ガトリングは砂糖菓子を打ち砕く

@udon163

第1話 お菓子の家とガトリング

 私は暗い森の中を歩いていた。

 素足に、冷たい土の感触が纏わりつく。

 ただ、私の右手だけが、ほんのり温かい。

 振り向くと、少女が私の手を握っていた。

 肌は白く、肩口まで伸びた金髪は、暗闇でも目が覚める様な光を放っている。西洋人形、という言葉が頭に浮かんだ。質素な服が、余計に彼女の美貌を際立たせている。

 ふと、少女が立ち止まった。

「着いたよ」

 少女が細い指で前を指す。

 暗闇の中、木々の切れ間から姿を現したのは、チョコレートで作られた煙突に、クッキーの屋根、パンの壁、砂糖菓子の窓、そう、お菓子で出来た家だった。

「わぁ……!」

 私の口からため息が漏れる。

 お菓子の家から漂う甘い香り、壁を彩る可愛らしいお菓子、柔らかそうなパン、つやつやとした砂糖菓子。全てが私を惹きつけた。

 入ってみたいな。食べてみたいな。

 子供じみた期待で胸がいっぱいになる。

 喜ぶ私に、少女は優しく笑いかける。

「楽しみね。でもちょっと待って」

 そう言って少女は、私の手を離してお菓子の家の方を向くと――


 ――いつの間にか手にしていたガトリング銃を構えた。


「………………ん?」

 目の前の光景が、頭の中で処理できない。

 メルヘンチックなお菓子の家、お人形の様な少女、そして何本もの鉄筒が組み合わさった無骨な鉄の塊。待って、その物騒なブツ、一体どっから出し「発射ファイア!!!」え、今の掛け声はな

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 少女の楽しげな声を皮切りに、凄まじい音が響き渡る。

 少女は、何の躊躇いもなく、ガトリング銃の引き金を引いたのだった。

 砲身が回転する。銃身の先から火花が飛び散る。弾倉を飲み込んだ鉄の筒が、目にも止まらぬ勢いで弾丸を射出し、滝のように薬莢を吐き出す。お菓子の家が砕かれ、砂糖とクリームの破片が舞い散る。

 突然の破壊行為に、思わず私は止めに入ろうとする。

 え、あの、ガガガちょっと、すみませんガガガちょっとガガガ、ガガガちょっとガガガ待ってガガガ、うるせぇ!!!

 しかし、私の呼びかけは銃声で遮られて、少女に届いていないようだった。しばらくの間、少女は弾丸と轟音を撒き散らし続けた。お菓子の家が完全に倒壊した頃、ようやくガトリング銃は動きを止めた。

「ふう……こんなものかしらね。さぁ、早く済ませちゃいましょう」

 少女は私の方を向いた。南国の海のように深い碧をたたえた瞳は、幻想的と感じた。けれど、全体としてなぜか俗っぽい雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。

「あの、何をするんですか……?」

 ようやく私は、少女に話しかけた。

「何って……お菓子集めに決まってるじゃない、グレーテル」

 少女は、きょとんとした顔で言う。

 お菓子集め、そうかお菓子集め……いや、待ったグレーテル!?

「グレーテル!?」

「グレーテル」

「私が!?」

「グレーテル」

 私がGretel……(巻き舌)? とてつもない違和感。私は、そんな横文字チックな名前ではなかったはずだが……。

「おかしなグレーテル。ほら、さっさと終わらせるわよ」

 目を白黒させる私を放っておいて、少女は破片になったクッキーやパンを拾い始めた。気がつくと、ガトリング銃はどこにもなく、少女は両手いっぱいにお菓子を拾っていた。

 あくまで、私をグレーテルと呼ぶ少女。ふと、とある名前が頭に思い浮び、私はそれを口にした。

「……あの、ヘン、ゼル……?」

「なぁに?」

 クッキーの欠片を鷲掴みにしながら答える少女。ということは、この少女の名前はヘンゼル、らしい。お菓子の家、ヘンゼルとグレーテル、確かに童話の登場人物としては、辻褄が合っている。ここは、絵本の世界か何か? でも、ヘンゼルは男の子のはずだし、ガトリング銃なんて出てこないし……。

 考え込む私を、少女――ヘンゼルが覗き込む。

「どうしたの、グレーテル? 何かあった?」

「あ、いや」

 あなたがガトリング銃を乱射したので困惑してます、とは言い辛い。

「えっと、そのお菓子、集めてどうするのかなって。食べるの?」

「食べないわよ? こんなに強度のあるお菓子を食べるなんてもったいないわ。建材に使ってもいいし、高く売れるわよ」

 斜め上の回答が返ってきた。なんか……なんか微妙に現実的で嫌だな……。

 あれ、そういえば、童話の二人は、お菓子を食べた後、お菓子の家の主に捕まって、ひどい目に遭うはずじゃ――。

 と、その時。

「コラァ! なんてことをするんだい!」

 突然、ダミ声が響き渡った。声がした方を向くと、お菓子の家(残骸)の下から、立ち上がる人物がいた。

「このクソガキ共! イタズラじゃ済まされないよ!」

 叫んでいるのは、黒いフードとマントを被った年配の女性。服の隙間から見える手と顔には皺が寄っている。

「またお前たちか! 問題ばかり起こしやがって!」

 うわぁ、当たり前だけどめっちゃ怒ってる。この人が、お菓子の家に住む魔女、なのだろうか。

 と、お菓子を抱えたヘンゼルが、舌打ちをした。そして、私の方に向かってお菓子を放り投げる。

「グレーテル! そのお菓子、包んどいて!」

「え!?」

 いきなりお菓子の塊を投げつけられてあたふたする私。大体、包むって何に、と思っていたら、いつの間にか私の手には大きめの布が握られていた。これは、風呂敷?

「お菓子持って逃げられる様にしといて! 頼んだわよ!」

 ヘンゼルの手には、再びガトリング銃が握られていた。相変わらず、どこから取り出したのかはわからない。ヘンゼルは、魔女の方にガトリング銃を向けると、躊躇なく引き金を引いた。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ

 けたたましい音が、辺り一帯を包む。

 ヘンゼルが、人に向かって銃を撃ったことに私は衝撃を受けていた。家を破壊できるほどの弾丸を喰らえば、人間なんてひとたまりもないだろう。ここは絵本じゃなくて、スプラッター映画の世界だったのか――。

「痛いじゃないか、クソガキ!」

 威勢のいいダミ声が聞こえてきた。無数の弾丸に撃たれながら、魔女は人の形を留めていた。痛がってるみたいだけど、声を上げる余裕すらあるらしい。

 魔女が肉塊になっていないことに、私はほっとした。随分元気そうなので罪悪感が薄まる。

 言われた様に、風呂敷でお菓子を包む。風呂敷を広げると、緑の生地に白い渦巻きのような模様があしらわれていた。頭巾を被った昭和の泥棒が背負っていそうな風呂敷だった。

 お菓子の家に、ガトリング銃に、昭和の泥棒……もう、私は疑問を持つことを諦めた。

 私が無心でお菓子を包んでいる一方、ヘンゼルと魔女は銃声に負けない声量で言い争っていた。

「お前たちは! どうしてそうなんだい! 大人しい他の子たちを見習え!」

「アイツらが大人しい!? は、目が腐ってるんじゃないの? 私たちが悪いって決めつけてるのは、あんたたちでしょうが!」

「やかましいガキが! 面倒を起こすんじゃないよ!」

「それが本音でしょうが! 子供のことなんてこれっぽちも考えてなくて、自分のことばかり! そのくせ教育者面しやがって、鬱陶しいのよクソババア!」

 二人は激昂した様子で、相手に暴言を投げかけている。

 他の子って誰のことかわからないし、教育者ってなんのことだろう。この魔女は先生か何かなのだろうか。

 先生。

 その言葉が頭に浮かんだ途端、鈍い痛みが頭を走った。同時に、頭の中に切れ切れの映像が流れる。

 誰かが呼ぶ声、廊下、年配の女性、怒鳴り声、頭の上、悪いのはあなたでしょう、みんなに謝りなさい。

 断片的な映像で、意味がわからない。けれど、なぜか心が冷え切っていく感覚がした。

「……ーテル! グレーテル!」

 ヘンゼルの声で我にかえる。いつの間にか、私は頭を押さえてうずくまっていた。

「ちょっと大丈夫!? 準備はできた!?」

 大声で乱暴なヘンゼルの声だけど、なぜか聞いていると安心して、冷えた心と体が動き出す。

「あ、えっと、大丈夫!」

 鳴り響く銃声に負けない様に、精一杯声を張り上げる。

 ヘンゼルは私の声を聞いて、にっこり笑った。

「了解! じゃあ、いくわよ!」

 そう言って、ヘンゼルは片手をポケットの中に突っ込んだかと思うと、何かを取り出して魔女に向かって放り投げた。

 ヘンゼルが投げたのは、丸い小麦色の生地にチョコレートが散らされたクッキーだった。お菓子の家の一部だろうか。投げられたクッキーは、魔女の足元に転がり、

 ドカーン!!!

 と、爆音と煙を上げた。

 衝撃に固まる私。爆発した!? まさか、あのクッキーって爆弾……!? 

 と、私の手をヘンゼルが掴んで引っ張る。

「さぁ、今のうちに走るわよ!」

 私たちは、手を握り合ったまま、走り出した。

 暗い森の中へ、私たちは進んでいく。振り返ると、立ち昇る黒い煙が見えた。

「お前たち、ロクな大人にならないよ!」

 煙の向こうから、罵声が聞こえる。

 また頭の中で何かがチクチクと痛む様な気がしたけど、木々の間を通り抜けていくうちに、痛みは過ぎ去ってしまった。

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