第44話 メイド、漫画を読む
祐介の部屋には漫画が沢山ある。総数五百冊以上。ジャンルは多岐に渡り、シリーズ物は全巻揃えるのが祐介の掟だ。漫画は彼の一番の趣味、と言っても過言ではない。それほど彼は漫画が好きだった。
古宮は祐介の部屋を見てびっくりする。
「……! 綺麗に片付けられていますね」
「ああ、神崎のお陰でな」
(はっ! 何でわたくし、敵を褒めたのでしょう。おかしいです。言い間違えました、ここまで綺麗だとご主人様が落ち着かなくなってしまいます。掃除のし過ぎです、神崎さん)
「言い間違えました。あなたのメイドは掃除のし過ぎです。綺麗過ぎても困るでしょう」
「そうか?」
別にこの清潔さは迷惑じゃない。
何故、古宮が意見を変えたのか、祐介には分からなかった。
「さて、早速読むか。と言っても、殆ど読了したやつばっかりだけど」
「ちょっと待ってください。この漫画の代金は何処から出ているのです?」
「俺の小遣いだけど」
「ダメです! 神崎さんはその事、ご存知ですか?」
「知らないと思うけど。何でダメなのか?」
「ご主人様は一円も払ってはいけないのです。尊いお方だからです」
(メイドって決まってそれ言うよな)
祐介の中でのメイドの認知が歪みかけた瞬間だった。彼にはヤンデレじゃないメイドと会わせてあげたい。じゃないと、メイドに対する偏見が止まらなくなってしまう。
「とにかく! 神崎さんにもこの事をお伝えします」
「好きにしろ」
これからは祐介の漫画代は彼のポケットマネーじゃなくなる。こんなに甘やかしていいのだろうか。でないと、彼がダメ人間になってしまう。
パラッ。
ようやく祐介は漫画を1ページ開くことが出来た。まだ読んだことのない、新刊だ。
内容は異世界ファンタジーでよくあるチート冒険ものなのだが、主人公が五歳、という所だけ他とは違う。現地主人公で何故か五歳なのに強い。それに祐介はイラストも非常に好きだった。
集中して読む。
読了した後にふと、古宮が何を読んでいるのか気になった。彼女は何故か部屋の隅でニヤニヤしながら、漫画をパラパラと捲っていた。誰にも見られないように隠れて。と言っても、祐介にはバレているが。
「何読んでるんだ?」
「ブラックシュガーライフ」
ブラックシュガーライフはダークな百合もので、かなり異質な作品だ。ヒロインの女の子がヤンデレで、幼い同居人の女の子への愛が重い。同居人の女の子を守る為なら殺しも
古宮は自分と通ずる所があったのだろう。終始頷いたり、ニヤニヤしながら読んでいる。「ご主人様ぁー、うふっ」とか言いながら。
「読み終わったら、感想聞かせてくれ」
「承知しました」
ブラックシュガーライフは全部で八巻まである。だから、時間が掛かっている。
三十分ほど、経過した頃。
祐介は読む漫画が無くなったのか、寝てしまっていた。
「ほんと、ご主人様は無防備なんですから。そのうち、襲ってしまいますよ?」
古宮はサラサラとした彼の髪の毛を撫でる。絹糸のように美しい髪。
「愛しています」
古宮はそう告げる。
三回くらい撫でた所で、彼の目がパチリ、と開いた。
「古宮、ごめん。俺寝てたわ」
「いえ、気にしていません。ブラックシュガーライフ、読み終わりましたよ」
「どうだったか?」
「面白かったですよ。ヒロインの女の子の愛が重くて、びっくりしました。わたくしはここまでの事は出来ない、と思いました。それとバッドエンドでしたが、わたくし、バッドエンド平気なので受け入れられました」
(こいつ、神崎と違って自分がヤンデレだという自覚、無い? 古宮なら、ブラシュガのヒロインの真似、出来ると思うけど)
「気に入ってもらえて良かった」
「ご主人様はどんな漫画をお読みになられたのですか」
「異世界無双もの」
へー、と相槌を打つ古宮。
「異世界系が好きなのですか」
「そうでもない。何でも読む雑食だ」
「わたくしもご主人様に読まれたいです」
頬を朱に染め、古宮はそう告げる。
「……」
「わたくしが描いた漫画、読んで下さいますか」
「クオリティーにもよる」
「先ほど、何でも読むと言ったじゃないですか!」
「言葉の綾だな」
そろそろ漫画タイムが終わる。時刻は三時過ぎ。
「もう漫画は読むの止めて、アフターヌーンティーにするか」
「もう少々お待ち下さい。ご主人様の一番のお気に入りの漫画はどれですか」
「そう言われると悩むな……あれも良いし、これも良いし」
悩んだ末、結論は出なかった。
「決められない」
「そうですか。わたくし、漫画になりたい……」
古宮から本音がポロッと漏れる。漫画、じゃなくて漫画家の聞き間違いだろう、と祐介は思う。
(ご主人様の持ってる漫画になって、沢山触られたい……)
けれど、実際は聞き間違いでもなかった。古宮の妄想は破廉恥だ。
一階に降り、アフターヌーンティータイムになる。紅茶とスイーツ。神崎が始めたことなのだが、すっかり祐介も習慣化されている。
「神崎さんともこういう風にお茶、するんですね」
「ああ」
スイーツを食べながら、古宮とお喋りする。
「――あの、明日と明後日、二人でお出かけしませんか。勿論、神崎さんには内緒ですよ」
「いいな!」
「それで、何処行きましょう? ご主人様は行きたい場所とかありますか」
「んー、喫茶店とか」
「オシャレですね。わたくしは遊園地か夏祭りに行きたいです」
「もう少し考えてから決めるか」
「そうですね」
神崎は四日目の途中で帰ってくる。だから、行けるとしたら、明日か明後日だ。けど、二日連続出掛けるのは疲れないだろうか。
ヤンデレメイドとの危険なデート。
楽しみでもあり、複雑な思いもあった。
(やっぱり神崎がいい……)
けど、古宮には言えない。
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