第2話 パンと鳥とガトリング

 ぜいぜい、と荒い息を吐く。

 森の中を走り続けて、私の体力は限界を迎えたのだった。

「ごめん。無理させちゃったわね」

 私の背中をさするヘンゼル。優しい。さっきまで銃器で暴れ回っていたとは思えない。

「これ、持つわ」

 ヘンゼルは、私が抱えていた、お菓子の風呂敷包みを背負った。金髪碧眼の少女が泥棒みたいな風呂敷を背負っている姿は、かなりシュールだった。あと、風呂敷を見ていると、自分が強盗の片棒を担いだ事実を再認識してしまう。

 ヘンゼルは私の手を握って、歩き出す。

 銃刀法違反、器物損害、強盗、傷害……この少女はとんでもない悪事をやらかしている。なのに、ヘンゼルの側にいると安心して、この子がいるならきっと全部大丈夫だと、なぜかそう思うのだった。

「あの」

 手を繋いで歩くヘンゼルに、私は話しかける。

「どこに、向かってるの?」

「私たちにとって大事なところ」

 ヘンゼルは、よくわからない返事をする。

「着けばわかるわ。それまではアレに沿って歩けば大丈夫」

 ヘンゼルは、前を指差した。見ると、道に小さな白い物が落ちている。

 白い何かを拾ってみる。つぶつぶと小さな穴が無数に空いた、柔らかい塊。これはもしかして、ちぎったパン?

 前を見ると、パンの欠片は、間隔を開けて点々と落ちていた。これを目印にして歩け、と言わんばかりに。

 母親に森の奥に置き去りにさた兄妹が、ポケットの中のパンを落として家への目印にする。童話にあった場面だ。だけど、それは上手くいかなかったはず――。

 その時。

 私の目の前を何かが通っていった。小さな衝撃を手に感じる。

 それは、空中で旋回した後、私の前に降りてきた。バタバタと白い羽をはためかせて、地面に足をつける。降りてきたのは、私の手のひらほどの、小さな鳥だった。

 白い鳥は、パンを咥えていた。私の手から奪ったものだろう。可愛らしく見えるけど、持っていた物を盗られたと思うと憎たらしい。

 あれ。手に力を感じる。

 私の手を握っていたヘンゼルが、力を込めたらしい。ヘンゼルは顔をこわばらせていた。

「……来たのね。クソ野郎共」

 小声で憎々しげに呟くヘンゼル。

 その時。

 アハハ、アハハ。

 いきなり、人の笑い声が響いた。驚いて、私は周りを見回す。

 私たち以外、辺りには誰もいない。どこから、誰の声が聞こえているんだろう。

 アハハ、アハハ。

 また、笑い声が聞こえた。私の正面から聞こえてくる気がするけど、いるのは鳥だけ――。

 って、まさか。

 アハハ、アハハ。

 よく目を凝らすと、鳥が小さく喉を震わせている。人の笑い声に聞こえるこの音は、鳥の鳴き声なのだろう。

 体が小さいくせに、やたら鳴き声が大きいし、何度聞いても人の笑い声にしか聞こえない。不気味な鳥だな、と思ったその時。

 アハハハハハ! アハハハハハ! アハハハハハ! アハハハハハ!

 さっきとは比べ物にならない音量で、鳴き声が響きわたる。前からだけじゃなく、空から降ってくるみたいだ。

 上を向いて、私はギョッとした。

 頭上の木に、大量の白い鳥がとまっていた。鳥たちはくちばしを開けて、一斉に鳴き声をあげる。

 アハハハハハ! アハハハハハ! アハハハハハ! アハハハハハ!

 鼓膜が痛くなる様な鳴き声が、頭に響く。大勢の人の笑い声に聞こえて、気分が悪い。まるで、私が人に笑われている様な――。

 笑い声。私を嘲笑う声。みんなが私を嘲笑う声。

 頭に鈍い痛みが走る。思わず、私はうずくまる。頭の中で、切れ切れの映像が再生される。


 ――ちゃんって服ダサいよね。ランドセルに入った虫の死骸。親があんなだから、買ってもらえないんでしょ。雑巾の入った給食の味噌汁。転んだって言ってたけど、あのたんこぶってさー。切り刻まれたノート。あはは、かわいそー。池に捨てられた上履き。は、なんか文句あんの? せんせー、――ちゃんが言いがかりつけてきまーす。


 これは、何? 映像が流れる度に、頭の痛みは強くなっていく。

 鳥の鳴き声はまだ続いている。さっきよりも大きい鳥が、何羽か私の前に降りてきて、不愉快な鳴き声を聞かせる。


 ――あの子、顔どうしたの? アハハハハハ! あの家、小学校の頃から有名で。アハハハハハ! よく学校来られるね。アハハハハハ! ちょっと、汚い顔見せないで欲しいんですけどー。アハハハハハ! あんたの人生終わってんね、さっさと止めたら? アハハハハハ! アハハハハハ!


 頭の中からも外からも、笑い声が聞こえる。どこに行っても、みんなが私を笑っている。耳が痛い。鼓膜が弾けそう。

 その時。

「っせんだよ、害鳥が!」

 私の目の前にいた鳥が吹き飛ばされる。

 細くて白い足が宙に舞う。ヘンゼルが、鳥を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 ヘンゼルは、私の方を振り向くと、うずくまる私の両手を取って、私の耳に添えた。

「グレーテル。しばらく耳を塞いでいて。私の声だけを聞いて。わかった?」

 雑音が響く中、ヘンゼルの声ははっきりと私の耳に届いた。ヘンゼルの手の温もりを耳に感じる。頭の痛みが少し和らいだ。

 私は、なんとか頷いた。顔を近づけたヘンゼルが、少しだけ笑う。

 そして、ヘンゼルは立ち上がると、頭上の鳥たちを睨んだ。風呂敷包みを地面に落とす。手には、いつの間にかガトリング銃が握られていた。

「いい加減……黙りなさい、鳥畜生共!」

 罵るように叫ぶと、ヘンゼルはガトリング銃の引き金を引いた。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 けたたましい音が、辺りを包み込む。恐ろしい音のはずなのに、鳥の鳴き声よりも安心する音だった。

 ヘンゼルは、ガトリング銃を振り回し、弾丸をばら撒いていく。鳥たちは鳴くのを止め、飛んだり跳ねたり、ほうほうの体で逃げていく。

 鳥が一羽もいなくなった頃、砲身の回転は止まった。

「グレーテル、大丈夫?」

 うずくまった私を、ヘンゼルが覗き込む。

 大丈夫、と言って立ちあがろうとしたけど、腰を上げた所で立ちくらみがして、またうずくまってしまう。

「顔色が良くないわ……そうだ!」

 ヘンゼルは、しゃがみ込んで何かを拾い始めた。かと思うと、私の元まで走ってくる。いつの間にかガトリング銃は影もなく、ヘンゼルは両手で何かを握り込んでいた。

「グレーテル、口を開けて」

 口? よくわからないけど、言われた通りに口を開ける。

 その途端。

 ヘンゼルは、私の口に何かを突っ込んだ。

「むぐっ!?」

 いきなり口に異物を入れられ、私は目を白黒させた。

 口の中に柔らかさと、しっとりした甘みを感じる。恐る恐る噛んでみると、食感はもちもちしている。これは一体――?

 その時。

 頭の中で、泡が弾けた。


「ねぇ、あなたもその絵本好きなの?」

「私も大好き! おかしの家がかわいいから!」

「こんなに大きなおかし、ぜったい美味しいよね。大人になったらぜったい食べるの! そうだ、ゆびきりしましょう。いつか二人で、おかしの家を食べるって!」


 頭の中に声が響く。さっきとは違って、この声は聞いていると心が落ち着いて、不思議と心地よかった。

 私は、口の中のものを飲み込んだ。今の声はなんだろう。

 と、唇にむにむにした感覚が。気がつくと、ヘンゼルが手に持った何かをまた私の口にねじ込もうとしていた。

「ちょ……!」

 抵抗しようとするけど、口の隙間に押し込まれる。

 もごもご言いながら、また食べさせられる私。一度に、二つも口の中に入れられた。

 柔らかい何かを少し噛むと、また頭に声が流れ出す。


「ねえ! わたし見つけたの! 『おかしの家セット』っていうのが、売ってるとこ! 学校おわったらいきましょう! なに、えんりょしてるの? いいからいこうよー、ほら!」

「けっこう高い……おかね、足りないや。おこづかい、持ってる? そっか……」

「わたし、決めた! もっとお金ためて、もっと大きいおかしの家を作る! 今日は10円チョコでかんべんしてやろう……ほら、いっしょに食べよ!」


「ねー、今日ウチで映画見ない? なんか名作だから!ってDVD押し付けられてさー、つまんないのだったら一人で見たくないじゃん? 付き合ってよー、ねーねー」

「……あんなクソ野郎共のご機嫌なんか気にするか。私は気にしないから、――も気にするな! ……全く、何年の付き合いだと思ってんのよ」

「来たねー。じゃあ、上映会と行きましょう!」

「おぉ……ガトリング……へぇ……」

「いやー、結構面白かったね! えー? ガトリング銃でー、パトカーぶっ壊しまくってー、主人公を守る所とか良くなかった? 続編が何本もあるんだ……ねー、見てみない?」


 頭の中を流れる声は、楽しそうだった。なぜか聞いていると心が安らいだ。

「グレーテル、大丈夫?」

 白い何かを手で掴みながら、ヘンゼルは私を見つめている。

 柔らかくて、仄かに甘くて、もちもちした食べ物。ようやく私が食べさせられていたものが何かわかった。

「……地面に落ちてたものを、口に入れないで」

 初めて、私はヘンゼルに意見した。ゆっくりと立ち上がる。

「そんなパン食べて、私がお腹壊したら責任とってよ」

 立ち上がった私を見て、ヘンゼルは、ほっと息を吐いた。そして、悪戯っぽく笑う。

「ほら、3秒ルールってやつよ」

「3秒どころじゃないよね!? 私たちが来る前から落ちてたんだから、何時間経ってるかもわかんないでしょ!?」

「じゃあ、3時間ルールでもいいわ。大体、土がついてようが、虫がついてようが、そうそう食べて死なないわよ」

「テキトーすぎる!」

 頬を膨らませて、私はヘンゼルを睨んだ。ヘンゼルは、ケラケラ笑っている。

 その声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。

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