第一部 第四章 気になるあの子の知らないこと

第27話 アリシアを知る者


 街に結界を張った次の日、アリシアは大量のお礼の品と共に帰ってきた。


 聞けば、それでも全ては持ち切れず、白森の街に置いてきたのでまた取りに行くという。どうやら街の人には、アリシアがうまく説明して誤解を解いてくれたようだ。


 庭にある結界のことは少しだけ説明したことがあるので、頭のいいアリシアは、私が何をしたのか大体想像がついたのだろう。


 あれから数日がたった今日も、まだ街にはお礼の品が残っているらしく……というか、アリシアが街に行くたびになぜか増えているらしい。ありがたいことだが、そこまでのことはしていないので恐縮してしまう。ちゃんと説明もせずに、格好悪く逃げてきたし。


 アリシアの人柄もあるのだろう。アリシアは愛想もいいし、街の人にも愛され、よくしてもらっているようだ。私がもらっているのではなく、みんなアリシアに何かをしてあげたいのだろうと思えば、私もそんなに気兼ねせずお礼を受けてもいい気がしてきた。


「それじゃ、今日も行ってきますね。お姉さま、私たち当分お買い物なんて、しなくていいかも!」


「そ、そう? それは助かるけど。そんなに毎日出かけて、疲れませんか?」


「全然! 街に行くのは楽しいですし!」


「そっかぁ……気を付けてくださいね」


 アリシアのことは大好きだが、そこだけは一生分かり合える気がしなかった。

 私は元気に出ていくアリシアを見送ると、静かになった居間を見回して、今日はどう過ごすかと思案した。


 アリシアが来てからというもの、自分の研究の進捗は少し、スローペースになっていた。


 たかだか森に引きこもっている魔法使いが何を研究するかといえば、当然どこかの学会で発表するなどということもなく、趣味みたいなものだ。転生者として、魔法が使える状態でこの世界に来た私は、他の魔法使いに比べれば自由自在といってもいいほど魔法を使うことができた。


 しかし、やりたいことが複雑であればあるほど、やはり一朝一夕でできるものではない。例えば、結界を張るとか、魔物を使役するとか、新たな空間を作り出すとか……そんな魔法はなんとなく、できるようにはなるのではないかと思っても、過去の文献をあたって試行錯誤を繰り返す必要があった。


 今行っているのはまさに、空間拡張の実験だ。アリシアが来たことで、この小屋も手狭になってきた。小屋を増築してもいいのだが、今の外観が気に入っているので、あまりつぎはぎしたくもない。そう考え私は別の手段をとることにしたのだ。時間はかかるだろうが、それだけにしばらくは退屈しなさそうだ。


 私は空間魔法に関する文献を、手をかざして机の上から引きよせながら、ソファにぼふっと倒れこんだ。


 大仰なことを考えているわりに、しばらくその難解な文章を読んでいると、眠気が襲ってくる。相変わらずのダメ人間だが、睡眠はとても大事なものだ。まどろみに少し抗って、そしてふと意識を手放す瞬間に勝るほどの快楽が、果たしてこの世に存在するだろうか。


 コンコンコン……

 ノックの音がする。


 来客⁉ い、嫌だ。絶対に起きないぞ。たった今、意識を手放そうとした瞬間だったというのに。

 でも、誰だろう? 次にリサが尋ねてくるのは、もう少し先のはずだ。そんなにすぐに来られても、私はまだ買ってもらえるほどの魔石を全然ストックできていない。


 コンコンコンコン……


 アリシアではない。リサでもない。私くらいになれば、ノックの仕方でわかる。つまり、私の知らない人間だ。こういう時、どうすればいいかはわかっている。そう、居留守だ。


「御免ください。アリシア様はいらっしゃいますか?」


 女性の声が、扉の外から響く。私は勢いよく上体を起こした。今、確かにアリシアと、そう言った。

 ここを訪ねてくる者がいるとしたら、今までは……白魔女を一目見たいとかいう滅茶苦茶迷惑な旅の人とか、実力を見誤って黒森に迷い込んで死にかけている冒険者とか、そう言う類の人間だった。つまりはどちらかというと、私目当ての人間が多かった。


 しかし、今訪ねてきている女性は、アリシアとはっきり言った。もし白森の街の人であれば、アリシアが今日街へ行っていることを知っていてもおかしくない。ということは、扉の外にいるのは街の人では無くて、アリシアの事を知っていて、わざわざここを訪ねに来ている人物……。


 私が重い腰を上げるには十分だった。


 恐る恐る玄関のドアを開き、隙間からその人物を覗く。


「はい……ここは私の家ですけど……」


 一応探りを入れるように、私はそう答えた。そこに立っていたのは、なんと綺麗なメイド服に身を包んでいる、茶髪をふんわりとしたボブカットにした女性だった。しっかり白のヘッドドレスとエプロンまで付けており、まるでどこかの館から突然、瞬間移動してきたかのようだった。


「存じております。森の白魔女、マリー・マナフィリア様。わたくし、アリシア様の従者、メイ・メゾピアと申します。少々お伺いしたいことがあり、馳せ参じました。突然の訪問をお許しください。不躾なお願いではございますが、お話するお時間を頂きたく」


 そう言って、そのメイドは優雅にお辞儀をして見せた。メイと名乗ったメイドの、その平坦で抑揚のない喋り方、半分以上は瞼の上がらない、どこか眠そうにも見える青い目を見て、私はまるで人形のようだと思った。とことん理詰めで話をしそうな、苦手なタイプだ……しかし、メイはアリシアの従者だという。


 アリシアの過去を知らない私は、メイが何をしにこんなところに来たのか、気になって仕方がなかった。


「……どうぞ」


 私は扉をようやく全開にして、メイの姿をしっかりと見た。白森を抜け、黒森を歩いて来たはずだというのに、メイのメイド服は汚れていないどころか、皺ひとつなかった。

 一体どういうことだろうか? しかし、魔法を使った痕跡はない。箒や乗り物も見当たらないし、メイはおそらく魔法使いではない。


 メイをソファに座らせ、私は警戒しながらもお茶を用意する。そういえば、アリシアがもらってきたお茶菓子があった。クッキーらしきそのお菓子を、いい機会だし一緒に出そう。もちろん、アリシアの分も取り分けて保管しておく。


「あの、ど、どうぞ」


 お茶を出して席に着くと、メイは軽くお辞儀をして、勧められるままにカップに口を付け、本当に飲んだのかもわからないほどすぐに、ソーサーの上に置いた。


「美味しゅうございます」


「あ、は、はい」


 なんだその結構なお点前で、みたいなやつ。私しらないぞ、そういう礼儀とかマナー。どう答えていいのかもわからず、私はとりあえず相槌を打った。メイはそのじとっとした目つきで無表情にこちらを見ると、余計な雑談を省いて、早速本題に入った。


「アリシア様は、こちらに滞在されていらっしゃいますね?」


 私は一瞬目を泳がせたが、観念して素直に答えることにした。メイは私のフルネームまで調べ上げて、ここに来ている。皺ひとつつかないメイド服で。立ち振る舞いにも隙が無く、ただ者ではない事だけは確かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る