6. 神々の使者
――スプリテュスの……味……?
骨格標本が放った言葉に、アヴェンは困惑した。
てっきり殺されると思っていたため、骨格標本の予想外の発言に動揺を隠せない。
『 はい、スプリテュスは神の食物。 あれを食せる人間など滅多におりません 』
その見た目に反して、骨格標本の声は穏やかで優しい。
性別があるかはわからないが、声質は男性よりだ。
その柔らかく丁寧な口調には一切の敵意が見られず、アヴェンは少し落ち着きを取り戻した。
――気持ち悪くて噛まずに丸呑みしたからよくわからないけど、ちょっとだけ甘かったような……
アヴェンが死相世界でスプリテュスを食べたときは、ざらざらとした舌触りが不快で、すぐに飲み込んでしまった。
しかし、思い出してみればほんの少しだけ甘い香りがしたような気がした。
『 もったいないですね、スプリテュスは内臓が一番糖度が高く、おいしいらしいですよ。 私自身、食べたことがないので詳細はわかりませんが、地上世界でスプリテュスと最も類似した味を持つ食物はブドウだと聞きました。 ぜひ、比べてみていただければと 』
スプリテュスの内臓なんて、想像するだけで吐き気が喉を駆け上ってくる。
しかも、それに類似した食べ物がブドウだというではないか。
今後一生、ブドウだけは口にしたくないとアヴェンは思った。
――神様ってあんな気持ち悪いもん食ってんのか、化け物だな。俺なんて、思い出すだけで吐きそうになるってのに……
アヴェンが想像する神というのは、神々しい光を放つ仙人のような存在だ。
決して、スプリテュスのような意味不明な生物を好んで食べるモンスターではない。
もしかしたら、予想とは裏腹に、その姿は化け物じみているのかもしれない。
『 そうなると、アヴェン様も化け物ということになってしまいます。 スプリテュスは神々の主食。 神の体はスプリテュスでできていると言っても過言ではありません。 ゆえに、神の体を構成するスプリテュスの成分を取り入れたアヴェン様は、半神半人の存在なのです。 だからこそ、アヴェン様に神の力が宿ったのですよ』
骨格標本の言葉に、アヴェンは納得したように頷いた。
その話が本当なら、アヴェンが吐き気を催しながらスプリテュスを食べたことにも、ちゃんと意味があったということになる。
自身の半分が神と同じ状態だというのは全く実感が湧かなかったが、そのおかげで黒神の力を使えるようになったらしい。
――なるほどな。ようやくこの力の詳細がわかってきた。ちゃんと理解して鍛え上げれば、神にも匹敵する強さを得られるかもしれないってことか
『 その道のりは長く険しいですが、諦めずに歩み続ければきっと、望む強さを手に入れることができるでしょう。 私は、アヴェン様がその道を歩く姿を、影ながら見守るために神々から使わされた者。 名はアードロンと申します 』
アードロンと名乗ったその骨格標本は、アヴェンが瞬きするといつの間にか頭を深々と下げてお辞儀をしていた。
再び瞬きをすると、アードロンの頭は上がっており、先ほどと同じようにまっすぐ立っている。
――神々に使わされたってことは、俺を監視するのが目的ってことか?
『 いえ、神々からは何も仰せつかってはおりません。 転生者であるアヴェン様のことは私に一任されております。 そこには神の目論見など一欠片もありません。 そもそも、神々はアヴェン様に全く興味がないのです 』
黒神は、命に付与された宿命が神を殺すことだと言っていた。
その目的を神々が知り得ているかはわからないが、堕天した黒神のことも転生したアヴェンのことも、神々にとってはどうでもいいことのようだ。
しかし、変に目を付けられるよりはずっとましだろう。
神に邪魔されることなく鍛錬ができるのだから。
『 そのため、私には特に行うべきことがございません。 アヴェン様が強さを手にするために、ご自由にお使いください 』
ご自由にと言われても、アードロンに何をしてもらえばいいのかすぐには思いつかず、アヴェンは頭を悩ませた。
神の力はおそらくとんでもなく強大なものだろう。
それに近しい黒神の力を強化して、これから強くなっていくつもりだ。
ならば、神々の使者であるアードロン自身の強さはどうなのだろうか。
――じゃあ一つ聞きたいんだけど、お前は強いのか?
アードロンは瞬きのうちに片手の小指をピンと伸ばし、アヴェンの前に突きつけた。
『 アヴェン様に大怪我を負わせた黒神の力の暴発。 あの程度であれば、小指一本で止めることができます 』
数日前、シスターに背中を叩かれながら爆散した黒いもや。
あまりにも強すぎる力に呑まれ、アヴェンはあやうく死にかけた。
それを、たった指一本で止められると豪語するアードロン。
しかも、五指の中で一番細い小指ときた。
その返答を聞き、アヴェンは即座にアードロンの役割を決めた。
――俺に、神の力の使い方を教えてくれ!!
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