第6話 二人旅
「ひいいっ!」
声を掛けられた男は小さい悲鳴を上げた。
「何だよお前、どこの誰だ?何で俺達を……」
「この道を安全に通りたいのだが、
可能かな?」
「は?あ?」
男は間抜けな声を出した。
「道を通りたいだけかよ。」
「そうだ。」
「俺を殺さないのか?」
「必要がなければ。」
男は脱力した。
『嘘だろう!?道を通りたいだけの相手に
たった一人に全滅するなんて……』
黒い影は何も持っていない
距離も充分にある。
今なら殺れるかもしれない……
『いや無理だ。』
最後に残ったのは、岩を当てられた男だった。
『殺ろうとした瞬間殺られる……』
なぜか予感があった。
「通りたければ勝手にしろよ、
俺ももう……降りるからよ。」
そう言って最後の男も去ってしまった。
わずかな焚き火を残し、辺りは静かになった。
ラビはジルの元へ戻った。
「道は通れるようになった。行こう。」
ずっと泣きながら待っていたジルに気遣いもせず
ラビはそう告げた。
「じゅうの…音とか鳴ってたけど……
うっ、うっ…大丈夫なの…?」
「もう問題ない。
あそこに生きている人間はいない。」
「えっ……」
ジルは絶句した。
驚き過ぎて涙も止まったようだ。
ジルはうまく思考が働かなかったが、
促されるままその場を出発した。
拠点跡を通ると、幾人かの男が倒れていた。
暗くて様子は分からない。
極力周りを見ないようにし、
ラビの外套の裾を握り、必死に付いていった。
『とても怖いことが起こった。
それを行ったのはこの人だ……』
それは理解できたのだが、
それでもジルにとってはラビが
怖い人なのか怖くないのか判断がつかなかった。
ラビは優しくはしてくれないけれど
ラビのことを嫌いではなかった。
ラビが許してくれるなら、しがみつきたいくらい
心細かったが、
まだそれは確認できないでいた。
ただ、
『いつかそうなれるくらいに仲良くなれたら』
何となくそう願った。
ジルは純粋な子どもであった。
夜半の道を数時間歩いた。
ジルの足は早くはなかったが、
それでも結構な距離を稼げたのであろう
「大分離れることができた。
少し休むか?必要なら寝ればいい。」
「うん……」
緊張と恐怖で疲れ切っていたジルは
そう言われてその場にへたりこんだ。
『きっと十人くらいは死んでいた、
いやそれ以上かも……』
『目の前のこの人は殺人鬼?』
頭の中でグルグルする。
でも冷たい目をしていてもラビはとても穏やかだ。
何よりその殺人は……
『私のために?』
そう思うと自分の感情をどう処理していいか
分からなかった。
「ねえ、ラビ。」
「どうした?」
「さっきのあそこで、人を殺したの?」
「ああ。」
「そうしなきゃ通れないから?」
「そうだ。」
「もしさ、もしかしたらさ、
お金を渡したりしたら通してもらえたり
したのかな?」
ジルはヘレから僅かばかりのお金を渡されてはいた。
貨幣価値は随分暴落していたが
それでも無いよりはマシという
程度のものではあったが……
「この状態のこの国では女と子どもは
金より価値がある。
それに見合う金品を君が持っているとは思えない。」
「それにあのような、力に物を言わすことを選んだ
輩は力無き者の交渉に応じない。
問答無用で全てを奪われるだけだ。」
脅すつもりもなく事実を淡々と述べたラビだったが
ジルは震えてしまった。
『もう、本当にとんでもない事態なんだ……』
今日、ラビに会うまでずっとヘレはため息を
つき続けていた。
「禄でもない野郎共が集まり拠点を作っている、
もう少し早く動くべきだった。すまない。」
と事あるごとにジルに謝っていた。
「私がオジさんと一緒にいたかったんだから
別にいいよ!」
ジルはいつもそう答えていたが、
ヘレの顔はいつも苦しそうだった。
戦災孤児を助けていたヘレの下には
何人かの孤児の子ども達がいたが、
足が悪くなった後は動きまわれないため
孤児を世話してくれる人を頼っては
預けていっていた。
ジルは最後までオジさんの側にいたいと
我儘を言ったため、最後まで残ったのだったが
「ジルは女の子だ。
お前を一番初めに逃がすべきだった。」
ヘレはずっとそう言い続けていたのだった。
『オジさんまだ大丈夫かな…?
ちゃんと食べて寝てるかな?』
ヘレの事を思い出すと、なぜか少し安心してきた。
ジルはそのまま眠りに付いたのだった。
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