第31話 メイドと作る思い出
外に出ると虹が出ていた。水溜まりを照らす陽光。雨上がりの景色は言葉に出来ないほど、美しかった。
あの頃の脳裏に焼き付いた夕焼けじゃなくていい。今は神崎と見る、この景色を愉しもうと祐介は思うのだった。
「見て下さい! 虹ですよ!」
神崎は
「雨が上がった頃から虹の予想はしていた。でもまさか、本当にこうなるとはな。綺麗だ」
「……」
「何だ?」
「何で祐介様はそんなに感動せずに、冷静なんですか?」
「感動してるよ」
「本当ですか? それとテンション下げるような事、言わないで下さい」
彼女は怪訝そうな眼差しを向けてくる。テンション下げるような事、言ったっけ?
行きと同じ場所で記念写真を撮る。
「あれですよね、今度はお土産を持ちながら写真撮るんですよね?」
「ああ」
祐介は行きに撮れなかった、彼女の個人写真を撮った。海月のクッションを抱いて笑っている神崎が可愛い。彼女の髪色は夕陽に照らされ、茶色っぽくなっている。
「もう一枚撮っていいか?」
「ええ」
「笑ってー。ハイ、チーズ!」
神崎は相変わらず鼻血を流していた。
すぐに祐介もそれに気づく。
「鼻血、引っ込めること、出来ないのか?」
「出来ないようです。意思に反して流れてくるので……」
(怖いな、神崎の鼻血)
ちなみにティッシュあげてもエンドレス。
次は神崎が彼の個人写真を撮る。
祐介は水色のイルカのストラップを持って笑っていた。偽りの笑顔で。
(私が見たいのはそうじゃない。幼い頃の写真に写っていた――)
「もう一枚いいですか?」
「ああ」
「ハイ、チーズ」
何度撮っても祐介は笑ってくれない。加奈には見せて、私には見せない。それが神崎をどうしようもない気持ちにさせた。あの頃に戻って祐介の本当の笑顔が見たい。また昔みたいに笑ってくれる日は訪れるのだろうか。
「もう一枚」
「え」
「もう一枚。お願いします」
「いつまで撮るんだ?」
「祐介様が笑ってくれるまで」
「……笑ってるじゃん」
(自分では気づいていない?)
「祐介様、無理して笑うのはやめて下さい。何でわたくしには本当の笑顔を見せてくれないのですか! わたくし、気づいたんです。祐介様が普段わたくしに見せるのは作り笑顔だって」
神崎も酷なことを言っているのは分かってた。両親が2ヶ月前に亡くなったばかりなのに、心から笑える人のほうが少数者だろう。
でも本当の笑顔を見たい気持ちのほうが勝ってしまった。だから、口走ってしまった。
「本当の、笑顔……? 俺には分からない」
「そうですか……」
神崎は儚げに呟いた。
「それではこれを撮ったら終わりにしましょうか」
結局、最後の写真でも笑ってはくれなかった。けれど、彼女の写真フォルダは海月と祐介の写真でいっぱい。
(ふふっ。なんて幸せなんでしょう)
彼女はそう、ほくそ笑むのだった。
最後にお互いのカメラでツーショットを撮った。ペアルックのイルカのストラップを持って。こうしてみると、まるでカップルみたいだ。
「綺麗な写真が沢山撮れましたね」
どの写真にも虹と夕焼けが写り込んでいた。祐介は神崎が雨女で良かった、と心底思った。じゃなきゃ、虹は見れなかったと思うから。
「そうだな」
駅までは恋人繋ぎで歩いた。一度したら、もう抵抗は無くなり、自然と繋げるようになった。恋人じゃなくてもやっていい、と彼女のせいか錯覚していた。
電車内。
「水族館、楽しかったですね」
「ああ、楽しかったな」
思い出を語り合う。
「加奈さんと行く水族館とわたくしと行く水族館、どちらの方が楽しかったですか?」
「神崎かな」
祐介は気を遣う。
「今、気を遣いましたね?」
「……バレたか」
祐介は続けて言う。
「でもそんなの、比べる必要無くね? どっちも楽しかったし、どっちも夕焼け綺麗だったし」
それでも彼女は優劣をつけたがる。悪い癖だ。
ここで彼女はボソッと本音を零す。
「祐介様のお陰で、わたくしにとっての水族館が怖い場所じゃなくなりつつあります」
「!」
祐介の記憶を私色で塗り変えたい、という目的もあったが、元カレとのトラウマを払拭する、というのも水族館に行く目的に含まれていた。
「何があったかは知らないけど、それは良かった」
祐介は神崎の肩を叩く。
詳しく聞いてこない所が優しい。そんな彼に惚れてしまう。そして気づけば濡れていた。電車の中なのに……。
最寄り駅に着いた。
二人ともぐっすり眠ってしまっていた。ハッと気づき、急いで電車を降りる。ギリギリだった。
「疲れましたね」
「ああ」
「もしあれだったら、俺がおんぶしようか?」
「そ、それは……恥ずかしい、です。それに重いでしょうし」
重い、というのは性格のことを言っているのだろうか。それとも体重? 恐らく後者だろうが、前者でも納得がいく。
「そうか」
とぼとぼと歩いて漸く家に着く。今日一日はまるで長い旅のように感じられた。それだけ充実していた。
家に着いたのは19:00。
辺りはもう真っ暗。二人はヘトヘト。ファミレスで食べてきたので、夜ご飯の準備とかは無い。あとは風呂入って寝るだけ。
風呂が沸き次第、祐介は風呂に入る。
風呂から出ると――テーブルにはデザートが用意されていた。と言っても、お土産のお菓子なのだが。
「ファミレスでデザート、食べなかったっけ?」
「食べましたね。ですが、海月は別腹です」
海月は別腹、というと語弊が生じる。海月のお菓子と言わないと。
まずは海月のクッキーから頂く。
シンプルで美味しかった。味は一種類でプレーン味のみ。
神崎は「海月が可哀想」とうるうるしながら、食べていた。
続いて海月のグミ。
「伸びますね」
「ああ、すげー伸びる」
二人して海月の足を伸ばして、遊んでいた。伸びると言ってもそこまでは伸びない。けど面白い。
神崎は器用なのか、祐介以上に伸ばしていた。限界なんじゃないか、と思うくらい。
祐介はみかん味を食べたが、甘くて美味しかった。
神崎はいちご味を食べていた。
そういえば加奈と行った時は食べ物系は買わなかった。少し祐介はその点で後悔した。
一頻り食べて遊んだ所でデザートタイムは終了した。
そして寝る。
「おやすみなさい、祐介様」
「おやすみ」
神崎は寝る間も惜しんで、祐介が心から笑ってくれる方法をずっと考えていた。
今日撮った祐介の写真を見ては「違う」、「違う」と連呼して。
神崎は自分の愛で彼を笑顔にしてみせる、と決意したのだった。
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