第10話

私たちが到着したパン屋は、意外にも小さなお店だった。


しかし、中はとても綺麗で、様々なパンが置かれていた。


うわー! すっごくいい匂い!! どれも美味しそう!!


時間帯のせいか、店内にお客さんは居なかった。


「レイはパンだと何が好き?」

「私はデニッシュが好きでございます」

「あ、じゃあこの美味しそうなデニッシュ、レイの分買っておくね!!」

「そ、そんな!! お嬢様が私のために買って下さったデニッシュ......一生大切にします!」

「いや、なるべく早めに食べなさいよ」


その後、私とミリーもそれぞれ好きなパンを選び、カウンターに持って行った。


「あれ? 店員さんは居ないのかしら? すみませーん!」

「はーい」


奥から出てきたのは、私より少し年上くらいの可愛らしい少女だった。


「お待たせしました~って貴族様!? す、すぐにお会計しますね!!」


「そんなに焦らなくてもいいわ。そんなことよりも、このお店はとっても素敵ね」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!! パンの味も凄く自信あるんですよ!!」


「ええ、どれも凄く美味しそうだわ」


彼女は満面の笑みでお礼を言と、「あ、そうだ!!」といって店の奥に何かを取りに行った。


暫くして、彼女がお店の奥から戻ってきた。


「今ちょうどクロワッサンが焼けたので、是非試しに食べて行ってください!!」


「え、いいの!?」


「はい!!」


彼女の持ってきたトレーの上には、焼きたての香ばしい香りがするクロワッサンが並べられていた。


私はそこから一つとって、早速食べてみる。


なななな、なにこれ!? 超美味しいッ!!


熱々のクロワッサンにかぶりつくと、サクッとした食感の後に、バターの香りが鼻を抜け、生地のほのかな甘みやってきた。


私は二口、三口とどんどん食べ進める。


すると、


わっ!! カスタードクリームが入ってる!!

すごい!!


生地の僅かな甘みの後に来る、カスタードクリームの圧倒的な甘さは、私の頭の中を幸福感でいっぱいにしてくれた。


「とっても美味しかったわ!!」


「ありがとうございます! すっごく幸せそうに食べられていたので、私も嬉しかったです!」


「本当に食べてて幸せだったわ。これはあなた一人で作ったの?」


「はい。元は母と作っていたのですが、母が腰を痛めてしまったので、その治療費と生活費のためにも今は一人でパンを作っています」


「な、なんて偉いのかしら!! 」


こんなに頑張っている彼女を、褒めずにはいられない!!


感動した私は、彼女とこのお店を褒めちぎった。


彼女は顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに聞いてくれた。


それを隣で聞いていたミリーは、なぜか私たちをジト目で見ていた。


そして、私が暫く彼女を褒めちっぎった後。


「――だからね、これからも美味しいパンを作ってね!!」


私が握手のため彼女の手を取った瞬間、


ミリーがカウンターにバン!! と手を置いた。


「ビ、ビックリした!! ど、どうしたのミリー!?」


「こちらはお代です。ミリーたちはそろそろ帰らなくてはいけないので、この辺でお暇させていただきます」


「え、こ、これって金貨ですよね!? こ、こんなに受け取れません!!」


金貨は一枚あれば四人家族が半年間、何不自由なく生活できるお金だ。これは彼女にとって、とんでもない大金だろう。


「それはお母様の治療費や、あなたの生活費に使うといいわ。それよりもお姉様、さっさと行きましょう」


「え、ちょ、ミリー!?」


私はミリーに強引に手を引かれ、お店を後にした。





次の日の朝。


私が自室でレイと今日の日程を確認していたら、部屋のドアが勢いよく開いた。


「お姉様!! ミリーお姉様のためにパンを作ってみました!! 是非食べてください!!」


「あらあら、お姉様のためにパンを作ってくれたの? 嬉しい――」


そこで私が見たものは、明らかな暗黒物質。バスケットの中から禍々しい黒いオーラが出て、周りの空間が歪んで見える。


や、やばい!! なにこれ!? 絶対死ぬやつでしょ!! で、でも、私のために頑張って作ってくれたんだし...断れないなぁ...


ま、まさか聡明な妹が、ここまで料理が苦手だったとは...


すると、私の後ろにいたレイが、前に出てその暗黒物質(パン)を手に取った。


「ちょっと、それはお姉様のために作ったものですよ」


「毒見も侍女の務めかと」


ナ、ナイスよレイ!! もしかしたら大丈夫かもしれないから食べてみて!!


「何言ってるんですか、毒なんて入ってるわけないじゃないですか」


「では、いただきます」


レイが暗黒物質(パン)を口に入れた瞬間、物凄い勢いでぶっ倒れた。


ピ―――。


「レ、レーーーーイッ!!」


心なしか病院で心肺が止まった時になる音が聞こえた気がする。


そして、うつ伏せで倒れたレイの指先には、赤い液体で“毒”という文字が書かれていた。


「あら、レイさんは何をやっているのかしら? まあいいわ、そんなことよりお姉様!! ぜひミリーが心を込めて作ったパン、食べてください!!」


ミリーはキラキラした瞳で真っ直ぐ私を見つめてきた。


ひぃっ、こ、心を込めて作ったといわれたら断れない...可愛い妹のためだ、ここは意を決して食べるしかない!!


私は暗黒物質(確定)を手に取って口に運ぶ、そして、その暗黒物質が私の前歯に触れた瞬間、私も物凄い勢いでぶっ倒れた。


ピ―――。


私は薄れゆく意識の中で、魔法で生み出した赤い液体でこう書く。


“猛毒”




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