第6話 魔術師は子ども好き
「よし、このあたりでいいか」
「え? あの、まだ十分も歩いてないですよ?」
村を離れ、拓けた場所へ。
俺は周囲を見回し、木などの燃えやすいものがないことを確認する。
「移動するのにわざわざ歩いてられるか。俺の魔術で王都まで飛ぶ。ただちょっと荒っぽいから、安全なところに行きたかったんだよ」
「あの村の方々を気遣ってのことですか。偉いです、ヴァイス様」
「……っ、ち、違う。何かあったら、あんたがギャーギャー騒ぐのがわかってるからだ。そういうの、鬱陶しいんだよ」
「はいはい。そういうことにしておきましょう」
勝手に勘違いをして、得意げに笑うスピカ。
その顔もやっぱり可愛くて……同時に、腹が立つ。少し意地悪をしてやろう。
「ちゃんと俺に掴まってろよ。あと、口閉じとかないと舌噛むぞ」
「あの、えっと、何を――ひにゃぁああああああ!!」
足元で炎を爆発させ、その威力で空へ。
瞬きの間もなく遥か上空へと弾き飛ばされ、スピカは力の限り叫ぶ。ははっ、いい気味だな。
「じゃ、この調子で二時間は飛ぶから」
「い、いやいや!! もう少し速度を落として――にゃぁああああああ!!」
ふわふわと遊覧飛行するような、非効率な魔術など知らない。
俺は最高速で、最短距離で、王都を目指した。
◆
「はぁー……はぁー……! し、死ぬかと思いました……!」
「大袈裟なやつだな」
昼前には王都の近くに到着。
スピカは顔を真っ青にして、地面にへたり込んでいた。
「大体あんた、天界の住人なんだろ。高いところは得意じゃないのか?」
「上から眺めるのと、あんな風にビュンビュン飛ぶのじゃ全然違いますよ!!」
そう言って俺を見上げる顔は、今にも泣き出しそうで……。
あぁーくそ、何だってこうも胸が締め付けられるんだ。
次はもうちょっと、飛び方を考えるか。
「……ん? お、おぉー……!」
気分が落ち着いたのかスピカは顔を上げ、王都を囲う高い壁を見て声を漏らした。
「こんな壁で感動してたら、城を見たらもっと驚くぞ。この国の王城は、世界で一番美しいって有名だからな」
「本当ですか!? 行きましょう! ほら、早く早くっ!」
「お、おい、引っ張るなよ」
すっかり元気を取り戻したスピカは、鼻息を荒げながら俺を手を引く。
王都と外を繋ぐ門。
そこには長い列ができており、門番たちは忙しなく入場希望者の身元などをチェックしてゆく。
「あの、ヴァイス様? ちゃんと列に並ばないと……」
「いいんだよ」
列を素通りして、門へと向かう。
門番の一人が、「おいっ!」と怒声をあげて腰の剣に手を伸ばした。
その切先が俺に向きかけた瞬間、別の門番がそいつを思い切り殴り飛ばす。
「な、何するんだよっ!?」
「バカかお前は!? よく見ろ、殺されるぞ!!」
「あぁ? ……あっ、つ、角の男……!」
剣を放り捨てて、気づかなかっただの許して欲しいだのと喚きながらひれ伏すその門番を一瞥し、俺たちは門をくぐった。別に殺さねえよ、こんなことで。
「何ですか、あれ。彼らに一体なにを?」
「魔術協会が発行する手形があれば、大抵の国や街には自由に出入りできるんだが……随分と前にこの王都に来た時、化け物は入れないだの何だの言われて門前払いされてな。だから、そこの壁を吹っ飛ばして入った。以降、俺を見たらさっさと通せって言われてるらしい」
門番サイドにも非があると思ったのか、それとも俺に呆れているのか。
スピカは口を半開きにして、「あぁー……」と苦笑いする。
「それより、ほら、街に着いたぞ。買い物でも何でもしろよ、金はやるから」
「えっ? あ、そうですね! えーっと、じゃあ……」
キラキラとした目で周囲を見回すスピカ。
初めての街にはしゃぐ彼女はあまりに可愛らしく、連れて来て良かったなと、否応なく思ってしまう。
「……ん?」
と、不意の彼女の表情に陰が差した。
「待ってください。ヴァイス様のお金って、どういう手段で稼いだものですか?」
俺が魔術協会から黒い仕事を任せられていたという、アーサーの言葉を思い出したのだろう。その目は優しくも厳しく、俺は顔を逸らしながら舌打ちする。
「……んなもん、どうだっていいだろ。金は金なんだから」
「ヴァイス様に悪いことをするなと注意しておきながら、悪いことをして稼いだお金を使うなんてできないですよ! ご安心を、自分が使う分は自分で稼ぐのでっ!」
「何か直して小遣い稼ぎしようってか? そんなことしてまた罰せられても、俺は知らないからな」
タタッと走り出したスピカ。
何をするのかと思えば、放置された廃材やレンガなどを集め始めた。そして広場の中心に置き、満足そうに頷く。……あんなの並べて、売ろうって算段か?
「皆様ー! どうぞご覧くださーい!」
元気いっぱいはつらつな声が、王都の広場に響いた。
優れた容姿に、際どい服装。まず、男たちの目がいく。次いで子どもが集まり、母親が追随する。
「何を始める気だ……?」
遠目に見ていた俺に、彼女が視線を送って来た。
心配無用とばかりに小さく笑い、レンガを一つ宙へ放る。
「はいぃいいいい!!」
「「「お、おぉ!! すげー!!」」」
……な、なるほど。
スピカは現在、破壊と殺戮の神。
であれば、放り投げたレンガを拳一つで粉々に粉砕したところで、その神としての在り方に何ら矛盾はない。天界も彼女を罰することはできない。
「もういっちょ!! どりゃぁ!!」
「「「おおぉー!!」」」
今度は木の板を放り、デコピンで塵に変えた。
美女によるビックリ仰天ショーに人々は熱狂し、前に置かれた木箱に小銭を投げ込む。
俺が喉から手が出るほど求めた邪神の力が、あんな風に使わてるなんて……。
何だか虚しくて、バカバカしくて、見ていられない。
「ほら、ヴァイス様もご一緒に!」
「……は?」
「どうぞこちらへ! 見せつけてやってください!」
せっかく邪魔にならないよう隅にいたのに、余計な発言のせいで観衆の視線が一気に俺へ向いた。途端に広場の空気は凍り、怖いだの何だのと垂れつつ解散する。
「……あんた、まだわかってないのか。この角見ろよ。人間と魔族の混血が、受け入れられるわけないだろ」
「ですが、あの村の方々は、ヴァイス様のことを好きになったと思いますよ」
「いや、あれは……」
「ヴァイス様が素敵な方だということは、少し接すればすぐに理解していだけると思います。私はずっとそばにいますので、諦めずに頑張りましょう……!」
俺の気も知らず、
ふざけるなと一蹴してやりたいのに……どうしたって、それができない。
可愛くて、温かくて、奥歯を噛み締めていないと素直に頷いてしまいそうになる。
「ひとまずヴァイス様も、真面目に働くことから始めませんか?」
「真面目って、具体に何をするんだよ」
「あそこの掲示板に、良さそうなお仕事が貼ってあります! ほら、あれです!」
「あぁ?」
スピカの指差す方向へ視線をやった。
えーっと、なになに……。
明日の王立魔術学校初等部の遠足……欠員が出たため護衛を一名、再募集……。
………………は?
え、遠足の護衛……?
「ふざけんな! 村でもガキの世話、こっちでもガキの世話って、あんたは俺を孤児院のシスターかメイドにでもしたいのか!?」
「いいじゃないですか、子ども。可愛いですし」
「だったらあんたがやれよ! 俺はごめんだ、絶対にやらない!」
「楽しいと思いますよ? それにヴァイス様、子どもお好きでしょう?」
「好きなわけねえだろ!?」
いつの間にか、俺の手を握っていたスピカ。
それを振り払って腕を組み、頑として言い放つ。
すると彼女は、お返しとばかりにジトッとした目で俺を見つめる。
「そんな目で見たってダメだ! 報酬だって、何だよこれ! 普段俺が一回の仕事で、どれだけ稼いでんのかわかってんのか!?」
「じぃー……」
「い、いやだから、やらないって! そんなのやるくらいなら、あんたを置いてこの国から出てってやる!」
「じぃー……」
「だから、その……そんな目で、見たって……!!」
「じぃー……」
「…………ぐっ、うぅう……っ」
視線の重みに耐え切れず、俺は情けなくその場に膝をついた。
「…………応募は、する。落ちたら諦めろよ」
「おぉ! 偉いですよ、ヴァイス様!」
なでなで。
俺の頭をまさぐる、小さな手。
あぁ……ははっ、やったぞ。
スピカに褒められた……――じゃなくて!!
勢いよく立ち上がって、膝のほこりを払う。
流れで応募するとか言ったが、まあ、普通に考えて落ちるだろうな。
俺を化け物扱いしている連中が、子どもの護衛を任せるなんてあり得ない。
とりあえず書類だけ出して、飯でも食いに行くか。
◆
「……は、はい、皆さん。今日の遠足の護衛をしてくださる方を紹介します……」
生徒たちを前に脂汗を垂らしつつ、それでもどうにか平静を取り繕う女教師。
彼女はこちらを一瞥し、にこぉーと下手くそな作り笑顔を浮かべる。
「……魔術師の、ヴァイスさんですっ」
どうしてこうなった。
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