暮れぬ空の月
梅林 冬実
暮れぬ空の月
急勾配の坂道に自転車が重くのしかかる
上り坂を漕ぐ体力は既に失われて
朝快調に滑る車輪も
今はゆるりゆるり
スポークを回している
頭のてっぺんを熱気が圧す
暑苦しさが喉に背中に
ねっとりへばりつく
嫌でも次々汗が流れる
首にかけたタオルで拭うのも億劫だ
1日中汗を吸い続けた生地は
ところどころ乾いて硬度を帯びている
すれ違う女学生の視線など気にしない
そんな余力があるなら
まず冷たいシャワーを浴びたい
毎夕それさえも疲労が拒み
早朝慌てて石鹸を泡立て全身を拭う
朝いちばんに清潔になっても
夕刻過ぎると極限まで不潔になるのは
しっかり働いたからに違いないのだから
誇りをもっていいのかも知れないが
時折遥か年若の見知らぬ誰かに
すれ違いざまに吐かれる放言に
一瞬心を奪われてしまう自分が呪わしく
そしてそれが酷く煩わしくもある
無学で知恵も縋る誰かもない
残りの人生の灯が消えるのを
じっと待つだけの人生は
どうしようもなくしがない
自転車を押しながらの歩みを止め
まだ明るい世界に星を探す
見つからないが天空に浮かぶ
半月を視認する
一番星が先に輝くとばかり思っていたが
青に染まったままの空には
ぷかり半月が揺蕩い
星が輝くまでの暫しの間
自分を眺めていればいいと言わんばかりに
顔をのぞかせる
さてと再び歩き出す
星なんかどうでもいい
今夜が半月なんてどうでもいい
アパートのドアを開けたら
むっとする熱気に打ち負かされ
抗う気力の全てを奪われ
冷蔵庫の中の何かをちぎって食べ
そのままやっと一人分のスペースが空いている
寝床に潜り込んで眠くなるのを待つだけだ
この世の片隅に生きる者の
何なら誰が数えてくれるのだろう
暮れぬ空に見つけた月
今夜くらい俺を
その背中に乗っけてはくれまいか
暮れぬ空の月 梅林 冬実 @umemomosakura333
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