テルミヌスの標石
今福シノ
17歳の夏
「でね? 今度一緒に買い物行かないかって誘われたの」
昼下がりのファミレス。
言わずもがな、デートのお誘いというやつだ。そしてそれが夏織にとってもまんざらでもないことは、声の弾みようからわざわざ確認するまでもなかった。
「ふーん、たしか委員会が同じなんだっけ?」
「そうなの。ほら、夏休み明けたら文化祭でしょ? それで話すことが多くなって」
「よかったじゃん。今度は割とマトモそうなんでしょ?」
「ゔっ」
が、途端に苦虫を噛み潰したような表情になる。しまった、まだ完全に吹っ切れてはなかったのか。
「過去の話はいいの! 私はいつだって未来に向かって生きてるんだから!」
映画のワンシーンで出てきようなセリフを宣誓してから、夏織は目の前のパフェにスプーンを差しこむ。特大のバニラアイスを半分ほど削りとると、豪快に口に入れた。
「〜〜〜〜〜〜っ」
案の定、頭がキーンとなっている様子。言わんこっちゃない。まあ、これで前に付き合っていた男のことを少しでも忘れられるようなら別にいいか。そう思いながら私は自分のコーヒーを口にして、
「それで、どうするの?
「あ、そっか。んーと……そうだなあ」
「私はどっちでもいいけど。夏織次第かな」
「ん――…………お願いしてもいい?
「はいはい。それじゃあ彼と会う日時と場所、また連絡しといてね」
そう言うと、彼女は申し訳なさそうな顔をする。
「葉月、いつもごめんね?」
「いいよ。いつものことだし」
夏織のデートを陰から見守り、必要とあらば助ける。それが彼女の親友たる私の役目だった。
昔から夏織は男性が少し苦手だった。高校生ともなれば随分と克服してきているものの、二人きりで出かけるとなるとハードルを感じているらしい。
「私だって本当はわかってるんだよ? ひとり立ちできるようにしなきゃって」
「けどしょうがないんじゃない? 実際、前の男はちょっと強引なところがあったんだし」
「う、うん」
前回は夏織が断ってるにもかかわらず個室――カラオケに行こうとしたところを、私が偶然を装って助け舟を出したことで事なきを得た。
「で、でも! 今度は大丈夫だと思うよ。すっごく優しいかんじの人だし」
「…………」
「なによー、その信用ゼロの目はー」
「だって、前にもそれ聞いたから」
そう言ってカラオケに連れこまれそうになっていたのはどこの誰だか。まったく、男を見る目がないのか、はたまた男運がないのか。
「一回占いとかで見てもらおっかなあ」
「やめときなさい」
「えーなんでー?」
「夏織、騙されてやすいもの。占いを信じて相性悪そうな男と付き合った、なんてことになりそうな未来が見えるわ」
「ゔ、それはそうかも」
思うところがあったのか、目線を泳がせる。さては、経験済みだな?
まったくこの子は。なんてため息を飲みこむためにコーヒーを口に入れ、舌の上で転がす。すると、夏織の表情は打って変わって残念そうになって、
「あーあ。葉月が彼氏になってくれればいいのになー」
「……また無茶なことを」
「だってー、葉月女の子からもモテモテじゃん。部活の後輩もきゃーきゃー言ってるよ?」
「それはそれ。だいたい彼氏なんて、私に性転換の手術を受けろってこと?」
「いやいやー、そんなことしなくても葉月は今でも十分かっこいいし、頼れる兄貴分的なところあるし大丈夫だよ!」
「あのねえ、私も一応女なんだけど?」
たしかに身長は比較的高めだし、声もどちらかといえば低い方だ。女っぽくないのは自覚してる。事実、演劇部から男装して出演しないかと言われたこともある。
それに比べて、夏織は「ザ・女の子」だ。くりくりとした目にふわふわ髪。男子が好きそうなタイプだ。
「そうだよ、葉月も女子じゃん!」
「なに? あらたまって」
まさか今まで女だと思ってなかったのか?
「葉月の方はどうなの?」
「どうなのって、なにが?」
「好きな男子とかいないのって話だよー」
言うと、夏織は今度は生クリームを口に運んで話題を変えてくる。その前に「ん」唇についた白いものを指摘してやると「おっと、んー……」と舌をぺろっと出してなめとった。
「や、いっつも私の相談に乗ってもらってばっかりで、葉月のそういう話って聞いたことないからさ。もし気になる男子とかいるなら、親友として私も葉月の力になりたいなーと思って」
「ああ、そういうこと」
どうやら対面に座る彼女は単に自分以外の恋バナがしたいということではなく、私のことを心配してくれているらしい。そういう他人に優しいところは、彼女の魅力だと思う。
だけどこの話に限っては、心配には及ばない。
「大丈夫よ。特に困ってないから」
「困ってない……ってことは葉月にはすでに彼氏が!?」
「いないわよ」
いないどころか、生まれてこの方、彼氏なんて存在は一度もできたことはない。そんなことを言ったら「ええー!? じゃあ誰か紹介しよっか?」なんて方向に向かいかねないので口に出すことはしない。
「私のことはいいから、今は夏織の話でしょ?」
「う、うん。でも私ばっかり……」
「心配しなくても、対価はちゃーんともらうつもりだから」
「あれ?」
「たしか前が人気店のパンケーキだったわね。今度はそうね……暑くなってきたし、予約しないと食べられないかき氷でも奢ってもらおうかしら」
「え……え"」
顔が引きつると同時に、慌てて財布の中身を確認し始める。直後、さーっと青ざめていって、
「え、えーっと……夏休み明けてから、とかじゃダメ?」
「かき氷なんだから夏に食べないと。それで、いつにする? 私は夏織がデートする前でもかまわないわよ?」
「は、葉月〜〜!」
テーブルを挟んだ先で、力ない声とともに夏織がくずれ落ちる。思わず声を出して笑うってしまいそうになるのを誤魔化すために、まだ湯気の残るコーヒーカップを口に近づけた。
そうして、熱い日は過ぎていった。
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