約束

「ねえ先輩。先輩にはちょっとずつ、こつこつ、計画的にって言葉は無いんですか?」


「一気にやった方が楽だと思って」


「これのどこが楽なんでしょうねぇ?」


「ごめんて」


先輩が珍しく素直に謝る

珍しいのは謝る方だ

先輩はいつだって素直

謝罪は受け取っておこう

なにせわたしは今、先輩の大量の荷物を運ばされている

一階から、四階まで。階段で

ちなみに、エレベーターは特別な許可が無い限り使用禁止だ

ガッテム

昇降口に積まれた段ボールと先輩を見て声を掛けたのが運の尽き

二人でもう何往復しただろうか

昼食後の運動にちょうどいいかなって思ったのがバカだった

残りの昼休みはどうせ暇してたから、良いけどさ


「先輩。結局コレ中身なんですか」


「機材とポートフォリオ」


「聞かなきゃ良かった」


ポートフォリオは、要は先輩の作品集

分厚いアルバムを想像して貰えばいい

カラー印刷の画集なんかを触った事がある人は分かるだろうが、分厚い紙とインクの集合体は想像以上に重い

たかが紙とインクだと舐めないで欲しい

立派な鈍器だ


「じゃあクラスメイトにでも声かけてよ。あんたが言ったら手伝ってくれる男くらい、いっぱいいるでしょ」


「・・・先輩それなんの感情で言ってます?」


「楽したい」


「でしょーね。そーでしょーねー」


「なに?」


「べっつにー」


拗ねたような返事をするわたしに、先輩は釈然としないように首を傾げた

わかってるよ、先輩に他意が無い事くらい

でもさ、あんた男と仲いいじゃんみたいな事言われたくない訳よ

そりゃ荷物運びなら声かけるのは男子だろうし

この学校八割は男だから、男のクラスメイトの方が断然多いけどさ


「なにいじけてんの。あんた友達多いじゃん、ってそれだけ」


「確かに多いですよ。先輩と違って」


「余計なお世話」


自慢では無いが、わたしこと西崎彩羽は友達が多い

小学校の頃から男女関係なく、だ

ただ、その友情がシンプルなものでは無くなってしまったのは、いつからだろうか

わたしは男に興味は無い

友情はある

でも友達だった男子が向けてくるような、もっと熱くて鮮やかで、ねっとりとした感情に返す気持ちは、何も持っていない


「先輩、わたし男子にモテるらしいんですよ」


「だろうね。ご愁傷様」


でも女子にはびっくりするくらいモテない

虚しいなぁ

四階までどうにか上がったところで、責任を持って先輩のゼミ室まで運び込んだ

一応二年の教室もあるが、ゼミ生になったらホームベースはほぼゼミ室になる

先輩の動物・風景写真ゼミは四階の空き教室だ

女子の多いファッション写真ゼミとブライダル・スタジオ写真ゼミは二階

動物・風景ゼミに女子は先輩一人だけ

つまりそういうことだろう

ちなみに、残りのスポーツ写真ゼミ、広告写真ゼミ、建築写真ゼミを合わせて六つ

二年へ進学する時に六つから一つ、ゼミを選ぶ

わたしの専攻はまだ、決まっていない


「お、クラスの男子発見」


「捕まえてよ」


ゼミ室を出た所で見知った顔を見つけた

いつもちゃんと女子に優しく、目立たないけどクラスには馴染んでる


「小坂君」


「西崎さんと・・・。お、お疲れ様です」


ちょっとどもったお疲れ様ですは、先輩への挨拶だ


「ねえ、いまちょっといい?」


「あ、ご、ごめん。僕まだ終わってないレポートとか、あるから。ごめんね」


「うん。ごめんね」


先輩の顔をちらりと見て、小坂君は逃げるように教室へ帰っていく


「ありゃ先輩にビビったな」


「彩羽、あんたが嫌われてるんじゃない?」


「ちーがーいーまーす!」


全く、この手の美人は自分の扱われにくさを自覚してないから困る


「先輩、切れ味のある美人だから」


「どういう意味」


「良く言えば高嶺の花。悪く言えば近づきがたい人です」


傍若無人。職人気質。我が道を行く一匹狼

校内から先輩への評価は全体的にそんな感じ

先輩が意味も無く他人と慣れ合っている所なんて見たこと無い

同級生と話してても、事務的な会話とか写真の話とか

先輩に「おしゃべり」って機能が無いのか、って言うくらい、周りに興味が無い人

後輩男子がビビるのも当然なのである


「しょうがないからわたしたちで頑張って運びましょ」


「多分あと一往復分くらいだから」


ここまで来たら付き合いきるしか無いようだ


「そう言えば先輩。先輩ってバス通学でしたよね。あれどうやって運んだんですか?」


「普通に車だけど」


「今日は家の人が送ってくれたんですか?」


「いや、私自分の車持ってるから」


「えっ⁉先輩、車運転出来るんですか⁉」


思わず階段に反響するくらいの声を出してしまった

先輩は両手で耳を塞いで無言の抗議をしている

すみませんて


「高校卒業する時に免許取ったからね。あんたは持ってないんだっけ」


「親が『絶対パニックになって事故起こすからやめとけ』って」


「言えてる」


「そのうち取ります!普通に乗れますって!」


小馬鹿にしたような表情の先輩に、今度はわたしが抗議した

人をなんだと思ってるんだ


「でも先輩、運転出来るのかぁ。そっかぁ」


なんだそれカッコいいじゃないか

先輩、絶対ハンドル似合うじゃん

高校出たての小娘は、大人っぽいことに弱いのだ


「ねえ先輩?」


「何。まあ大体予想付くけど」


ちょっと甘えたわたしの声に、先輩が睨むようにして返す

しかしわたしはめげない


「わたしたち、まあ一応、恋人?なんだし・・・。今日の帰り助手席とかに乗せてってもらっても・・・」


「駄目。私、今日はもう帰るから」


「むー!」


ちくしょう、駄目だったか

見たかったな

先輩の車と運転する先輩


「・・・そんなに乗りたいの?」


「そりゃそうですよ。憧れじゃないですか」


ドライブデート

流石の先輩でも、その先の言葉は予想が付くだろう


「・・・しょうがないなぁ」


一階へ降りるまでたっぷり間を取って、先輩はまた、呆れたように笑った


「今度の土曜、暇?」


「まあ、暇ですけど・・・」


「しようか。ドライブ」


「す、する!超する!」


わたしは思いっきり手を挙げて返事をする

その後、職員室まで響いていたと苦情が届き、先輩はまた耳を塞いで抗議した

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