冒険者ギルド
「じゃ、言った通りに頼むよ。逆らったら分かってるね?」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
すっかり板についたように恭しく礼をして俺を見送るアンスリウム。
アンスリウムの俺に早く出ていって欲しいという願いの強さに比例するように急速に旅立つ準備が済み、方針を立てた翌日には俺は城を出られていた。
結構無茶言ったんだけどな…まさか一晩で用意してしまうとは。
人の恐怖の原動力ってのは意外と馬鹿にならないなと感心しながら、城門の先へと歩を進める。
「この城思ったよりもデカかったんだな…」
城を出てしばらく歩いてから後ろを振り返ると思わずそんな声が出るほどの存在感だった。
巨大な防壁に囲まれている王都の中心に位置し、景観を損なう事もない荘厳な造り。
まるで世界遺産でも見ているようだ。
この一ヶ月の経験がなければ間違いなく萎縮してしまっていただろう。
だが、今はこの国のトップもその娘もどんな奴なのか知っているし、娘に至っては俺の奴隷だ。
この大層立派な城も俺の資産だと思えば中々に気分が良い。
「おっと、そろそろ冒険者ギルドに登録に行かないとな。」
目新しいものばかりでつい目移りしてしまうが、いつまでも観光している訳にも行かない。
この世界で自由に生きる為にも母さんを召喚する為にも、強くならないと始まらないからな。
善は急げだ。
そこから冒険者ギルドまでの道順はそれはそれは簡単だった。
城の次にデカい建物に向かえば良い。
冒険者ギルド自体は国からも宗教からも独立している存在らしいが、王都だけあって人も依頼も溢れているのだろう…めちゃめちゃにデカいし目立つ。
外観は木造ビルのようでシンプルな造りだ。
冒険者ギルドと聞いて勝手に狭くて汚いってのを想像してたから、見事に逆をいかれたな。
両開き戸を押して中に入ってみると、室内もそれなりに綺麗だった。
入って正面の受付らしき場所には五列に人が並んでいて、左側の壁面には依頼が張り出され、その前にも人がごった返して居る。
右側は酒場みたいだな…昼間だというのに随分と賑わっている。
あれだけ広いと思っていた建物もこれだけの人口密度を前にすれば途端に狭く感じる。
入り口でいつまでも突っ立ってるわけにもいかないので、とりあえず登録といえば受付だよな?と適当な列に並んで気配を消す。
だが、さすが冒険者と称賛すべきか。
背後に並んだ俺をすぐに察知し、俺の顔を見るなり嫌な顔をするというカウンターまでしっかり食らわせてきた。
まぁ、こちらも慣れたものなのでスルーするが、常人なら泣いてるよ?
並んでいる間、暇なので周りを見渡していると、話に聞いていた通り人間じゃないのもちらほら居た。
耳長いのとか、尻尾あるのとか、極端に背低いのとかいかにもファンタジーのお決まりキャラ達が勢揃いしていた。
格好もちゃんと奇抜で、肌色要素多めだったり、何処ぞの世紀末の格闘家みたいな奴だったり、そのフリフリになんの意味が?みたいな装備をした者ばかりだ。
「コミケみたいだな〜」
魔力やスキルといった以外に初めてファンタジーを前にした奴の感想とは思えないが、本当にそんな感じなのだ。
そうやってコスプレの鑑賞会をして時間を潰していると、あっという間に俺の順番が来た。
「次の方どうぞ」
「はい」
受付をしてくれるのは、暗めの赤髪をアシメショートにした目つきの鋭い美人さん。
「依r…いえ素材の買い取りですね。」
ちょっと待てや、今この顔みて「こいつ絶対冒険者だ」って決めつけたな?
確かに、傷跡のせいで熟年冒険者並みの風格あるけど!!!
「いえ、冒険者登録をお願いします。」
「…。登録ですね。ではこちらに記入を。」
うん、淡々とやってくれるの助かります。
完全に冒険者だと思ってた奴が冒険者ですらないのはびっくりだよね。
でも、変に差別しないでちゃんと登録してくれそうでよかったわ。
あれ文字とか大丈夫だっけ?と一瞬不安になるが、勇者チートのお陰で言語関係は全て問題ないのをアンスリウムに確認済みだったわ。
実際に筆を持ってみると見覚えのない文字も日本語と同じようにスラスラと書けた。
不思議な感覚だ。
魔法と同じでどういう原理なのか全く不明だけど、まぁ便利だしいっか。
記入項目は名前とか年齢とか基本的なことだけで存外すぐに終わった。
もっと魔力とかスキルとか記入させられるものとばかり思っていたが、どうもそれは任意らしいので書かずに受付嬢さんに渡す。
「はい。これで登録は完了です。これを」
登録の完了を知らされるのと同時に謎の白い腕輪を差し出される。
「……」
今度は隷属の首輪じゃなくて、隷属の腕輪か?!と俺が訝しんで一向に受け取らないでいると、赤髪美人受付嬢がすごく呆れた様子で教えてくれた。
「はぁ。それは冒険者ギルドに登録してあるという証明書みたいなものです。身分証の代わりにもなるので腕につけておいてください。」
なるほど。
確かに周りの冒険者を見てみるとみんな腕輪をしていた。
何だ隷属の腕輪じゃないのね、勘違いしちゃったよ。
でも、みんなそれぞれ色が違うな。
「なんで、それぞれ色が違うんですか?」
「はぁぁ。」
あら、これまた凄いため息。
ごめんなさいね…こんな忙しい時に。
「冒険者に階級があるのはご存じですか?」
あ、凄い睨んでるけど教えてくれるみたい。ありがたや。
「はい。依頼の達成率や貢献度によって分けられた、実力に応じたランク付けの事ですよね?」
基本的なことはアンスリウムに聞いておいたからこれは知っている。
「そうです。そして、その腕輪は色でその階級を表しているんです。F(白) <E(橙) <D(緑) <C(紺) <B(紫) <A(茶)<S(黒)といった具合に。あなたは登録したばかりなのでF級。だから白色ってことです。」
なるほどなるほど。
この色違いはみんな好きな色を選んでいるんじゃなくて、階級を表していたのか。
何だか空手の帯みたいだな。
冒険者はD級までいくと一人前らしく、それ以上となると徐々に数が減っていくのだそうだ。。
確かに改めて周りを見渡してみると、E(橙)、D(緑)の層の冒険者ばかりだ。
S級なんてのはもはや化け物で世界中に数えるほどしかいないとか。
「ありがとうございます。」
怠そうな顔をしながらもしっかり教えてくれたからお礼は言わないとね。
「いえ、これが仕事ですので。」
無愛想だけどいい子だな。
この際だ…申し訳ないが一から全部説明してもらおう。
アンスリウムの説明は色々と足りないことが今分かった…今度殺そう、精神的に。
多分常識なんだろうけど、知らないもんは知らないもんな。
恥をかくなら早い方がまだマシだ。
それに、他の受付嬢は俺に対して見るからに嫌悪感満載だが、この子は面倒くさそうな顔をしながらも、不快感を表に出さずに事務的に対応してくれる。
教えてもらうなら今がチャンスだろ。
「あの、申し訳ないんですけど、一から説明してもらえませんか?俺の持っている情報が不足しているようなので。」
「はぁぁぁ」というさっきよりも長めのため息をしっかり頂戴したが、これまた親切に教えてくれた…やっぱりいい子だ。
要約するとこんな感じ。
・冒険者は国を超えた組織
・冒険者ランクはF〜S
F(白) <E(橙) <D(緑) <C(紺) <B(紫) <A(茶)<S(黒)
・依頼内容は魔物討伐、薬草の採取、街の掃除、商隊の護衛など多岐に渡る。
・通常の依頼以外にも、冒険者ギルドが推奨しているいつ誰が受けてもいい常設依頼と街の緊急事態などに要請される緊急依頼などがある。
・冒険者の受けられる依頼は、自分のランク及び一つ上のランクの依頼のみ。
・依頼を失敗した場合は違約金が発生する場合がある。
・冒険者が行った行為については冒険者ギルドは一切責任を負わない。
・冒険者のケガ、死亡については冒険者ギルドは一切責任を負わない。
知らないことばっかりじゃんね。
あの無能奴隷、俺に端折って話しやがったな?
それとも、本当に知らなかった無能なのか?
はぁ、あいつのポンコツ具合を把握しきれなかった俺のミスだ。
俺の財布という役割がなかったら確実にオークの巣にぶち込んでたね。
一通り説明を受けた俺が額に手をやり、改めて奴隷の無能さを痛感していると、赤髪美人受付嬢ちゃんが最後に一言と補足する。
「それとこれは忠告ですが、冒険者ランクが低い間は上のランクの者に目を付けられないようにお気をつけください。ギルドはそういったいざこざには不介入ですのでお助けすることはありません。」
なるほど、今の俺の白の腕輪は周りからはカモに見えてるのか。
白色は私初心者ですって宣言しているようなもんだしな。
そういえば、腕輪を渡されたあたりからニヤニヤしながら見てくる輩もいる。
冒険者は基本、来る者拒まず去る者追わずで荒くれ者も多いから、この身分証明にもなる腕輪は大事なんだろうけど、ランクが低いうちはデメリットが大きすぎるな。
早いとこランクを上げた方が自衛にもなるだろう。
どうせランクを上げるなら、S(黒)になろう。
それで、ぶいぶい言わせて異世界を闊歩する!
自由に生きるってそういうことだろ。
うん、てかこの子ちゃっかり俺のこと心配してくれた?
やっぱりいい子だ。
それに冒険者ギルドは基本的に関与しないのか。
面倒なことは個人間で解決してくれよってことね。
あまりに悪質だったりすると降格処分を受けたりすることもあるらしいが、基本は自己責任で喧嘩するならご勝手にってスタンスを取るらしい。
要はここでも強いものが正しいってことだ。
なら早いとこレベルを上げるためにも適当な依頼を受けて帰るとするか。
「忠告どうも。何か適当な依頼を受けて行きたいんですけど丁度いいのありますか?」
「でしたら、ゴブリンの討伐なんてどうでしょう。これは常設依頼なので、期限も受付も必要ありませんし。」
なるほど、本来ならあの人がごった返した壁まで行って依頼を受付に持っていかなきゃいけないのか。
その分常設依頼なら、いつでも誰が受けてもいいからね。
もう一度並び直さなくてもいいように気を遣ってくれたのかな?
ただ面倒臭いだけかもしれないけど…
にしてもゴブリンか。
いかにもチュートリアルっぽいけど、俺まだレベル1だし丁度いいよね。
「そうですね、じゃあそれやってみます。ありがとうございました。」
そう言って受付を離れてニヤニヤした連中に絡まれないよう、そのまま早急にギルドを出る。
だがその行動も意味をなさず、外に出てすぐに声をかけられた。
「よ〜〜にいちゃん。ちょっと面貸せよ。グヒヒ」
はぁ、早速かよ。
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