対ゴンド

「「「「サッ」」」」


 一日の終わりに依頼の完了報告をしようと立ち寄った冒険者ギルド。


 俺の姿を目視したら途端に目を逸らす面々。


 この前の一件で俺に関わると散々な目に遭うとでも思っているのだろうか?


 失敬な…俺が手を出すのは大概向こうに原因がある時だけだ。


 ジッ


 だがその中に皆が視線を逸らす一方で、逆に俺に熱烈な視線を送る者が居た。


 その視線を感じる方に顔を向けてみると、何やら見覚えのあるドワーフが酒場の席に着いてこちらを凝視している。


 いや、よくそいつの視線を追ってみると、そいつはどうやら俺というより、俺の後ろ腰に下げてある如意棒を見ている。


 そして、徐に酒場の椅子から立ち上がり、入り口付近の俺に近づいてくる。


 俺はここで全てを悟った。


 どうやら、選りにも選って今一番会いたくない奴とエンカウントしてしまったようだ。


 ドワーフが目の前まで来たところで、記憶を遡りなんとか名前を絞り出す。


「よぉ……ボンド。数日ぶりだな。」


「ボンドじゃねぇ…ゴンドだ。」


 ニアピンだからセーフだ。


 名前を聞いた事でコイツのことを鮮明に思い出す。


 ドワーフのゴンド…先日の懺悔大会で、俺に誠意として装備を作ると申し出たが、即却下して小指を折らせた奴の一人だ。


 恐らく、自分の作る武器を見てもいないのにゴミだと一蹴した俺が、たった数日の間に武器らしき物を装備していることに違和感を覚えたのだろう。


 皆が俺と関わらないよう距離をとっている中で、たまらず俺の元へ来たのは、おおよそ武器の事について俺に問いただしたいのだ。


 だが、ゴンドには悪いがその話は遠慮させてもらう。


 俺が武器を装備し始めた事に大した理由などない…ただ周囲の冒険者に感化されただけだ。


「そうだそうだ、ゴンドだったな!」


 ゴンドが本題を切り出す前に話の主導権を握って回避しようと、俺は立て続けに話題を振る。


「いやー、それにしてもゴンドはD級だったよな?俺もここ最近依頼こなしてるんだけど、中々昇格出来なくて大変なんだよ。お前結構すごかったんだな。」


「D級なんてあんたならすぐだ。」


 俺の話題に難なく乗ってくるゴンド。


 いいぞ、その調子だ。


「そうか、ありがと頑張るよ。お前は最近調子はどうだ?」


「あぁ、元気だ。小指が使えねぇから武器も持てね。だから、最近は薬草採取ばっかだけんどな。」


 うん、話題なくて咄嗟に調子どう?とか言っちゃったけど完全にミスったわ。


 ゴンドを目下困らせてる原因、俺なのに何言っちゃってるんだろ。


 もしかして、皮肉かました嫌な奴になってる?


 やば、どうしよ。


 逃げるか?


 うん、退散しよう。


 そうしよう。


 話も大して続かないし、ゴンドが本題を切り出す前に退散する事にシフトした俺は、即座に行動に移す。


「そ、そうか。それは大変だな。お互い大変だけど頑張っていこうな?じゃあ、俺はこれで!受付に報告に行かなきゃいけないんだ。」


 そう言って、ゴンドの返事も待たずに受付の方へと歩き出す。


 ガシッ


 その肩をがっしりと掴んで引き留めるゴンド。


 逃がす気は無いらしい。


 だが、俺も負けてられん。


「お、なんだ。まだ話し足りないか?でも、ごめんな…俺も名残惜しいけどまた今度にしてくれ。じゃ。」


 再度、逃げようと足に力を込める。


 ギューー


 逃げようとする俺とそれを引き止めるゴンドの攻防。


 纏装があるから痛くはないが、よほど強く握っているのか一向に前進しない。


 やっぱり逃してくれないみたいだ。


 受付に向いていた顔をゆっくりとホラー映画のワンシーンのようにゴンドに向ける。


「あのー、受付に…」


「あんた…その腰にあるのはなんだ?」


 後手に回ったら本題を切り出せないと考えたのか、俺の言葉に被せてぶっ込んでくるゴンド。


 こう言われてしまったら答えるしか無い。


「武器だけど?」


 正直に答えるのは俺の誠意だ…決して開き直った訳では無い。


「あんた、おいらの武器要らねーって言ったでねーか!なんに、何でそったら棒っきれ持ってるだ!そんなら、おいらは指折り損でねーーか!!」


 俺の予想通り額に青筋を浮かべ声を荒げるゴンド。


 これに関しては、まぁ言いたい事は分かる。


 あの時は、確かに重たい装備なんて必要性皆無だと思って頭ごなしに拒否した。


 自分が装備を身に付けるという可能性を微塵も考慮する事なく。


 まぁ、だからと言って、今たとえあの時間軸にタイムリープ出来たとしてもゴンドの武器を受け取るなんて事はしない。


 要は相性の問題だ。


 俺には黒纏があるから今となってもあの時の答えに変化はない。


 だが、俺にも1ミクロンくらいの罪悪感はある。


 だから、穏便に話し合いといこうじゃないか。


「まぁまぁ、落ち着けってゴンド。確かに少し悪い事したと思ってるよ。でも、俺は半端な武器は要らないって言ったんだよ。なにも、お前の禊が無駄になった訳じゃない。」


「いんや、無駄になっただ!おいらの作るのがよっぽど使えるだ!」


「いや、でもこれ結構使えるんだよ?」


「そんな棒っきれに何が出来るってんだ!!!」


 …


 絶え間なく続く俺へのゴンドの猛口撃。


 その光景に周囲の冒険者は冷や汗をかく。


 うん、ゴンド激おこだわ。


 完全に俺がゴンドの作る武器の価値を見誤ったって思い込んでいる。


 だから、本当は指を折る必要なんて無かったじゃないかって言いたい訳だ。


 さて、どうしたものか。


 平和主義者の俺としては、なるべく暴力なんて野蛮な行動は慎みたいんだけど。


 そして、ゴンドの口撃が一息ついた所で、俺は歩み寄るしかないと考え切り出す。


「お前が俺に怒ってるのはよく分かったよ。それで、謝罪すればいいのか?」


 如意棒がゴンドの作った物に劣るとは微塵も思わないが、今回の場合、俺もちょーっとだけゴンドに対して悪いなとは思うからな。


 謝罪ぐらいはしてやるよ。


 俺は謝罪が出来ない程人間として腐っていないんだ。


「あんたはつえぇが、こればっかりは譲れねー!オイラに土下座するだ!!それと、オイラが骨を折って活動できなかった分の慰謝料を請求するだ!!」


 俺の謝罪という言葉に完全に非を認めたと感じたのか、ここぞとばかりに多くを要求するゴンド。


 その顔はどこか得意げだ。


 その瞬間、俺の中に残っていた僅かなゴンドへの罪悪感が絶ち消える。


 俺の目からハイライトが消えた事に気づいた周囲の冒険者達は即座にゴンドを諫めようとする。


「ゴンド、その辺にしとけ!」


「そうっすよ、言い過ぎっす。」


「はははっ、シュウさんごめんなさい。こいつ酔ってるみたいで。本当、冗談なんですよ。そうだよな?なっ?そうだよな?ゴンドっ!」


 だが、その熱心な説得も全く意味をなさない。


 完全に有頂天になったゴンドには何を言っても無駄だった。


「冗談??バカ言うんじゃねぇだ!冗談な訳ねぇだ!この人がいくら強かろうが関係ねぇ…オイラのプライドの問題だ!悪い事をしたら謝るのが筋ってもんだべ!この人はオイラの武器の価値も見極められなかった挙句、オイラに指を折らせた!土下座と慰謝料くらいあって然るべきだ!当然だべ!!」


 まぁ、と続けて…


「後輩冒険者だからこれくらいで許してやるだ。いい勉強代だべ。オイラみたいな先輩を持てたことを光栄に思うだべな!」


 その言い分に周囲の冒険者は「あちゃー」っと額に手を添え、徐々に俺とゴンドから距離を取って行く。


 そして、気付くと俺とモヒカンの立ち合いの時の様に、周囲には俺とゴンドだけになる。


 そこで、俺はドヤ顔をして腕を組むゴンドに対し、下手の態度を崩さず問いかける。


「それで、慰謝料はどれ位支払えばいいんだ?」


「そうだべな。100万ベルで許してやるだ。」


 口元の髭をふむと弄びながら答えるゴンド。


 コイツが怪我をしていない時に、数日で100万稼ぐ程の能力を持った冒険者なんだとしたら、コイツの歳を考えたら確実にC級にはなってるはずだ。


 その事を鑑みるに、俺の罪悪感につけこんで確実にぼったくりに来てる。


 それでも悪びれる様子は一切ない。


 


 そっちがその気なら俺も好きにやらせてもらう。


「そうか100万だな。」


 そう言って俺はズボンのポケットに手を入れて、そこから白金貨を10枚取り出す。


 ポケットから出すのはフェイクで、本当はポケットで手を隠した時に掌から出している。


 これで誰も俺が収納スキルだとは思わないだろう。


 自分でも無茶な要求をしている自覚は有ったのか…俺の手に握られている白金貨を見て、目の色を変えるゴンド。


 そして、俺は白金貨を渡そうとゴンドの方に手を伸ばす。


「ほらよ。」


「う、うむ!」


 そこで俺は、嬉々として手を差し出すゴンドの掌からわざと溢れるように受け渡す。


 ガッ…チャリン


 床に転がる白金貨。


 ゴンドはそれを慌てて拾い上げようと床に膝をついて手を伸ばす。


 ゴンドが白金貨に触れる瞬間、俺は後ろ腰に下げてある如意棒を手に取り、ゴンドの伸ばした手の頭上まで如意棒を持ってくる。


 そして小さく呟く。


「伸びろ」


 俺の声と共にゴンドの手の甲に向かって勢い良く伸びていく如意棒。


 ゴキッッ


「ッグゥ…な、なにするだ!!」


 嫌な音と不快な声がギルドにこだまする。


 相当な人口密度のはずだが誰も口を開かずその様子を大人しく見守っている。


「いや〜ごめんごめん。俺の武器がさ、扱い難くて誤作動起こしちゃったのよ。やっぱり、ゴンドに作ってもらう方が良かったかな?」


「言わんこっちゃないだ!手の甲も今ので折れただ!!慰謝料追加だべ!!!」


 すぐに青筋を立てて怒鳴るゴンド…だがその態度とは裏腹に口角は少し上がっている。


 「そんなに慰謝料が欲しいか?…ならもっとくれてやる。」


 その瞬間、ゴンドに聞こえないぐらいの声量で呟きながら、俺は足裏からゴンドに黒纏を伸ばし纏わせる。


 そして、魔力を込めてゴンドの顔と手以外の身体の自由を奪い、操作して強制的に腕を伸ばした土下座の体制を取らせる。


 その様は、まるで殿様に「ははぁー」と平伏する家臣のようだ。


「な、なんだべ!身体が勝手に…!!」


 嬉々とした態度を一変させ、身体がいう事を聞かない事に焦りを見せるゴンド。


 そこで、俺は久しぶりに演技スキルを発揮する。


「あ、あれ!ゴンド!!俺も身体がいう事を聞かない!!どうなってるんだっ!!!」


 ゴキッ


 ゴキッ


 ゴキッ


 …


 如意棒が誤作動で伸縮を繰り返し、ゴンドの指を小指から順番に折っていく。


 それでも、黒纏の拘束で顔と手以外は動かせないゴンド。


 せめてもの抵抗で指をバタバタとバタ足させて喚いている。


 その間も止むことなく俺は演技スキルを発揮し続ける。


「ご、ごめん!ゴンドッ!俺にもどうする事も出来ないんだっ!!慰謝料ならちゃんとその分払うから!だから、頼む…耐えてくれ!」


 ニヤっ


 おっと、俺も耐えなければ。


 ゴキッ


 ゴキッ


 ゴキッ


 …


 その不快な音は、ゴンドの両手指、両手の甲の計十二箇所全てが折れるまで続いた。


 元より折れていた右手小指は一際腫れている。


 ゴンドは目に涙を浮かべ、疲労困憊な様子で俺を見上げる。


「あ、あんた……」


「いや、何だったんだろうな。あの急に身体がいう事を聞かなくなったのは。怖い怖い。」


 そして、俺はしゃがみ込んでゴンドに目線を合わせて小声で続ける。


「不可抗力とはいえ悪かったよ。ちゃんとその分慰謝料は払うから。両手で計十二箇所。1200万ベルだ。おめでとう…臨時収入だな。」


 そう言って、そこで黒纏の拘束を解き、ゴンドの両手一杯に白金貨を握り込ませる。


「ゥグッ…ガァ!」


 骨が砕けた手で握り込ませた事でゴンドからは苦痛の声が漏れる。


「あー、あと土下座だったっけ?」


 まだやるか?と言外に滲ませてゴンドに優しく微笑む。


「い、え、もう十分ですだ…。」



 その後、柊がこれまで以上に避けられるのは言うまでもない。








































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