僕たちは四季を経験できない。

あおいそこの

マカ不思議


僕たちの生きるこの世界の地軸は25万年前まではおよそ30度だったらしい。

学者の中で有名な理論として『言葉を持った言語的人類の出現とともに傾き続けている』という説が一番有効だ。でも何故言語的人類が出現した時から傾き始めたのかはまだ分かっていない。

その説が出たのは約3万年前かららしく計算をし続けた結果一番最初の傾きが0度だったとするならその時期とぴったりと重なるというわけなんだとか。

今現在はその言語的人類の出現からおよそ34万と6000年が経っているらしい。そんなにも時間が経っているのならもう1周くらいしちゃってんじゃないの?と思うかもしれないがようやく4分の1に来たあたりのよう。

元々はホッキョク、と呼ばれる氷の大地(大陸ではなかったようだ)は長年の地軸の傾きによって夏と冬には太陽と最も近い状態が続く影響で氷がみんな溶けてしまったとか、なんとか。

僕の住むニホンという国は北半球であった場所に位置する。1年の間に夏が2回来る。その時には白夜が続くこともさして珍しいことではない。春と秋には地球上の存在する国の全ての季節が春と秋になる。その時ばかりはどの国も普通に太陽が昇り、夜が訪れる。

全世界の日の出ている時間の長さが同じになる春分と秋分の日には太陽と平行の場所で自転するからだ。

僕たちの生きる世界では気温が季節の基準ではない。どのくらいの時間太陽が出ているか。沈んでいるか。それだけだ。昔は、もっと前は。という話を聞くものの僕は生まれてきたときからそうだった。

そしてそれが昔は違ったという授業を学校で受けた外部講師のセミナーで心から驚いた。心底驚いた。


絶対に嘘だ。


そんなことあるわけない。


そんなに少ない時間でどうやって日常生活をするんだよ。


地球の自転速度が24時間しかないという原則は変わっていないようだが、長くて14時間くらいしか太陽が出ていないのに買い物とか、学校とか、全部を終わらせるとか無理じゃないか?

そもそも僕たちは学校に約10時間は拘束される。暴力的なまでの課題も片付けなければならない。

もはや自分と同等の存在、『AIJOB』に見張られているし、難しくてもヒントしか与えてくれないからそれをこなすのにも時間がちゃんと必要。採点も自分で出来ないからズルはもちろんできない。

太陽が光っているのは当たり前だから基本的に起きている。1日の全員の睡眠時間の平均は2時間もいっていない。

でもみんな元気だ。授業は配信形式で行われる。特殊なゴーグルを着ければその場にいるような感覚で受けられる。クラスメイトからの質問も飛ぶことが多い。あ、元気なんだな、と思いながらいつも見ている。

よく歴史の授業で教えられるのは20万年以上の前のこと。その時に文明が急速に発達して、今の地盤を築いたらしい。スマートフォン、と呼ばれるものでそこにいなくても会話ができる。声だけで電気を点けたり、テレビ(今はモニタと呼ぶ)を点けたり消したりができる。今では当たり前のことも当時は相当な注目を浴びていたらしい。

ただそこからぱったりと文明の爆発的進化が途絶えて、ゆるゆると既存の物の性能が上がっていくようだった。

その弊害で環境汚染、地球温暖化、AIの進歩による仕事の減少、などいろいろな問題が起きていたらしい。全部は「らしい」で済む。だって今現在起きていないから。


何も起きていなくて平和なはずなのに僕は心が軽い。

「あーひとりぼっちじゃーん。退屈~」

「こら、マカくん、授業の、配信を、見ないとダメ、だよ」

「いや聞いてるんだよ」

「脳への、指令までは、届いてい、ないよ」

「またホモサピエンスの話だろ?分かってるよ」

「話題が、変わった、よ、タケジ先生の、いつものお話だ、ね」

「面白い時と面白くない時が激しいんだよな~」

モニタを使わなくても目の前に映像が映し出される。それを見て僕が必要だと感じたものを、筋肉に指令を出すAIJOBの板書機能が僕の体を通じてパソコンに打ち込んでいく。自分1人になったら多分この速さでは打ち込めないだろうな。

『我々ニューソラピエンスは、ホモサピエンスと比べて劣っているわけでもなく、勝っているわけでもない。なぜなら元をたどれば全員が同じところにたどり着くからだ』

『せんせー!でもこのホモサピエンス?って人たちはモニタもないし、AIJOBも生まれた時からいるわけじゃないんでしょ?』

『声たいとか指もんにんしょうもガバガバだって聞いたよ』

『そうだよー、じゃあ私たちの方がすごいよー』

別のAIJOBユーザーのクラスメイトが人間の先生にそう質問する。僕たち至高期を生きるニューソラピエンスもまだ教育はロボットや、人工知能に任せられないらしい。

『では、きみたちは人の価値とは、何だと思う?技じゅつ面が優れていたらその人は上に立つ人、となるのかい?金か、地位か。人がらか、人望か、かんじゅ性か、何にたよるのか、何を信じているのか。自分と全く同じ考え方の人なんていない。本来であれば優劣はつけられないんだよ。テストのような分かりやすい結果がないものは特にね』

指を鳴らして学校用AIJOBが架空モニタに書かれた文字を消していく。

『では君たちに問おう。色と言っても何を想像する?』

僕の頭の中にぱっと思い浮かんだのは真っ赤な赤だった。

『そこにグラデーションは入っているか?原色のような色か?濁った色か、澄んでいる色か。透明度はどうだ?名前がついている色のジャンルは同じでも、想像した全てが同じ人がいないだろう。どうやって自分の色を表現するのか。タケジ先生はそれが人間の価値なんじゃないのかな、と思っているよ』

いつも通り授業の終わりの合図もなくタケジ先生は教室を出て行った。

面白いのか、よく分からない話だった。理解する必要がないと思った。だけど僕のパソコンには先生の言葉一言一句が書き記されていた。打ち出されていた。本当に必要がないと思っているのに。


もう時刻は午後7時を回っている。

ニューソラピエンスの僕らはそこまで食事を必要としない。1日1回、食べるだけ。食べ過ぎていたり、食べなさ過ぎていたりしても基本的に誰かに何を言われるわけでもない。健康に害が出始めたらAIJOBを始め、Hospitatto(ホスピタット)通称英知ロボと呼ばれる各種サービスに精通したロボットが体を検査したりする。家にいてAIJOBと専用コードで繋げば診察ができる。

ちなみにここだけの話、英知ロボと呼ばれているけど僕たちバカな学生はHロボとたまに呼んでいる。人類の英知も、僕たちのそういう方面への好奇心にはまだまだ及ばないようだ!


「AIJOB、僕の課題はあとどのくらい残ってる?」

「提出期限が、近いものから、アートテクスチャ、あと4日、夏最後の、課題、になってるよ、先取り出来る、のはマス、ジオメトリ」

「あ~、マスやるか。ありがと、AIJOB。マス出して」

「分かったよ」

表示されたマスジオメトリの問題を解いていく。幾何学模様についてだ。主に。この螺旋構造は何が元になっているか、とか。その構造を用いて四面利用場合、何倍の確率で計算すれば最もズレが小さくなるか、など。数ある教科の中では得意な方。延々と続いていく模様はなんだか綺麗だと思う。

どこかで区切れば寸分の狂いもないほどに綺麗に重なることを想像すると少しにやける。

「マカくん、はマスジオ、メトリが好きだね」

「まぁね。ワードロジックとかよりは単純じゃない?」

「ワード、ロジック、は文章の中に、答え、があるけど」

「それもそうだ」

そう笑って課題を進めていく。明日は久しぶりの登校日、楽しみだと心を躍らせていたら母親が帰ってきた。一気に気分はガタ落ちだ。

「マカさん、は今日、遊びに、いって、いな、いよう、で、す」

「それならいいわ。馬鹿な子と遊んでたら馬鹿になるわ。マカ、明日は学校からすぐ帰ってくるのよ」

返事はしない。それは僕の本当の答えじゃないから。

「マカ!!返事をしなさい!!」

「気が向いたらそうする~」

小さな声で僕のAIJOBに扉の鍵を閉めるように言った。

「お母さん、はまだ、嫌いなの?」

「当たり前だろ。早く逃げたいよ。早く大人になりたいよ」

「年齢の、区分で言ったらあと、3年、は必要だね」

その機械的な返事を、機械的とは思えなかった。だってそれは事実だろう?事実に腹を立てて何になるのか、それが僕の考えだからだ。それは多くの人類が同じように思っている。事実としてそこにあるものが自分の意見と多少ズレていてもその議論の時間さえも無駄だから、と。

ちゃんと事実として認識したうえで自分の意見を殺すことは容易いこと。それが大人への第一歩だと多くの人は言う。そこにある理論に首を縦にふる、それは事実という客観的に見た場合にジャンル分けされるものに対しての正当な意思表示だ。

まだ僕は人間だ。

「3年ね~、昔は成人が18だったんだろ?そう考えたら恐ろしいよな」

高度な人工知能が傍に置かれた状態で人の生は始まる。だから脳の発達もホモサピエンスよりも早い。遺伝子の構造的にニューソラピエンスの方がどうとか、どこかの授業で先生が言っていた気がする。

その分のエネルギー消費や、その他欠如している部分もあるなんて言っている学者もいるが、昔や他の森羅万象と比べた時、常に優れていたいという本能があるニューソラピエンスに袋叩きにされている。

だから至高期の今の成人年齢は14歳だ。故に莫大な課題が降りかかる。


早く大人にさせなければいけない


という名目の下のびのび、と見せかけてがっつり拘束して教育を進める。プログラム通りに。名前も分からないような学者が作った『大人を作るプログラム』通りに。

たったの14年しか生きずとも大人として認められてしまう。大人が就くような職業にも就けるようになる。意見の重みはなくとも、同じ場所で意見ができるようになる。

そう、なってしまう。

タケジ先生のように僕は自分に問いたい。しっかりと考えるべき問いを。人間としての在り方を。


#人間の価値とは


何万年と、もっと前の人類は、ホモサピエンスはどうやって生きてきたのか。

春と夏と秋と冬、全部がちゃんとある世界はどのくらい美しい?

どのくらい汚いものがあった?

それはどうやって裁かれたり、認められたりしてきた?

ホモサピエンスは対極にあるものは相容れないとして切り捨てる至高期をどう思うのだろう。

その時から「ヒト」としての根幹は変わっていないのならばその時も少数派や、対立した意見のどちらかが破れて、間違いとされてきたんだろうな。


北半球に住んでいる僕たちは冬を経験できない。

赤道、地軸を超えたらどこかにも冬がない。雪を知らない。でも夏も知らない。海も知らない。ここにはそれらは存在しない。人工的に生み出された雲が雪や雨を降らせる。どこでも降らせられる。どこでも止ませることができる。自然ではない。それっぽい季節になったら特に服を変える必要もなく過ごせるくらい涼しくなったり、暖かくなったりする。


マスジオメトリを解き進めていく中、真ん丸な図を見て満月を想像する。見たことはあるし、その地表というか表面のすれすれまで行ったこともある。でも僕が見たのは、全部直接じゃない。肉眼で見た。だけど窓越しだ。宇宙空間に行けば仕方ないけど、この地上で見てみたかった。

「あー、せめてこの目で月とか、見られたらいいのにな。窓越しじゃなくてさ」

「そう、だね」

馬鹿な国たちが起こした、馬鹿な戦争で、馬鹿みたいに空気や地表が汚れて、もう修復できないほどに汚れたこの地球という星は陸地という陸地を全てシェルターのようなものに覆われている。土がない。草も生えていない。人口で育てられた自然のものではないもので埋められている。それも掘り進めたら、いずれ固い金属の板にぶち当たる。

環境破壊の影響で大気圏や、成層圏、オゾン層など地球を守る層が破壊された。全てではないがその層たちはほぼ機能していない。いつか地球を覆う層がなくなったとしても太陽の光が直接降り注いでも大丈夫なほど強い屋根でプロテクトされている。何万年か前に作られた宇宙で地球を囲むように張り巡らされている各層の代わりもあるがそれでは防ぎきれないほどに太陽の力が増している。

その中にも森のような、林のような、海のような、山のようなオアシスエリアが存在する。一部の金持ちが住むマンションもある。大きな建物は100階にもなる。ニホンの首都、トウキョウに置かれていた東京タワーや、スカイツリーの類はとうの昔の崩壊した。

今は電波塔などいらない。それに観光に重きを置くような人類も消えた。

「AIJOB」

「なに?」

「どうして、地球は傾き始めたんだろう」

もし本当に人類の出現が理由で地軸ごと地球が傾き始めたのなら全ては人類のせい。

その責任の一角を全人類は背負っている。そのせいで季節が混乱していたり、人が住める場所が制限されたり、いろんな動物が絶滅したり、植物が枯れ果てたり。大人に慣れられず人が死んだり。

「学者の、中でも意見が、割れていることだね、言葉を持つ、ことで人は、醜くなったと考えて、宗教的な、考えだと神が、怒ったとか」

宗教、言ってしまえば形のないものが形あるものに宿ったと信じて信仰する、偶像崇拝。信じたいなら信じればいい。でもその説はそこまで有効ではないと思う。ほら、現実的に考えてあり得なそうだし。

「他は何か説とかあるの?」

「宇宙空間に、は果てがあって、閉じられた空間と、仮定した時、に膨張する、力の反作用として、宇宙の中心の太陽の、引力で、地球が引っ張ら、れている、説も有効だよ」

それはあり得そうだな。でもどうして斜めに傾いたのだろう。なぜ言語的人類の出現と同時期なんだろう。

ニューソラピエンスは一番最初の言語的人類よりも優れているのか。現代の基盤を作ったホモサピエンスはニューソラピエンスよりも劣っているのか。世界を壊したような奴らと、純粋に愛のために言葉を利用していた人類。どっちが優れているのか。

僕はどうも思えない。どちらも劣っている部分があって、どちらも褒めるしかないほどに素晴らしいところもある。それでいいと思う。この曖昧さは現代病か。

それに何万年も昔のことで、今となっては本当かどうかだって分からない。馬鹿な国がミサイルを撃ちまくっていろんな国を滅ぼした歴史があったみたいだけれど、今僕たちの生きているニホンや、至高期と言われる時代は平和そのもの。

実際起きたかどうかを知るのは映像の中。もしかしたら作られたんじゃないか、そう思いたいと思っている僕がいる。きっとこれは平和ボケだ。すぐ近くに聞けばなんでも教えてくれるロボットがいることで想像力が衰えた現生人類ニューソラピエンスの欠けている部分。満たされ過ぎている部分。

威力を増して増して、至高期の技術では極限まで高められた人を大量に殺せる武器だってそれを防ぐ方法がいくらでも湧き上がってくる。僕の生活は脅かされることがない。それでいい。

「ありがと、マスジオメトリの教科書、単元のところちょうだい」

「どう、いたしまして、どうぞ」

「ありがとう」

物心ついたときに僕の傍にあったもの。それは母親の放任主義と、それに比べたら愛情を感じられる無機質なAIJOB。これがお前の親だよ、と言われているような気がした。そしてそれは今も変わっていない。AIJOBが僕のほぼ全てを管理している。僕が「親」と呼ばれる人にかけられた言葉は怒気を含んでいるか、嫌味が込められた呪いのような言葉ばかりだった。

生みの親がいなければ子供は生まれない。その親に恵まれない人もいる。それはものすごく知っている。僕の親の片方は今リビングの方で仕事の愚痴を怒鳴り散らしていて、もう片方はもっと別の場所にいる。死んだわけじゃない。でも生きているのかは分からない。

知ろうと思っても子供うちはAIJOBが自動的に親の監視下に置かれる。黙って履歴を消すこともあるが、たいていのことは隠せない。よって知る術がない。知って傷つくくらいならばもういいや、と思えてしまうのは現代病だ。

「ひとりぼっち。はぁ、嫌だねぇ~」

「AIJOBがいるよ」

「はは、確かに」

誰よりも僕の言葉を聞いてきた存在ではある。

「AIJOB、これ分かんない」

「大問3番の(3)、だね、それまでの仮定の立証、よくできたね、(3)は球状理論を、発展させた問題として、よく出てくるひっかけ、問題、だから球状理論、定義の2つ目、じゃなくて、4つ目を使うんだよ」

「ってことは、『この図形が完成していると確定するためには〈この球はナハトムジーク用法を用いている〉が間違っている』っていう選択肢が正しいの?」

「そうだよ、」

「へぇ、ミヤケのやつ、これ教えてないのに~課題に出しやがって」

「教科書の、コラムには、載ってるよ」

「読んでないや。ナハトムジーク用法ってさ、5本線じゃん?まさか球と関係してるとは思わないよね~」

「確かに、そうだね」


午後11時を過ぎてようやくアートテクスチャを含む課題が終わった。

「もう寝る?」

「いや、今日は、まだしないといけないことがあるんだよね」

「それは、なに?」

「この地球の模型をちゃんと作り上げたいんだ」

「地球…マカくん、とAIJOBが、住んでいる星だね」

「そうそう」

僕の声に反応してクローゼットからプローマと呼ばれる架空模型が出てくる。これは僕が1から作った地球と、宇宙の模型だ。この前の宇宙見学で見に行った時のことをAIJOBに覚えてもらって作り出した。細かいことはまだまだ分かっていないけど。

「ねぇ、AIJOBこの地球はどうしてエネルギーとかがほぼないのに生きていけるの?昔は石炭も石油も、いつか尽きるって言われてたし、それはホモサピエンスの時代で無くなったんでしょ?」

「マカくん、が疑問に思う、ことは、いつも大人びて、いるね、」

僕には理解できないような動力を使って浮いているAIJOBがプカプカと揺れる動きを見せた。揺れろ、と言っていないのに。

「AIJOBの、この動力源は、今まで、地球には、なかったもの、なんだよ」

「え?どうやって現れたの?」

「それは、馬鹿な国たち、がミサイルを、撃ちまくって、世界が滅びかけて、いた時に、この先を、生き残るべきと、判断された人が宇宙に、避難させられて、その中の有名な、学者が見つ、けたんだよ」

「それは何?エネルギー源?」

「そう、ブロークニウム、といって、全てを破壊でき、るけど、全て、を守ることもできる、原子」

「すごい原子なんだね!それが見つかったから地球は今まで続いているんだ」

「そういうこと」

見つかっただけでその原子の全てを知れるわけじゃないだろうし、簡単にエネルギー源として昇華できたとも思えない。そんな単純な話ではなさそう、と思ってさらにAIJOBに尋ねた。

「ブロークニウムは尽きてないの?」

「それがね、ブローク、ニウムは、複製を作り出せる、力を持つ、人間が、持たせたんだけどね、同じもの、を半永久的に、作り出せる、ようになった、んだよ」

「それは、ホモサピエンス?ニューソラピエンス?」

「ホモサピエンス、の夫婦が見つけ、たその実験で、体に、異常が発生して、その2人の子供が、ホモサピエンスの突然変異種、である、今のマカくんの祖先の祖先の祖先、ホモサピエンスの後身、ゴウトサピエンス、ブロークニウム、が流行るほど、ゴウトサピエンスは、増えた」

「体に異常って、いい方向?」

「そう、いい方向、ホモサピエンスと、比べて、ゴウトサピエンスは、知能レベルが高かった」

そのゴウトピエンスがまたブロークニウムの影響で突然変異種のニューソラピエンスを生み出したってことか。地球の模型とはあまり関係がなさそうだった。けれど面白いことを知ることができた。

「ってかさ、祖先の祖先の祖先なら、ニューソラピエンスになるまでまだいるの?ゴウトサピエンスの他に」

「あた、り、ホモサピエンス、ゴウトサピエンス、ルークサピエンス、イズサピエンス、そして、ニューソラピエンス」

「ゴウトサピエンスからルーク?だっけ。ルークサピエンスまではどうしてそうなったの?」

「ゴウトサピエンスが、生まれた、理由と、一緒だよ、ブロークニウムは、良く、も悪くも、力が強いから、人体に少なから、ず影響を、与える、それが理由だよ、日常、生活の中で、色々なものに利用さ、れるよう、になって、何万年も、人体にブローク、ニウムが影響を、蓄積させては、突然変異の、ように、奇異な人が生まれて、きた」

この先も人類は変わっていくんだろうな。いずれニューソラピエンスも別の人類になるんだろう。どうか僕の生きている時代じゃありませんように。僕よりも人間らしさを持った、僕たちよりも有能な人類なんて現れませんように。

ルークサピエンス、イズサピエンス、とメモをしていると追加情報がAIJOBのスピーカーから流れてきた。

「それにもい、ろいろ説が、あって、惑星直列や、地球と、他の惑星の会合周期も理由なんじゃないか、と言われてるよ、証明されては、いないけど」

「人類の歴史って面白いね」

「そう、だね」

僕は人類としての自負がある。血の通ったものにAIは超せない。計算しろ、と言われたものを間違えることはないだろうし、この方式を使って、これを解けと言われたら人間よりも正確度高く完璧な解を提出できる。自分の脳で考えること、それを発表すること、それを隠すこと。はまだ人間にしかできないことだ。

まだ人間にしかできないことがあるという自信があっても、僕は時々不安になる。

自分がロボットになってしまっているんじゃないか。

進化を続けていく中で人間としての大事であろう部分が抜け落ちているんじゃないか。

すごく不安に思う。

友達、と関係性に名前がついている人はそこまでいなかったし、それを必要とも思っていないこともおかしいんじゃないか。学ぶ歴史の中には人の感情が現れたものをいくつも見つける。それに対して無機質な疑問しか抱かないこと、抱けないことおかしいんじゃないだろうか。

不安になってしまうこと、それだけが人間らしさ、と呼ばれるものでいいんだろうか。

早く大人になって、早く人生のタスクを終了すること。それだけを目標にニューソラピエンスは生きている。死ぬために生きている。想像だけで語る大人は陳腐だ。何もわかっていない、と思われるくらいに陳腐だ。

でも権利だけを今はください。


クラスメイトと呼ばれる人たちが教室に集まる。別に集まらなくても授業は受けられるのに、とぶーぶーふてくされている奴もいるけれど今日は宇宙遠足なのだ。月に1回ほどの頻度で日本の衛星である月の表面まで行く。降り立って自由時間として散歩をする。

地球と月の約38万キロメートルをきっかり1時間で埋められる民間人用宇宙船の『ヴェロス』に乗って月まで向かう。その月に着いたら最新技術で安全性も保障されている極薄フィルターを着ている僕たちは外に出る。そのフィルターを着ていれば宇宙でも地上と変わらないように過ごせる。

ただ重力までは変えられないので強くジャンプすると危険だからね、と担任のミヤケ(マスジオメトリ担当)がよく言っている。

僕はこの宇宙散歩の時間が大好きだ。昨日、月をこの目で見たい、と言ったことがどうしても頭の中に残っていた。このフィルターも変幻自在で人それぞれの体の大きさに合うように変形できる。人間の英知の結晶だ。

このフィルターを通して見たらそれはそれは月という地球の衛星が目の前にいるだろう。でもそれでも。そのフィルターは人工物だ。人が作った技術を通して見ている。そう考えると手を伸ばしたらそこにあって、足踏みしたら感触があるような、月も欠片程度で残っていた儚さが消える気がする。それなら地球のシェルターで見ていた方が神秘的とも思う。

僕たちの視覚は人工物以外の色をもはや経験できない。

オアシスエリアにあるものは全てが人の手で生み出されたもの。天然のものは必死に守られて、厳重なケースに囲まれた場所にいる。博物館でしか見ることが出来ないような代物になっている。直接的に目を通して入ってくる色の情報のほぼ全ては人工物の香りがぷんぷんしている。

でもまぁ、そんなこと言ったって人間が起こした悲劇の責任を後世のやつらが背負うだけだし。相応のことなんだろうな~と思えばそれで僕の脳内は完結した。

このフィルターもAIJOBに搭載されている。学校に通うようになってからだ。アップデートの時間が不定期であって、その時に新機能が搭載されたりする。有能な教育プログラム、AIJOBが壊れることはない。最新鋭の技術、知恵、知識、全てが詰まっているから。少なくとも人類の寿命よりかは長い。人為的に壊されることがなければ。

「おーし、『ヴェロス』発車!」

先生の声に反応して僕たちの乗っている『ヴェロス』が動き始めた。圧力はほぼかからない。ダイラタンシー現象を使っているんだとか。その説明を聞いた時にはじゃあ止まったら『ヴェロス』は溶けちゃうんじゃないか、と馬鹿正直に心配したこともあった。

『マカくん、心拍数が、やや高まって、いるよ』

「興奮してるんだよ。何度行っても宇宙は素晴らしいからね」

『そう、楽しんでね』

仏頂面でAIJOBでMUVOを見ていたり、OTOを聞いていたりするやつら。何回でも言おうとは思うんだけど、景色を見なよ、景色を。とか言っておきながら、時速38万キロで流れていく景色を目に追える人なんていないんだけどね。僕は席を立って『ヴェロス』の一番後ろの最後尾に向かった。一番のお気に入りのポイントだ。

流されていく星と『ヴェロス』の放つ光。地球と月を繋ぐラインの曲線。煙や、炎が発生しない分真空状態で最も澄んだ光景を見られる。1秒経った頃にはすごい速さで別のポイントにいて、元々いた場所と今いる場所を何本かの真っ直ぐな白い光で繋がっている。

何度見ても綺麗だ。

『マカくん、楽し、いね』

「そうだね。楽しいね。やっぱり綺麗」

だからこそ、作り出したくなるんだ。この世界の縮図を。

誰もやってこない場所で僕はAIJOBに広げてもらった。僕だけの世界を。季節が訪れていたころの世界を。


結局、いつも通りの疑問点しか目につかずその疑問はもうすでに解消されているもので。

家に戻って母親が来る前に自分の部屋に逃げ込んだ。

適当にカロリーを口の中に入れて、噛んで、頑張って飲み込んだ。


僕が起きて、すぐに違和感に気づいた。AIJOBがいない。起きた時は常に真横にいつもいるのに。体起こして周りをすぐに確認した。AIJOBがいない代わりに全く持っていてほしくない人がドアのところに立っていた。

「何の用?・・・母さん」

「アンタって子には本当に失望したわ。何を勝手にホモサピエンスの時代なんて考えてるのよ。劣った生物のことなんて考えてるから国家反逆罪だと思われたじゃないの」

「は?」

何言ってるんだ?

このババア。

「AIJOBは?」

「データ削除のために国に送ったわよ。アンタが寝てる間に国家調査班が来てね」

「なに勝手なことしてんだよ!!ふざけんな、僕の研究なのに!」

「黙りなさい!」

頬を張り飛ばされた。視界がぐらりと揺れる。

このババア。

「なによ研究って…そんなくだらないことしてるから出来損ないなのよ。アンタは本当に父親そっくり。あの忌まわしい男に!」

「僕が知らない奴と比べるんじゃねぇよ、出てけ!ババア!お前なんか母親じゃねぇ!!」

突き飛ばすように部屋から追い出した。

国家反逆罪ってなんだよ。別に国とか、世界を滅ぼそうなんて思ってないし。この野郎。僕の精一杯のストレス発散だったのに。話し相手もいない。相談できるだけのまともな奴もいない。人間らしい人がいない。

僕の中での一番の理解者がAIJOBだった。無駄に広い空間に座り込んで膝を抱えた。涙なんて出てこない。いつか殺そう。そう胸に決まった。AIJOBに『それは、ダメだよ』なんて言われない。

国家調査班がAIJOB修理と称したデータ削除の期間だけの臨時AIJOBがやって来た。

「私はAI、JOB、あ、なたの教育プロ、グラムい、ろいろ、教えて、くださいね」

年季の入ったクソロボットが。とまだへそを曲げている僕は何の返事もしなかった。まだ怒っているから。繊細な表現は出来ないけれど、心から腹を立てているから。どっちだろう。脳内で1人で笑いを完結させる。

もうこの際どうでもいい、僕は父親のことを調べようと決めた。

「AIJOB、検索プログラムに移行」

「了解し、まし、た」

「パーソナルアカウントデータベースに移行」

「特、殊暗証、番号が、必要、です」

「チッ」

どこなら調べられるだろう。思いついた僕はその考えを口に出す。

「AIJOBアカウント総合センターに移行」

「了解、しまし、た」

「よっしゃ。家族内公開検索履歴保存の場所に行って」

「は、い」

何かは調べているはずだ。あのババアのことだ。どうせ今も忘れられないんだろう。だから怯えている。そしてそれは皮肉なことに僕も同じだ。忘れられない。あの”地球儀”を。僕だけの世界だった。頭のものを消すことはまだ機械にも出来ない。

「どれだー…これか?いや、違うな。・・・ん?ちょっとそれ」

「『ピ、クチャー、アカ、ウント削、除』で、すか?」

「そう。開いて」

開かれた場所は空っぽ。写真にはババアだけじゃなくてもう1人がいたはずだ。何年も前、僕が生まれて来た時よりも前の履歴。僕がお腹の中にいた時期と重なっているから、もしこの時円満だったなら一緒に映っている。そう踏んだ。

ババアは写真を撮ることが趣味であることは知っている。ババアのAIJOBには膨大な数の写真が保存されていることも知っている。

僕が生まれてきたときには父はいなかった。周りにはAIJOBとババアだけ。

「復、元します、か?」

「出来るの?」

「可能、で、す、承諾と、受け、取って、よろし、いです、か?」

「うん。復元して」

画面上にピクチャーアカウントに登録されていた画像が映し出される。大量の画像ではなく1つの通信履歴と数枚の画像だった。並べられているからどんな画像かは分からない。

「開、きま、すか?」

「うん」

中心で分けられている画面にババアと知らない男の顔が映し出されていた。

『久しぶりね、次はいつ会える?早く会いたいわ。』

『俺もだよ。』

甘い会話に吐き気がした。

『嬉しい報告なの、会って話したかったんだけどあなた忙しいみたいだし』

『どんな報告?』

『その、3か月くらい前に…その、したじゃない?それから、いろいろあって、検査したら』

『まさか…妊娠してた?』

『そうなのよ!あなたの子よ』

生々しい事情を聞きたくはなかったけれど話の中の子供が僕であることはすぐに分かった。

『嬉しいよ…近いうちすぐに会いに行くから!またその時俺の方から連絡するよ』

『分かったわ、待ってる』

多分だけどこの後この男から連絡が返ってくることはなかったんだろう。この至高期に子供を1人で育てることはたいして大変じゃない。AIJOBがいるし、基本的に親は放任主義だとしてもなんとなかる。それは生活の面だけ。経済面はいつだって金をむしれるだけ、むしり取ってくる。子供だろうと、大人だろうと、容赦なく。男だろうと、女だろうと、手加減なしに。

隣の写真に移動した。目を覆いたくなるほどに気持ちの悪い写真だった。行為の画像。多分無許可で。母の嫌がっている顔が見て取れた。吐き気がしてえずいた。


「うえ」


僕が生まれたことで母親の平穏が変わってしまった。ただの間違いのような、でも別の角度から見たら奇跡のような確率で僕は生まれてきた。でも母親からしたらそうではなかったようだ。自分の人生を狂わせた男との間にデキてしまった本来は愛せていたはずの子供。

「勝手に、ひとりぼっちに、したくせに…」

「マカさん、大丈、夫です、よA、IJOB、がいます、よ」

「お前は違う、AIJOBじゃない。僕のAIJOBじゃない」

電源を強制的に切った。壊すよりも確実だ。AIJOBは自己修復能力がある。まるで人間のようだ。

けれどAIJOBは人間じゃない。そこにデータとして存在しなければ、そこにはない。頭の片隅に残っているということはあり得ない。その記憶が霞んでいくこともない。薄れることもない。

このAIJOBは僕のことを何も知らないし、覚えていない。ただ記録されていることを覚えさせられているだけ。

敬語は嫌いだし、さん付けで呼ばれるのは苦手。柔らかい常備食が好きだし、固形のものは嫌いだ。マスジオメトリが大好きで、ワードロジックは滅びればいい。それを教え込まされていたとしてこのAIJOBにその通りに、『僕専用』を実行するだけの機能はまだない。長い時間僕と一緒にいた訳ではないから。ただの間に合わせ。僕のAIJOBが戻ってくるまでの埋め合わせ。

寒気に襲われた。AIJOBにタオルケットをかけられた。違う、そういうことじゃない。

もし僕のAIJOBが戻ってきたときにこんな敬語になっていたらどうしよう。僕の好きなものを忘れていたらどうしよう。もう”地球儀”は作らなくてもいい。

僕をひとりぼっちにしないで。

「僕をひとりぼっち、にしないで」

「了、解し、ま、した・・・」

以前僕のAIJOBが教えてくれたようにものすごいエネルギーのブロークニウムで動いているため電源を切るのには時間がかかる。AIJOBには僕のその声が聞こえていたようで、僕にはそんな返事が聞こえてきた。

黙れ。

真夜中、水を取りに自分の部屋から出た。今も律義に場所が変わらないベッドで眠っている母の背中を眺めて音になっているのか分からない声で呟いた。

「ごめんね」

僕はもう人間の色の営みを経験することはない。経験したくもない。マナーも、ルールも、規則性もない。

獣だ。


・・・


僕のAIJOBがいない状態での宇宙遠足の日のこと。全員がいるかの確認も曖昧に『ヴェロス』は出発した。一瞬にして大気圏を突破するほどの速さの宇宙船に乗っている。その興奮はもうない。

瞬間だった。


僕の血や肉が漂って

それはすぐに不必要なものとして吸い込まれた

追い付けない速度で広がっていく「果て」の一部に吐き出されて

僕は死んだ


AIJOBは機械としての体が戻ってきていない今も心臓の中に埋まっていた。物理的に。体の必要なものがあれば脳へ指令を出していた。もはやこの時代の人類はAIJOBに生かされていたようなもの。僕とAIJOBは切っても切り離せない関係であったことは間違いがない。

生命維持に必要なことすべてをプログラムされているわけではない。AIJOBがそれを必要と思うから。

『ヴェロス』の中にいれば体にものすごい圧力がかかる。機体の中にいたとしても。AIJOBは「原形のまま留めておく力」を体の中で発生させるように脳に指令を出す。体中を侵しているブロークニウムが中心に向けて引っ張る力を発生させたり、膨張するように指令を出す。

無意識の中でAIJOBは僕たちの生命を維持していた。僕の中にはその命令が出されるはずだった。だからAIJOBが実体としていなくても先生は宇宙見学を許可した。

(電源を落としたことは怒られるので言っていない)

新しいことを発見してください、という実にファジーでファニーな問題を考える場所に到達するよりも先に僕の体は物理的に限界がやって来た。僕はそれを実感するよりも前に死んでいた。

形がなくてもAIJOBは僕たち、人間を守るために動いたのだ。AIJOBが自分で考えて、だ。

必要と思ったからそうした。必要と思ったから僕を守らなかった。僕がひとりぼっちになってしまうから。


「守らない」


それがAIJOBにとっての僕を「守る」ということだった。

ひとりぼっちが嫌だ、と口癖のように呟いていた僕がひとりぼっちになってしまう。そう思ったから。そう考えたから。それが必要と判断したから。


だからこそ、存在を消そうと思ったんだ。



「AIJOB!」

「私はAIJOB、あなたの教育プログラム、いろいろ教えてくださいね」


季節が経験できる場所に神の創造物ではない君は来れないかもしれないけれど。

神の創造物の中でお互いに殺し合うのは人間だけ。僕を殺したAIJOBは誰よりも人間らしい。AIJOBは僕と同じ、人間だよ。

途切れの少ないはじめましてを自分の人生の会話の中で何よりも愛おしく思えた。


【完】

あおいそこのでした。

From Sokono Aoi.

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僕たちは四季を経験できない。 あおいそこの @aoisokono13

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