第2話 新人職員のアル・エティア
陽の光がカーテンの隙間から差し込んで、ルーチェは目を覚ました。
「あぁ……もう朝ね」
くあ、とあくびをひとつしてベッドから跳ね起きる。足元でにゃーんと声がした。
「おはよう、ラスク」
ラスクはにゃーんと返事をする。
ベッドから起き上がったルーチェは洗面所に向かう。
魔法で水を作り出し、顔を洗って意識を覚醒させた。それから着替え。隅のキッチンで朝食作り。化粧。
諸々の朝の準備を終わらせて、身だしなみの最終チェック。鏡の中の自分を確認。
白地に金色の装飾が施された銀行職員の制服に身を包み、オレンジブラウンの髪を結い、クリームイエローの瞳の上には薄くアイシャドウ。本日も準備万端。
「よし、今日もお仕事頑張ろうっと。行ってくるね、ラスク」
ラスクは玄関までついてくると、再びにゃーんと鳴いて主人であるルーチェを見送ってくれた。
ルーチェは祖国を離れて、モンテシエナ中立魔法保管銀行にある職員用の住居区画に部屋を借り、住んでいる。
モンテシエナ中立魔法保管銀行は周囲を五つの国に囲まれているのだが、どこの国にも所属していない。中立という立場を守るためには、独立を貫く必要がある。
故にモンテシエナ中立魔法保管銀行は、ほとんど全てを行内でまかなえるようになっていた。
四角い建物の前面は銀行としての機能を有しているが、内部は職員のための建物だ。住居区画に始まり、食料や生活用品、洋服、装飾品に至るまでなんでも揃う店も入っており、基本的にモンテシエナから出なくても全ての用事が事足りる。
世界中の貴重品を数多預かるという特殊性ゆえに、ひっきりなしに強盗や銀行破りに狙われ、時には国家という単位で攻め入ろうとする者も出てくるのだが、そうした武力行使に出る者たちを鎮圧するために騎士団さえも保有している。
それこそが世界に名高い精鋭集団、通称【銀の騎士団】。
はじめ銀行騎士団と名付けられるはずだったが、あまりのネーミングセンスのダサさから「行」の字を取り払って銀の騎士団という名称を与えられたという歴史を持つ彼らは、剣も魔法も高い実力を兼ね備えている本格的な武装集団である。
その名の通りに黒地に銀糸の刺繍が施された制服に身を包み、胸元にはモンテシエナ中立魔法保管銀行の紋章が入った金色のバッジをつけている。
銀行という名前を冠してはいるけれども、実質的には一つの独立国家の様相を呈している。
ミダス・モンテシエナ総裁の下に集うのべ三千五百人にも及ぶ集団。
それがモンテシエナ中立魔法保管銀行という場所だ。
ルーチェは広い広い行内を移動し、転移の魔法陣まで辿り着くと、そこで自分の職場である「モンテシエナ中立魔法保管銀行第一店舗」へと転移する。
各国からの客を受け入れやすいよう四方に銀行の玄関口を設けており、ルーチェの職場は第一店舗だった。
淡い粒子に身が包まれルーチェの体は住居区画から瞬時に第一店舗へと移動する。
魔法陣から降りたルーチェは同僚たちに声をかけた。
「おはようございます」
「おはよう、ルーチェ」
「昨日の金塊、ルーチェの担当だって? やるなぁ。さすが当行きっての若手エース」
「やだなぁ、そんなんじゃないです。たまたまですよ」
軽い雑談を交わしながら店舗へと集えば、朝礼の時間だ。
集う職員たちの前に姿を表したのは、第一店舗を取りまとめるアルト店長である。アルトが皆の前に姿を現すも、職員の視線はアルトが後ろに伴っている人物に釘付けになった。
「今日から新人職員が入る。紹介しよう」
「アル・エティアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
名乗った人物は、切れ長の赤い瞳とこざっぱりと切り揃えた黒髪、そしてやや尖った耳を持つ、ゾッとするほど美しい顔立ちの青年だった。
魔族だわ、とルーチェは思う。昨日の客といい、あまり遭遇率の高くない彼らに二日間で二回も会うとは珍しい。
「アル君は魔法力が抜群で魔法の扱いにも長けている。皆で業務を教えるように。あぁ、ルーチェ君、来たまえ。君にアル君の新人研修を任せたい」
「えっ、私ですか?」
「そう。ルーチェ君は教えるのが上手いから最適だろう」
「はぁ……」
名指しで指名されたルーチェは前に進み出ると、新人職員アル・エティアなる人物と向かい合った。アルは美貌の顔にうっとりするような笑みを浮かべる。
「どうぞよろしくお願いします、ルーチェ先輩」
「ええ、よろしくお願いするわ」
その顔立ちにどことなく既視感を覚えながら、ひとまずルーチェはそう挨拶を返した。
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