デート
土曜日の朝、素晴らしきかな
天気は奇跡的に晴天
きっと神様が空気を読んでくれたんだろう
それでいい
わたしの恋路を邪魔する奴は、神様だろうと馬に蹴られてしまえ
クローゼットから苦労して引っ張り出したのは、ブラウンのタンクトップにカーゴパンツ
上から白いシアーシャツを羽織り、髪はポニーテールにしてキャップを被る
そう、アクティブコーデ
つまり今日のデートはそういう内容
詳細はまだ秘密
ちなみにシアーシャツ以外は件の姉のお下がりだ
荷物は昨日のうちに三回チェック済み
一階に降りたら大声で行ってきますを言う
返事が無いのでもう一度
やっと「うるさいよぉ」とダルそうな姉の声が返ってきた
一応言っておくが、規則正しい生活から外れているのはそっちだ
今日も恒例の姿鏡チェック
汗をかいてもいいように、メイクはいつもより薄め
化粧を恋人の好みに合わせるって、実は憧れだったりするんだけど
あの人は本当にどうでも良さそうだ
わたしの自己満でいいですよーだ
いつもより多い荷物の数を確認して、いつものスニーカーの靴紐を結ぶ
今日は玄関の鍵を開けてから家を出て、外からも鍵を閉めた
待ち合わせは家族に見られないように徒歩三分のコンビニ
別に徹底的に隠し通したい訳じゃ無いけどさ
普通隠すじゃん、とりあえず
コンビニの駐車場には車が数台止まっていて、先輩は車を降りて待っていてくれた
「先輩!ホントに迎え来てくれたんだ」
「突然約束破るように見える?」
先輩はまた呆れたように笑った
さて、問題の車だ
先輩の車は濃い青色の軽自動車
数年前に若いファミリー層に流行った車種で、今ではいわゆる型落ち
だが外層は綺麗で、どこかシュッとした顔立ちは街でも良く見る
「先輩、青好きなんですか?」
「別に。父親から買い取ったやつだし」
なるほど、興味の範囲外はとことんどうでもいい主義の先輩らしい
カメラの機材は楽しそうにいじっているが、車に興味は無いようだ
「満足した?」
「うん!」
わたしは元気いっぱいに先輩の顔を見て答える
そこでやっと先輩の姿に違和感を覚えた
むしろなんで今まで気が付かなかったんだ
「先輩、いつもと恰好違いますね」
首元に刺繍が入った白Tシャツに薄手のデニムジャケット
下は足首を見せるスキニーパンツとスニーカー
スニーカー以外はこんなコーデ見た事ないぞ
堅実で合理的な範疇は超えないけれど、いつもより雰囲気が女性らしい
カッコいいのはカッコいいけど、女性的なかっこよさ
髪だって、いつもは肩口くらいの髪を無理やり縛っているせいで所々毛が洩れているけれど
今日はきっちり残らず縛られている
きっとワックスかなにかを使ったんだろう
「まあ流石に今日くらいは、ね」
先輩はいたずらっぽく笑った
うわぁ、ズルい
そう言う事するんだ。しちゃうんだ
なんだよう。先輩だって意識してんじゃんか
今日がデートだって
「いいから行くよ。忘れ物は?」
「ないでーす」
後部座席に荷物を置いてから、わたしはいそいそと助手席に乗り込んだ
車内はラジオと僅かな消臭剤の匂い
今日は目的地まで片道一時間くらいのはずだけど、先輩はナビを入れない
慣れた様子で駐車場から車を出して、大通りを北へ進む
発進とブレーキはゆっくりと
車線変更は余裕を持って、巻き込み確認も忘れずに
先輩はお手本のような安全運転だった
ストイックな職人気質で気難しい人に見えるけど、元来真面目だからな、この人
わたしはというと、横目で先輩を盗み見するのに忙しかった
悔しいくらいに、期待通りカッコいい
ちゃんと前を注意深く見る眼
変にカッコつけずにハンドルは両手で握り、上着から細身の腕が覗いている
なんでドライブデートって、こんなに特別感あるんだろう
「ねえ先輩。イタズラとかしたら怒ります?」
「そりゃ怒る」
「じゃあイタズラしたくなっちゃたらどうすればいいんですか?」
「我慢して」
「先輩のいけず」
「いけずって単語久しぶりに聞いたよ」
下らない会話をしつつ、車は快適に道を進む
うちの姉しかり、社会人はまだ家でのんびりしていたい時間だろう
結局先輩の安全運転でも、予定より早く目的地まで付いてしまった
もう少し助手席を楽しみたい気持ちはあったけれど、デートはこれからである
元々ドライブデートの約束だったのが「おすすめの場所がある」という先輩の一言でずるずると本題がこちらになってしまった
「うわぁ、広いですね」
「県立だからね」
今日の目的地は、わたし達の住んでいる街から車で一時間
本格的なアスレチックと芝生広間、球技場が自慢の県立自然公園だ
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