世界を滅ぼすために召喚した邪神が可愛すぎて気づいたら嫁にしてた

枩葉松@書籍発売中

第1話 邪神が可愛すぎた

 邪神が眠る遺跡。

 その最深部に、俺――ヴァイスは立っていた。


 右手には一冊の古びた本。

 それは魔術協会が厳重に保管していた、邪神召喚のカギとなる魔導書。


「やめろヴァイス! そんなことをして、一体何になるんだ!?」


 後ろでけたたましく吼える、銀髪の男。

 俺は振り返りざまに、フッと小さくため息を落とす。


「わざわざついて来たのか、アーサー。相変わらず元気だな」


 世界中の魔術師の管理と魔術の研究を目的として作られた組織――魔術協会。

 そこで働くアーサーは、俺とは旧知の間柄だった。


 だからこそ、協会から魔導書を簒奪した俺をここまで追ってきたのだろう。


「お前だってわかってるだろ。俺が魔術師になったのは復讐のため……この世の何もかもをぶっ壊して、全てを焼き尽くすためだ。それには今以上の力がいる。邪神を召喚して、そいつを手に入れるんだ――ッ!!」


 俺は人間と魔族の混血。

 二つの種族は何百年も前からいがみ合っており、その二つの血を持つ俺には、当然居場所などどこにもなかった。


 額から僅かに覗く角のせいで人々からは化け物と石を投げられ、魔族たちからは半端者と蔑まれ……。


 誰にも迷惑をかけないように、ただゴミを漁ってひっそりと生きていただけで何度も殺されかけた。

 小さな幸せもささやかな尊厳も何もかも、ことごとくを奪われて踏みにじられ――ただ、憎しみだけが残った。


 だから、俺は誓った。

 ――いつか絶対、世の中の全員に、俺と同じ思いを味合わせてやろうと。


「君がこれまで受けてきた仕打ちは、確かに許しがたいものだ……!! それでも、その復讐に世界中を巻き込む意味があるのか!? そんなことをして、本当に君の気持ちが晴れるのか!?」

「……何だと?」

「僕は友として、君を近くで見てきた!! ヴァイス……君の中にはまだ良心があることを、僕は知っている!!」

「……」

「今ならまだ引き返せる……!! その復讐心を、もっと別の道に活かす方法を一緒に考えよう!! 差別してきた連中を、正しいやり方で見返してやろう!!」


 アーサーの眼差しに、打算や思惑の意思はなかった。


 それを理解した上で、俺は鼻を鳴らす。

 バカバカしくて、寒気がする。


「……本当にいい奴だな、お前は。いい奴過ぎて虫唾が走る。クソ真面目な腐れ優等生め。昔からそういうところが嫌いだったよ」

「なっ……!?」

「お前と友達ゴッコしてたのは、お前が魔術協会に所属しているだから。魔導書こいつを手に入れるために、どうしても内部の情報が必要だった。……ただ、それだけだ」


 気持ちが晴れるかどうかなんてのは、実際に一切合切を滅ぼしてから考えればいい。


 俺にとって世の中の連中は、全員醜いケダモノ。

 ただ憎いだけの糞尿の詰め物。


 一人残らず、許すことができない。


「――……でも」


 ぽつりと、無意識に口が動いた。


「子供の頃にお前と出会ってたら……もしかしたら俺は、ここにいなかったかもな」


 こんなことを言うつもりはなかった。

 だが、気づいた時には唇がそう紡いでいた。


 ……俺の中にも、まだこんな感情があったのか。


 心の奥底に残った、僅かな良心。

 愚かなほどに真面目な友への思いを絞り出し、投げ捨て、決別して。


 そっと、魔導書を開く。

 

「ま、待てヴァイス! やめろぉおおおおおおおお!!」


 魔導書に刻まれた、邪神を召喚するための呪文。

 アーサーの絶叫を無視し、詠唱は完了した。


 瞬間、遺跡全体が揺れ始めた。


 巨大で禍々しい邪神像に亀裂が走り、眩い光が溢れ出る。

 そしてついに像は崩壊し、光の塊だけが残った。


「ようやくだ……ようやく、この時が来た!!」


 腹の底から笑いがこみ上げて来る。

 こんなに面白おかしいのは、生まれて初めてかもしれない。


「待ってろよクソ共!! 生まれてきたことを後悔させてやる!! 俺が味わってきた地獄を見せてやる――ッ!!」


 光の塊は地面に降り立ち、パッと閃光を放った。

 眩い光は程なくしておさまり、ひとの形をした何かが現れる。


「ヴァイス!! やめろ、考え直せ!!」

「……」

「ヴァイスーーーーー!!!!」

「……」

「……ん? ヴァイス?」

「……」

「ど、どうした、いきなり黙って。……もしかして、お腹でも痛いのか?」


 トントンと、俺の肩を叩くアーサー。

 俺はそんなことは気にも留めず、あんぐりと口を開けて固まっていた。

 

 長い黄金の髪。

 宝石のような蒼の双眸。

 上等な布を身に纏い、大きな胸をかろうじて隠す。


 以前目を通した文献には、邪神の容貌は見れば失神するほどに醜悪だと記されていた。


 にも関わらず、これは一体何の冗談だろう。


 本当に俺が召喚したのは邪神なのか。

 そう疑ってしまうほどに眩くて、高貴で、清らかで――。


「は、はぇー……ちょー可愛い……」

「ヴァイス!?」


 俺の心臓は、いまだかつてないほどに高鳴っていた。


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