魔法銀行の受付嬢と後輩の魔王様

佐倉涼@10/30もふペコ料理人発売

第1話 モンテシエナ中立魔法保管銀行

 拝啓、伯爵領地にいるお父様お母様ならびに可愛い弟妹たち。

 元気にしていますか?

 私は今、勤め先のモンテシエナ中立魔法保管銀行にて、厄介な顧客を相手にしています。


「ーー今、なんておっしゃいました?」


 伯爵令嬢にしてモンテシエナ中立魔法保管銀行きってのエリート銀行員、ルーチェ・アイローラは耳を疑った。

 この銀行には数多くの変わった客がやって来るが、今言われたことはその中でもずば抜けて妙な依頼だった。

 ルーチェは目の前に座る顧客の顔を思わず凝視した。


「だから、俺を預けたいと言っている」


 男からは冗談を言っている雰囲気は感じられない。彫刻のように整った顔立ちは、至極真剣だった。


「モンテシエナ中立魔法保管銀行は金さえ積めばどんなものでも預かってくれると聞いていたのだが、違うか?」

「おっしゃる通りにございます」

「ならば俺を預けても問題ないだろう。金ならばある」


 男は長い指を懐へと突っ込むと、紙幣の束を取り出し、机の上に無造作に置いた。


「ひとまずは五百万リブラーー足りなければこれで補おう」


 次に男が出したのは、見るも素晴らしい真っ赤なルビー。男の赤い瞳にも似たその輝く宝石は親指の爪ほどもある大粒のもので、数百万リブラを下らないだろう。


「…………」


 ルーチェは目の前に差し出された大金と、依頼内容とを反芻し、だめだやっぱり理解できないと思った。

 冗談じゃないのなら、尚更タチが悪い。

 男は肘掛けに肘を乗せ、いっそ青いほどに白い指に自身の頭を乗せると、実に優雅に微笑んで見せた。その微笑みの破壊力たるや、見る者を籠絡させ、あっという間に堕落させてしまう色香を纏っている。

 しかしーー。

 パァンと音がして、ルーチェの周囲を覆う障壁魔法が音を立てて何かを防ぐ。

 ルーチェは目の前に座る色男に機械的な声音で告げた。


「行内で無闇に魅了魔法を発動しないでいただけますでしょうか」

「ふっ……はっはっは。さすがは名高いモンテシエナの一流銀行員、この俺の魔法を眉ひとつ動かさずに防ぐとは」

「ふざけるのはやめて下さい。一旦話を整理させていただきます」

「よし、そうしよう」


 男は長い足を組み、ルーチェの話を聞く体勢に入る。

 ああ一体どうしてこんなことになったのかしら。

 そもそも話は、三十分前に遡るのだ。


 モンテシエナ中立魔法保管銀行。

 そこは、世界最大の貸金庫である。

 中立の名前の通りどこの国にも属さないこの銀行は、それ自体が一つの国ほども大きく、銀行が保有している面積は周辺国に引けを取らない。

 世界には数多の種族が住んでおり、多様な人が存在している。

 モンテシエナ中立魔法保管銀行は全ての種族を等しく受け入れ、預かったものを絶対的な魔法セキュリティにより死守する。

 顧客の名前も年齢も種族も所属国も前科歴も、預けるものの由来も経緯も、銀行は何も尋ねない。


 必要なものはたったひとつ、金だけである。 

 保管物に値するだけの金さえ支払われれば、誰の、どんなものだって銀行は受け入れる。

 古の魔導具であろうと、希少な宝石であろうと、国宝だろうと、たとえ盗品や略奪品であってもモンテシエナ中立魔法銀行は預かり保管するのだ。

 銀行員は魔法教育を受けたエリートのみで構成され、訪れる客に負けず劣らず多様な種族で構成されている。


 ルーチェ・アイローラは十五歳の時にモンテシエナ銀行の扉を叩いた。

 ルーチェは生まれた時から魔力の保有量が多く、魔法コントロールも抜群に良かった。十歳で魔法学校に通い、十五歳で首席卒業。

 卒業後の進路を考えた時、このモンテシエナ中立魔法銀行に勤める事にしたのは、ひとえに給料が抜群に良かったためである。

 伯爵領地は貧しい。家族仲はよく、領民も頑張ってくれているのだが、如何せんあまり土地に恵まれていないためどう足掻いても収入には限界があった。

 ルーチェは少しでも足しになればいいと思い、モンテシエナで働く事に決めた。


 モンテシエナ魔法保管銀行で求められるのは、優れた魔法の腕前と徹底した口の固さ。ルーチェはどちらもクリアしていた。

 持ち込まれたものの価値を正確に把握する鑑定魔法、預かり物を安全に保管するための封印・結界魔法を難なく操り、どのような顧客にも笑顔で対応する。

 五年の間にルーチェはモンテシエナの若手銀行員の中でも指折りのエリート行員となり、難しい保管物を持ってくる客の相手も任されるようになった。


 そんなルーチェが本日担当したのが、件の男である。

 一目男を見たルーチェは、この客が只者ではないと見抜いた。

 赤い瞳、黒い長髪、やや尖った耳、そして装飾の凝った真っ黒な服を身に纏った男は、恐るべき美貌とただならぬ雰囲気を漂わせていた。明らかに並の人間ではなく、というか人間族ではないだろうというのは会った瞬間に理解できた。十中八九魔族だ。


 魔族はこの世界でも珍しい。

 あまり人前に出て来ず、魔族が暮らす国から出てこない。

 五百年前に勃発した人魔戦争以降、ひっそりと姿を隠して暮らしている。

 しかし珍しかろうが何だろうが、この銀行に来たからには預けたいものがあるのだろう。お客様は丁重にもてなさなければならない。


「こちらの部屋へどうぞ」


 ルーチェは男を個室へと案内する。機密情報を保持するため、全ての客は個室に案内され、そこで預けられる物品を見せてもらうのだがーー男が放った一言が、冒頭の一言に集約される。

「俺を預けたい」と。

 ルーチェは息を吸って吐き、男に端的に告げた。


「大変申し訳ございませんが、当行では生物の保管は承っておりません」

「ああ、いや、預けたいのは俺の肉体ではない。説明が難しいから、やってみせるのが手っ取り早いか。つまりーー」


 男は右手を心臓に当て、魔法を発動する。ルーチェは目を細めて男を観察した。魔力が流れ、黒々とした光が集約し、右手に収束していった。そして掌を開いた時、そこには赤黒い光の球が明滅しながら浮いていた。

 ルーチェは思わず腰を浮かせて身を引いた。

 光の球は禍々しく、凄まじいまでの力を内包している。


「これを預けたい」

「こ、これって……魂の欠片!?」

「そうだ。理解が早くて助かるな。俺の力の大部分をこの球に込めた。これならば生き物ではないから預けられるだろう」


 ルーチェは差し出された球体をどう扱うべきかはかりあぐね、戸惑う。

 己の力を体内から取り出して球体に閉じ込める魔法は、はるか昔に失われた古代魔法だ。ルーチェも魔法学校の歴史の授業で教わったことがあったが、魔法技術は継承されておらず使える者は誰もいないと聞いている。

 それがまさか目の前で使用されるなんて。

 古の超高難易度魔法を平然と使った男は、自身の一部たるその球体をずずいと差し出して来た。


「で、預かってもらえるのか? 金が足りなければもっと持ってくるが」

「……鑑定しますので少々お待ちください……」


 ルーチェは意を決して両手をかざし、鑑定魔法を発動する。

 球体が魔法に包まれ、空中に四角いパネルが浮かび上がり、球体の価値を映し出した。

 この鑑定魔法もモンテシエナでのみ使用する特殊な使用条件となっている。

 鑑定魔法というのは通常、対象物の名前や種類、誰の持ち物なのか一体何のために使うものなのかなどを調べるために使われる。しかしモンテシエナにおいてはそうした情報は一切取らず、ものの価値のみを調べている。これも秘匿主義の一環で、余計な情報を知らないようにするために必要な措置だった。

 四角いパネルにはルーチェが知りたい唯一の情報のみが浮かび上がるーー世界共通で平等な価値を持つ「黄金」に換算した時、一体どれほどの価値があるのか。

 果たしてルーチェの鑑定魔法が導き出した結論は。


「……金百キログラム!?」


 いやいやいやあり得ない。

 金百キロといえば、約十億リブラにもなる。

 モンテシエナは数々の貴重品を預かっているが、ここまで高額な品ともなるとそうそう滅多にお目にかかれるものではなかった。

 しかし目の前の男は眉根を寄せ、少々不服そうな顔をしていた。


「ふむ、案外安いものだな。俺の力の大部分を封じたものなのだから、もっといくかと思った。お前の鑑定魔法ちょっと甘いんじゃないか?」

「お言葉ですが、私の鑑定魔法は他の行員に勝るとも劣らない精度を持っています」

「そうムッとするな」

「で、いかがいたしますか」

「当然預ける」

「しかし全額持って来ていただかないことにはお預かりできませんので、本日のところは……」

「誰が持っていないと言った?」


 ルーチェの言葉を遮るようにして、男が指をパチリと鳴らす。男の右肩あたりの空間に歪みが走り、ズズズと暗い渦が浮かび上がる。渦の中心から吐き出されたのは、光り輝く黄金の塊だった。


「金百キロ、本物だ」

「あ、亜空間魔法……!」


 ルーチェは呆然とした。亜空間魔法は現存する魔法の中でも最上級習得難易度を誇る魔法である。断じて指パッチン一つで使っていい魔法ではない。

 一体この男は何者なの?

 考えそうになってルーチェはブンブン首を横に振った。

 顧客の正体を探ることは厳しく禁じられている。相手がどこの誰だろうと、ルーチェには一切関係がない。


「で、これで預かってもらえるか」

「少々お待ちください。金の鑑定を……あ、本物ですね。では問題ございませんので、お預かりさせて頂きます。封印に立ち会って頂きますので、保管庫までご同行願えますでしょうか」

「わかった」


 ルーチェは他の行員を呼んで金の搬出を依頼すると、自身は預かり物の封印をするために席を立ち、銀行の奥へと男を案内した。球体はまだ男が握っている。


「お客様の預かり物は第一級封印を施しますので、最下層の保管庫を使用いたします」

「どうやって行く?」

「魔導エレベーターにて」


 ルーチェが壁に手をかざせば、途端にただの壁が左右に開いて人が二人乗れるだけの縦長の箱へと変化した。職員のみが扱える魔導エレベーターである。乗り込んで壁の数字を入力すると、扉が閉まり、地下へ地下へと下っていった。

 モンテシエナ銀行は地下に広大な保管庫を有しており、金庫の数は数万にもおよぶ。預かるものの等級によってどの階層に補完するのか厳密に定められていた。

 今回、最下層の地下五十階へと向かっていた。

 チーンと音を立ててエレベーターの扉が開く。

 真っ暗闇が広がる空間に臆せず、ルーチェは右手に光を灯すと、その唯一の光源を掲げて奥へと進んだ。


「……随分魔力濃度が濃い場所だな」

「希少な魔石が多く使用されておりますので」

「つまりそれだけ貴重なものが封印されている場所ということか」


 ルーチェは男の言葉に何の返答もしなかった。他の保管物に対して何も言ってはならない。


「着きました、ここです」


 たどり着いた扉はルーチェの身長を優に超える大きさで、複雑な魔法陣が記されている。


「仰々しいな」

「お客様の大切な品をお預かりするのに、万が一のことがあっては大変ですから。では扉を開けますので、保管物を中に収めてください」


 ルーチェが扉を開けて解呪の呪文を唱えれば、ギギギギと扉が内側へと開く。だだっ広いその場所に男が一足を踏み入れ、球体を置く。赤黒い光を放つ球体が保管庫の中央に浮かんでいる。


「では、封印を施します」


 ルーチェは両手をかざし、球体に向けて魔法を唱えた。

 封印魔法は二重にかけられる。

 一つは保管物そのものを覆うように。もう一つは扉の魔法陣を使って金庫全体に。

 モンテシエナ中立魔法保管銀行に持ち込まれる保管物は、ほぼほぼ魔法道具の類で、中には意志を持つものすらある。そうしたものはただ鍵をかけてしまって置いても勝手に出て行ってしまったりするので、絶対に封印を施さなければならない。

 そして強力な魔法を有する道具には、相応の封印が必要だ。

 この地下五十階には極めて希少かつ強力な魔法道具を封ずるための魔法が施されている。金庫そのものの頑強さは言うまでもなく、扉に描かれた魔法陣は、五百年前にモンテシエナ中立魔法保管銀行を設立した一人の魔法使いが手ずから書いたものだった。

 長い長い呪文と共に魔力を流し、封印をかける。

 やがて扉ががこんと音を立てて閉まった。


「これで封印完了です」

「取り出したい時にはどうするんだ?」

「封印はお客様と連動しています。お客様の右手を扉にかざせば解呪可能です」

「なるほど、どれどれ……」

「あ、今封印したばかりなので試すのはちょっと……! 結構大変なんですから!」

「なんだ、つまらん。まあいい。これで肩の荷が降りた。しばらくは普通に暮らせるというものだ」


 男は機嫌のいい声でそういうと、にっと笑顔を作った。


「助かった。礼を言う」

「いえ、私は職務を遂行しただけですので」


 ルーチェは再び男と共にエレベーターへ乗り込み地上を目指す。

 銀行の玄関まで見送ったルーチェは、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。また御用の際にはお越しくださいませ」

「ああ。近いうちにまた会おう」

「…………?」


 また何か預けに来ると言うことだろうか。

 男の最後の言葉の意味を考え、ルーチェは踵を返して銀行内へと入って行った。

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