイルをやってるなんて。想定外のことで理解が追いつかないが、鼓動が浮ついているのがわかる。たぶん共通点があって嬉しいのだ。
「報酬ちょー可愛い。岩坂さん見た?」
「う、うん」
「今回は頑張ろー。岩坂さんもやるんでしょ?」
「いや、私はいいかな」
「なんで?」
「下手だから。やらないっていうかそもそも無理だと思う」
「なら二人でやろうよ」
「えっ」
グイッと顔を近づけられ、金縛りみたいに身体がこわばった。その肌のきめ細やかさに、吸い込まれそうになる。喉が盛大に鳴った。絶対聞こえた! と顔が熱くなる。
「それは、悪いよ」
「なんでよ。私も下手だから不安だったんだよね。二人のほうが簡単にクリア出来そうだし、一緒にやろ」
朝日奈の双眸が、私へとまっすぐ向けられる。彼女はみんなではなく私だけを求め、そして私にもそれを受け入れる理由があった。ただ誘われただけなら断っていただろう。報酬という目的が一致している事実が、私の背中を押す。
「私でいいなら、いいよ」
「じゃ、決定! ライン交換しよ。スマホある?」
「今、朝日奈さんが持ってる」
「あっ! そうでした」
お茶目に肩を竦めると、彼女は自分のスマホを取ってきた。促されるままに画面を操作し、ものの数秒で連絡先が交換される。
「帰ったら連絡するね」
ノートを抱え、朝日奈は颯爽と教室を出て行った。激流みたいな時間だった。自身の言動にいちいち悩まない人は決断が早い。私だったら躊躇して何も出来なかっただろう。
彼女が送ったスタンプが、公式アカウントを押しのけ履歴の一番上に表示されている。
私に届く通知に、三択目が生まれた。
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