一章 異世界ってやつですか?(2)


   ○


「……あったとしても、見られるだけじゃなぁ」

 画面を十ページまで進めたところで、手を止めた。

 俺は結局、現状が何も好転していないことに気付いてしまった。

「でもまぁ、好きな物達を見ながら死ぬってのも悪くないかぁ……」

 色とりどりのインク瓶が並ぶ一ページ目を眺めつつ、画面に手を伸ばす。

 インク瓶のひとつに触れた瞬間、そのインクが。

 手の中にあった。

「え……? 取り出せる……?」

 これって幻か? いや、ちゃんと手に持ってる。

 つるつるで可愛かわいい瓶が俺の手の中に間違いなく存在している。

 蓋を開けると、ちゃんとインクが入っている!

 もしかして……この中の物は全部、取り出して使えるのか?

「だとしたら……!」

 キッチンに置きっぱなしにしたK軒の弁当!

 アレがあれば、この鳴っている腹を黙らせることができる……!

 ……なかった。

 最後のページまで、目を皿のようにして探した。

 が、愛するK軒の弁当はなかったのだ。

「なんか食べ物、あれば良かったんだが……」


 ふぉん!


 画面が……変わった。

 キッチンにある食べ物や、備蓄していた物が並んでいた。

「……部屋別になっている? いや、食品とそれ以外……か?」

 一番最初、俺はなんて言ってインク瓶の画面を出したんだっけ……

 確か……

「コレクション」

 出た!

 インク瓶の画面!

「食べ物」

 出たーー!

 部屋に常備してあった、ポテチとかペットボトルの水や野菜ジュース!

 調味料類もあるぞ! ここに弁当があるのでは!

 ……

 ……

 なかった。

「どういう理屈なんだ……?」

 俺は画面の隅々まで見て『↑3』と書いてあることに気付いた。

「……三個以上ってことか?」

 よく見ると、食べ物の方は商品名の横に下向きに三角マークがある。

 三角マークに触れると、ずらっとラインナップが出てきた。

「おおー、ポテチは商品名と味が……そっか、全部合わせて三個以上あった物だけ、ここに表示されてるのか」

 多分、弁当がなかったのは俺の家にあった『弁当』がひとつだったからだ。

「コレクションの方は表記が違うな……『↑5』……でも食品みたいにまとめられていないぞ?」

『インク』や『万年筆』はメーカー別・シリーズ別・色別に並んでいる。

 同じものが二個以上ある場合だけ、三角マークが付いているようだ。

 コレクションの表記は、眺めて楽しむことができる仕様になっているのだ。

 なんてコレクターに寄り添った素晴らしい機能だ……!

 しかも全部持ち歩けるとか、最高過ぎだろ!

 さっき取り出したインクを画面に近づけると、すっと中に吸い込まれた。

 取り出したモノも、再度しまえるようだ。


 取り敢えず、俺は靴を出し、靴下の替え、パーカーの上着を出して身につけた。

 ……でも、なんで服や靴が『コレクション』に入ってるんだ?

『日用雑貨』とか『服飾』とかでも良さそうなものだが。

「取り敢えず、なんか食おう」

 すぐに食べられるものがポテチだけだったので、野菜ジュースと一緒に腹に入れる。

 これがなくなったら終わり、なんだろうな……水と鍋があったって、火がつけられなきゃお湯が沸かせない。つまり、カップ麺は食えない……アウトドアスキルゼロどころか、マイナスの俺には火おこしなんて無理!

「非常持ち出し袋は……ひとつしかなかったからなぁ……」

 ひとり暮らしでは、複数、買わないよね……


   ○


 それにしたって、どう見ても日本じゃないよな?

 いや、地球じゃない可能性だって考えられるぞ。だって、変な画面から物が取り出せるとか。

 あれか! 今、流行の異世界ってやつか!

 ……更に、生きる難易度が上がった気がする……

 腹が落ち着いたので、改めて辺りを見回してみる。

 周りの木々は……しらかば? 幹が白いから多分そうだ。でも、なんだか柔らかそうな木だな。

 地面は、傾斜が殆どない。ここは高原の森かなんかなのか?

 樹海とか原生林でないなら、もしかしたら近くに道とかないか?

「ゴミ……どうしようか」

 食べたあとのゴミが、あの画面の中に入らないか試してみた。

 でも食品でもなくなっちゃったし、コレクションでもないからしまえなかった。

 小さくして、ポケットにでも入れておこう。森に捨てるのはダメだよな、人として。


 まだ、が高い。

 俺がここに来る前は夕方だったのに、ここは昼くらい。

 取り敢えず、歩き出すことにした。ここにいたって、絶対に誰も来ないだろうし。

「異世界ってやつなら……おっかない獣とかいるのかね?」

 おそるおそる歩き出して、少しすると水の音らしきものが聞こえた。

 川があるのかもしれない。川沿いに歩ければ、人里に出られるかも!


 走り出そうとした方向に、なにか、いる。

「……これ、ヤバイやつでは……」

 大きくはないが、おおかみみたいな……いや、やけに足が短い……でも角とかあるし!

 絶対に、地球上で見たことのない生き物だし!

 俺の方を向いてうなっているのは、威嚇だろうか?

 目をらしたら飛びかかられそうだ。

 でも、逃げないと……視線を外さずに、じりじりと後ろに下がる。

 やつの身体が、ぐっ、と沈んだ。こっちに飛びかかってくる気だ!

 やつが地面を蹴ったと思った途端に、体勢を低くして斜め前に走り出した。

 そしてそのまま、振り向かずにダッシュ!

 一目散に走る。周りなんか見られない。後ろを振り返ることもできない。

 大きな岩がある横を抜けて、身を隠そうと回り込んだその時。

 岩の横のぬかるんだ土に足を取られ、そのまま転んで……滑り落ちてしまった。


「と、止まった……」

 木の根に引っかかって、なんとか止まった。

 後ろ向きに滑ったからか、擦り傷程度しか怪我はしていないみたいで良かった……

 大して高さもなかったようだ。

 やつは、追いついてきていなかったみたいで助かった。

 なんとか、歩けそうな場所はないかとあたりを見てみる。

 ……屋根のようなものが下にある。

「家……? いや、狩猟小屋みたいなものか?」

 なんにしても助かった!

 取り敢えずあそこに行って……みて、人がいたら……その方が危険だったりしないか?

 このまま接触して大丈夫なのか、異世界人って?

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