第71話 下着泥棒の贖罪


「そもそも、その件を一緒にリサに謝りに行くって、その約束を果たすつもりで私は今日来たんですよ……」


「うぅ……」


 私は静かに出されたお茶をすすった。ラピスはずっと涙目で怖がっている。


「魔法陣を逆行すれば、きっと自分も安全じゃないと思うだろうって思って、やり返したんです。侵入できるってことは、侵入し返されるってことなんですから」


「だから教えてなかったのにぃ……」


「弟子は自分でも成長するものなんですよ、先生?」


「うぅ……でも信じて。私、足を洗おうとしたの」


「はい……?」


 するとラピスは、居間の玄関近くに置いてあった布袋を一つ、大事そうに持ってきた。


「これは?」


「い、今まで先輩から盗んだ下着、衣服の数々。あなたが……一緒に謝りに行ってくれるって約束してくれてから、この袋に入れて、出してない……」


「そ、そんなに?」


 その布袋は両手で抱える必要がありそうなほどに膨れていた。


「反省、したの。今日まで……ずっと封印していた」


「それで私の盗んでたら意味ないじゃないですか……」


「わかってるわよぉ……うぅ……」


「まあ、約束は約束ですから……行きましょうか。リサの件は本当に反省しているみたいですし」


「本当? 一緒に謝ってくれる?」


「約束は守ります。ラピスのおかげでシャルロッテを救えたのは事実ですから。でも、その代わり……空間創成の魔法はただで教えてくれますよね、先生?」


「う……ただ働き……わ、わかったわ」


「それともう一つ、お願いが。この辺りでおすすめのお店を教えて欲しいんですけど」


「え、そ、それは奢れと言うことね。別にいいけど……」


「違います。ただ教えてくれればいいです」


「……そう? わ、わかったわ」


 そうして私は、実は少し前から聞こうと思っていたお店の話を少し聞いた。もちろん、普段の私だったら全く興味のないことだが……約束してしまったので、できることはやってあの子を喜ばせてあげたかった。


 それからようやく仕切り直して、私は本題へと戻った。


「それじゃ、早速リサのところに行きましょうか」 


 私が箒を掴んで外に出ようとすると、ラピスが呼び止めた。


「えと、魔法陣があるけど……」


「ラピス……?」


「駄目、よね、さすがに……」


 魔法陣でストーカーしていたことを謝りに行くのに、その魔法陣を使って移動していたのでは本末転倒だ。ラピスも言われる前に気づいてはくれたらしい。


 そうして私たちは箒に乗って、王都のリサの店へと向かった。


 ラピスは大きな布袋を持っていて、たまに風で煽られてバランスを崩していた。お願いだから落としたりしないでとひやひやしながら私はそれを見ていた。落としたら最後……リサの下着が眼下の街にばら撒かれてしまう。そうしたら女性の下着が大量に降ってくるという怪奇現象が何年も言い伝えられてしまうだろう。想像もしたくない。


 リサの店に着くと、私はリサにまずはシャルロッテの救出が成功したことを伝えた。


「リサ、色々とありがとうございました! シャルロッテは無事、救出できましたよ!」


「はぁ? アンタもうやったの? やる前に呼びに来なさいよ! 何かあったらどうするつもりだったの?」


「あ、そ、そうでした。でも幸いなんとかなりましたよ」


「ま……よかったわ。特に怪我とかもしていないようだし」


「ええ。リサもありがとう、測定器も、易燃性の布も、とても役に立ちました」


「まぁ、とっておきを用意したから。失敗なんてするはずないわ」


 リサは頬杖をつきながらつまらなそうにそう言った。


「それと……ラピスのこと、紹介してくれたことも、です!」


 私はそう言って、後ろに隠れていたラピスの肩を押して、リサの方へと軽く押し出した。


「あら、ラピス。顔を合わせるのは久しぶりね。最後に会ったのはいつだったかしら? 二年くらい前? ちょっぴり私のプライベートを邪魔した罰に、性格反転薬を飲ませて可愛がってあげた時が最後よね?」


「ひぅ……せ、せんぱい……」


 ラピスは普段の態度からは信じられない、もじもじした内気な態度になっていた。


「ひどいじゃない、こんなに長い間顔も見せないなんて。私のこと嫌いになっちゃった?」


「そ、そんなわけないです! 先輩! だいすき……」


「あらそう。それはよかったわ」


 特に嬉しくもなさそうにリサが言う。会話が終わってしまったので、私はラピスが謝れるようにうまく誘導する。


「ね、ねえリサ。今日はちょっと、謝りたいことがあってきたんです。リサもこの家にある魔法陣のことは知っていますよね」


「さぁ? 何のことだか……」


 うわぁ。怖い。自分のことじゃないのに、この人やっぱり怖い。だってリサは、一度私に助言した時に、ラピスがストーカーしていることを知っていると言ったし、それをラピスに伝えろと言った。だから全部知っているし、そのことを私を介してラピスに伝えたくせに、こうやってしらを切っている。


「う……ほら、言ったじゃないですか。リサがベッドで私に」


「マリー? 発言には気を付けることね。アンタも私にお仕置きされに来たの?」


「え? なんで私が……」


「……はぁ、ほんと馬鹿。で、ラピス。アンタが言いたいことがあってきたんでしょ。マリーにばっかり喋らせないでよ。引きこもりが酸欠で倒れちゃうでしょ」


「なっ、た、倒れたりしませんよ、この性悪女!」


「マリー? シャルロッテを救えて少し気持ちが大きくなってるのかなぁ。そろそろ口、塞ぐよ?」


「ひぇ……」


 リサは私を睨んで軽く舌なめずりをした。蛇に睨まれたように私の身体は硬直してしまった。


「せ、先輩……私、実は……」


「何? 聞こえないけど」


「わ、わたし! じ、実は……せ、先輩のし、下着……盗んでました……」


「あぁ。その件ね。退屈しなかったわ、次から次へと、流行りのものに乗り換えることができたしね」


「怒ってないん……ですか?」


「もちろん、怒ってるわよ~?」


 リサはにっこにこに笑いながら言った。笑顔が怖い。


「う……先輩ぃ……マリィ~っ……」


 ラピスは涙目で助けを求めるようにこちらを見ている。


 まあ、ラピスが悪いんだけど……ここまで詰められているのを見ると、よくもまあ、リサという恐ろしい女性にそんなことをやる勇気があったなと思わずにはいられない。


「ほら、ラピス……リサは余計な言い訳するともっと怒るんですから。素直に、ね?」


「あら、アンタ意外と私に詳しいわね、マリー。怒られ慣れてるだけはあるわ」


「ぐっ、い、今はラピスの話でしょ」


 一緒に謝りに来た保護者の立場なのにすごく巻き込まれる。そろそろ余計な口を挟むのも限界が近い。


「せ、先輩。ごめんなさい……これで全部です。本当なんです。もう二度としません!」


 ラピスは布袋をリサに差し出しながら、これ以上ないくらい率直に謝った。リサは左上に視線を送って、どうしようかと考えている。


「店番。一年間。私がいない日や出かけたい日ね。拒否権は無し。できるわよね?」


 リサの重い罰を聞いて、ラピスの表情がぱっと明るくなる。


「はい! もちろんです、先輩! いつでも呼んでください!」


「やったぁ! 無償で使い潰せる労働力、確保~!」


 ラピスは勝手に忍び込んでいたくせに、しばらくリサに正面切っては会えていなかったらしい。店番してただ働きしろと言われて喜んでいるのは、普通にリサと会う機会が増えるからだろうか。リサもリサで、自分が楽をできる方法を見つけて嬉しそうだった。


「あの、これはどうしましょう」


 ラピスが差し出した布袋をリサが受け取ろうとしなかったので、ラピスはそう尋ねた。


「もういらないわ。古いやつだし。あ、そうだ。マリーにあげなよ」


「いや、いりませんけど」


 いろんな意味でおかしいでしょ。貰ってどうすればいいっていうのか。


「何でよ。上は小さいかもだけど下は穿けるでしょ。いちいちアンタのためだけに下着や衣服を仕入れるのも面倒なのよ? しばらくはお古を使うことね」


「嫌です! 今まで通り買ってきてください!」


「あ、拗ねた」


「せ、先輩はマリーさんがどんな下着を見につけているか、全部知っているのね……すごい関係だわ」


「そうよ? マリーのことだったら何だって知ってるんだから、私は。下着の色から形まで全部ね」


「ひゃぁ……素敵……」


「……帰る。あとは二人でごゆっくり!」


「あ、逃げた」


「マリー、また、ね」


「はいはい、またね……」


 私はそそくさと魔法店を出て、箒で黒森の小屋へと帰った。もちろん下着は受け取っていない。


 私の身の回りの世話がリサに依存しすぎているとはいえ、とんでもない巻き込まれ事故だった。


 とりあえず、ラピスとの約束は果たしたのだ。しばらくあの二人と同時に会うのは避けよう……

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