恐竜時代へようこそ!

青樹空良

冒険の準備は念入りに

第1話 冒険部なのに冒険しない部?

「ねえねえ、ニュース見た?」


 部室にしている部屋のドアを開くと、すでに来ていた六年生の吉野よしの青葉あおばが興奮した様子で目をキラキラとかがやかせていた。青葉とは幼なじみだから小さい頃から知っている仲だけど、これは本当に嬉しそうなときの顔だ。


「え、なんの?」


 主語を言ってくれないと、なにがなんだかわからない。竹内たけうち直太なおたは首をかしげる。


「小学生が恐竜の骨を見つけたんだって、しかもティラノサウルスだよ! ニュースでやってたよ! 日本にもティラノサウルスっていたんだね」

「へえ」

「いいなあ、うらやましいなあ。新聞にも載ってたんだよ。すごくない? すごくない!? 小学生が、だよ。私たちと同じ子どもがだよ!」


 ポニーテールをゆらして、ふんふんと青葉が力説する。


「う、うん」


 直太は青葉の勢いに押されながら頷いた。


「わたしたちだって冒険部って名前ついてるのにさ。すごい発見とか、冒険とかしたことないじゃない? ああ、いいなあ。私もすごい発見とかしてみたいなあ」

「たしかに、そうですね」


 急に話に入ってきた声に振り返ると、入り口に片山かたやま友則とものりが立っていた。彼も冒険部の一員だが、四月の新学期から入ったばかりの四年生だ。直太よりは一つ下。けれど、背は低学年だと間違えてしまうくらいに低い。

 入部希望でこの部屋に入ってきたとき四年生までは入ることが出来ないと、優しく断ろうとした直太は思いっきり彼を怒らせてしまった。なんとか一生懸命謝って許してもらったけれど。


「でも、僕も吉野さんと同じニュース見てましたが、別にびっくりするようなことではないですよ」


 キラリ、と友則が掛けている眼鏡が光る。


「あ、友則くんも見たんだ。て、青葉でいいってば。前も言ったでしょ。せっかく仲間なんだからさー」

「……うーん。でも、年上ですし。じゃあ、ええと、青葉さん」


 慣れない呼び方に友則がせき払いをしている。それから、話を続けた。


「気になるものはいつもチェックしてますから。小学生が恐竜の化石を発見するのは確かに珍しくはありますが、前にも何度かあったんですよ。小学生に限らず、中学生が発見したこともありますね」

「へー、そうなんだ。すごいね友則くん。やっぱり物知りだなあ」

「よく知ってるね」


 今度は直太もうんうんと、うなずく。直太よりも年下なのに色々知っているのは本当にすごいと思う。


「これくらい当然です」


 むふん、と友則が胸を張る。小さいからすぐに後ろに転がりそうだな、なんて思ってしまうがまた怒らせてしまいそうなので言わない。


「じゃあさ、じゃあさ! わたしたちだって見つけることが出来るかもしれないってことだよね!」


 青葉がぐいぐいと友則に迫る。


「そうですね。他の小学生に出来たなら、不可能ではないと思います」

「そこらへん掘ったら出てくる!? ニュースとか出れる!? インタビューとかされちゃう!?」


 顔がくっつきそうなくらいに迫られて、さすがに友則が困っている。こんなに迫られたら、直太だったら顔が赤くなってしまうのではないだろうか。前は全然そんなの気にならなかったのに、最近なんだか照れくさい。行動とか言動とかが男の子っぽいけれど、青葉はこの部でただ一人の女の子だ。本人は全然気にしていないみたいだけど。


「そこらへんは無理なんじゃないですか? そういう地層があるところじゃないと」

「えー、そうなの?」

「化石はどこでも出るわけじゃなくて、化石が出る地層があるんです」

「どこでもいいわけじゃないの? 学校の花だんとか」

「当たり前です。花だんなんか掘っても無理です。恐竜が生きていた時代の地面が埋っているところじゃないと、ダメに決まっているじゃないですか」

「だったら、そういう地層? のところに行かなきゃいけないわけだ」

「そうです。山の中とか、川の近くなんかよく出るみたいです」

「へええ、すごいね、友則くん。なんでも知ってるね」


 友則がため息を吐く。けれど、ほめられて少し嬉しそうだ。

 話だけ聞いているとどちらが年上なのかわからない。物知りな友則がすごいのか、二年も年下の子に教えてもらって素直に感心している青葉がすごいのか。


「山とか行かなきゃいかなきゃいけないのかあ。子どもだけだとダメって言われるよね。あー! 行きたいよー! そんで、化石見つけたいよー! 冒険したいよー!」

「冒険部なのに行けないんですか? ぼく、そういうの期待して入ったんですが」

「顧問の先生には何回も言ったんだよ。でも、おじいちゃんだったし、危険なことはさせられないって毎回言われちゃってさ。一回もそんなの行ったことないよ。もう頼むのも疲れちゃった。ね、直ちゃん!」

「うん。青葉ちゃんの言うとおりだよ。もっと部員がいっぱいいた頃には冒険部のみんなで出掛けたりしたことがあるらしいけど、今は部屋で本を読んだりしてるだけ。子どもが少なくなったからしょうがないとか言ってたけど」

「それって、いつの話なんですか。いっぱいいた頃って、まさかぼくたちの親が子どもの頃とか言わないですよね。その頃ってまだクラスの数もすごく多かったって聞いたことあります」

「どんだけ昔なの!? でもそうなのかも。今は名前だけ残ってるみたいなもんだし。あと、部室もかあ。だから、放課後にこうやって集っておしゃべりしたりは出来るんだけど。それも楽しいんだけど。それに色々そろってるのも最高だし」


 青葉が部室の中を見回す。確かに、この部屋には色々な物が置かれている。恐竜の骨の模型、冒険に関する本、冒険にかぶっていくような帽子、なぜか理科で使う実験器具みたいなもの、名前は知らないけどきれいな石。冒険っていう感じのものに囲まれているだけで楽しい気分なる。

 青葉に強引に誘われて入った冒険部だけど、嫌いじゃない。むしろ結構好きだ。


「でも、それはそれとして活動らしい活動なんかしてないからね。部員だって、うちら三人だけだもんね。あ、もう一人いるんだっけ。あんまり見たことないけど」


 三人で顔を見合わせてため息を吐く。

 その時だった。


「どうしたんですか? 三人で景気の悪い顔をして」

「あ、先生」


 にこにこと部屋に入ってきたのは今年から顧問になったばかりの四月一日わたぬき先生だ。四月一日と書いて、わたぬきと読むらしい。最初、自己紹介のときに漢字と名前を見比べて絶対にだまされているんだと思った。

 家に帰ってお母さんに聞いてみて、タブレットで検索してやっとだまされているのではないと納得したくらいだ。

 そう、さっき話していた顧問の先生のことは去年までの話。四月からはこの四月一日先生が冒険部の顧問になった。まだ新学年が始まってからすぐだから、先生のことはよく知らない。先生が替わったところで別に何も変わらないんだろうなと思う。


「先生! 先生はニュース見ましたか!」


 人見知りなんて言葉なんか知らなさそうな青葉が、先生にずんずんと近付く。


「ええと、なんのニュースでしょう?」


 先生は全く動じずに笑顔で答えた。

 さっき直太に同じことをしたばかりなのに、青葉の話はまた主語が抜けて意味不明になっている。


「恐竜! 恐竜です! 小学生が恐竜の化石を見つけたって、私たちも見つけたいって話してたんですよ」


 うんうん、と直太と友則もうなずく。友則が見つけるは大変だなんて言っていたけれど、本当に見つけられたりしたら素敵だなと思う。

 さっきから青葉ばかりが鼻息を荒くしていて、直太は話しに置いて行かれていた。だけど、直太だって冒険部の一員なのだ。そういう話が嫌いなわけがない。


「恐竜ですか。興味深いですね」


 にこにこと四月一日先生がうなずく。

「ですよね! 面白そうですよね! 先生もそう思いますよね!」

「はい。思いますよ」

「じゃあ、探しに行きましょうよ!」


 ぶん! とこぶしを振り上げて青葉が言う。


「いいですよ」

「「「え!?」」」


 思わず三人の声が重なった。

 だって、絶対に断られると思っていたから。


「本当ですか!?」


 信じられない様子で青葉が先生に詰め寄っている。直太だって同じ気持ちだ。


「本当ですよ。この辺、化石出るとこありますかね」


 先生はなんでもないことのように、のほほんと答える。

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