第30話 メイド、イルカショーを観る
空を見上げると雨が降っていた。このままだと、帰りに夕焼けを背景にした、綺麗な記念写真が撮れない。二人は焦っていた。
イルカショーエリアは屋外なので、天井が無い。その為、今の天気が分かる。
「帰る頃には止んでいるといいですね」
「そうだな」
「……ごめんなさい。わたくしが雨女なばかりに」
「神崎は悪くないよ」
彼女の手の甲に祐介は手を重ねる。
(ドキッ)
神崎は驚くのと同時に、もっと彼のことが好きになってしまった。彼女の顔が一段と赤くなる。
祐介達は前方の席に座っていた。祐介が加奈と行った時の席と同じ席。ここは一番水を浴びる。水浴びて風邪でも引かなきゃいいが……。
(神崎に看病されるのも悪くない)
(祐介様に看病されたい)
思っている事は殆ど同じだった。
「まもなくイルカショーが始まります! 盛り上がっていきましょう!」
係員さんの大きな声が会場中に響き渡った。
そうしてイルカショーが幕を開けた。
まずはイルカがボールをキャッチする、というもの。成功し、イルカってマジで器用な生き物だよな、と改めて彼は思った。
それからは水中にイルカが潜って、上がってきて空中でエサをキャッチするものだったり、輪っかをくぐるものだったり。
バシャン!
イルカショーに集中していて、気にしていなかったけど、祐介も彼女もかなりの水を浴びていた。全身びしょびしょだ。髪がベタついている。
神崎に至ってはメイド服だ。そんなに汚していいのだろうか。
最後にイルカが大技を決めるとイルカショーは閉幕した。
パチパチパチパチ。
会場は歓声と拍手に包まれる。
「凄かったですね、感動しました」
「俺も。イルカってホント頭良いよな」
神崎は「写真も撮れました」とカメラを見せてくれた。でも何故イルカが技を決める直前の写真だらけなのだろう。
「何で直前だけなんだ?」
「技を決めてるシーンは動画で撮りました。ですが、水を被っちゃうのでブレているのもあります」
それなら問題無いな。
祐介はというと、イルカショーに夢中で一枚も撮れていなかった。
「というか、君随分びしょびしょだな」
「祐介様こそ」
「「あはは」」
二人して笑う。
そして神崎は何かを待つように、彼をじーっと見つめる。祐介も気づいたようで、カバンからこっそり白いタオルを取り出した。ふわふわな新品のタオル。吸収性に期待している。
「昔加奈さんにしたみたいにそのタオルでわたくしを拭いて下さい」
昔の事であまり覚えてないけれど、確か頭から拭いてあげた気がする。
神崎の頭をわしゃわしゃ、と拭く。髪も拭いてあげると、とろんとした目に変わり気持ちよさそうにしていた。
頭が終わると今度は服だ。
確か加奈と行った時は夏で半袖だった。あの時は肌しか拭かなかった気がするが。でも今は、神崎が待っている。少しくらいプランを変えてもいいだろう。
今のところ、下着が透ける、なんていうラブコメイベントは起きていない。別に望んでいたわけじゃないけど。
肌を拭く。
(祐介様が優しく拭いてくれてる……。ふわふわで気持ちいい)
また彼女はとろんとした目になった。眠そうに見える。
そして祐介は神崎を抱きしめた。
「!」
「このほうが効率いいだろ?」
「加奈さんとはその……ハグとかしたんですか?」
「してないよ」
(祐介様が分かりません)
彼女がドキドキしている最中も祐介はハグした状態で背中を拭き続けた。
最後にタオルで軽く押して、水分を吸収させたら、拭くのは終わった。
「祐介様もびしょ濡れですが、拭かなくていいのですか? いえ、わたくしが拭いてあげます」
彼女に頭をわしゃわしゃされる。くすぐったいけど、気持ちいい。
「服も拭いてあげま――」
「いい」
すると、祐介はシャツを脱いで上半身裸になった。
「ゆ、祐介様……祐介様の裸を見ていいのはわたくしだけだったのに……」
「ん?」
(言っている意味が分からない)
神崎から睨みと「着て!」という催促が来てしまったので、渋々祐介は濡れたシャツを着る事となった。人前では恥ずかしいから、ということらしい。
席を立ち、イルカショーエリアを去る直前、神崎は上を指さした。
「見てください! 晴れてます」
「ホントだ……」
先ほどの曇り空はすっかり消え、雨上がりの日差しが降り注いでいた。
帰る頃の天気が楽しみだ。夕焼けは見れなくても、ひょっとしたらアレが見れるかもしれない。
二人はホッと胸を撫で下ろした。
「それではわたくしは更衣室に行ってきますね」
「え、なんで?」
「着替えるのと濡れた髪の毛を乾かす為です」
(俺が神崎をタオルで拭いた意味とは?)
きっと乾く、乾かないではなく、タオルで拭いてあげる、というスキンシップそのものに意味があるのだろう。
加奈にした時と神崎にした時では、祐介の心情にも変化があった。小学生の頃はただ何も考えず、拭いていただけだったが、高校生になった今では異性の神崎の肌に触れただけで、意識してしまった。
「祐介様も着替えのシャツとズボンあるので、着替えてきてください。祐介様が風邪を引いてしまわれたら、わたくし悲しくて死んでしまいますから」
言われ、着替えを渡される。上は少し違うが、下は同じものだった。いつの間に持ってきていたのか、不明だが。多分、祐介に風邪を引いて欲しくないのだろう。
それぞれ、更衣室に行き、着替えてくる。
神崎のメイド服は紫からピンクに変わっていた。そして髪の毛もストレートに丁寧に乾かされていた。
「お待たせ致しました。それではお土産コーナー、行きましょうか」
もうすぐ彼女との水族館デートが終わるのだと思うと、寂しさを感じる。もっとずっと一緒にこうしていたい。
お土産コーナーには様々な種類のお土産が沢山あった。中でも食べ物系やグッズが主だった。
神崎は一目散にとあるエリアに向かう。
「ありました!」
祐介も声のするほうへ行く。
「ペアルックですね。祐介様とわたくしの絆はこのストラップによって、更に深まった……」
神崎はイルカのピンクと水色のストラップを掲げる。
「そうだな」
「あとは大きなペンギンのぬいぐるみですが……無さそうですね」
売り切れではなく、昔はあったけど今は無いパターンだった。
「じゃあ、会計行く――」
「――ちょっと待ってください!」
神崎は大きなぬいぐるみエリアにある、大きな海月のクッションを手に取った。ぬいぐるみは一番上にあったが、背の高い彼女は軽々と取っていた。ここだけの話、祐介より神崎のほうが背が高い。
「これどうでしょうか。可愛いですよね?」
「海月、好きなんだな」
「好きではありません」
祐介は思った。
こいつ、ヤンデレ属性もあるが、ツンデレ属性もあるのでは?
それからも彼女は沢山の海月グッズを買っていた。
やっと神崎のお買い物タイムが終わると、レジに行く。ピンクのイルカのストラップ代を払おうとすると、神崎に止められる。
「例えプレゼントだとしても、祐介様は一円も払ってはいけません。形だけでいいのです」
あとで彼はプレゼントとして神崎にストラップを手渡した。
神崎はお菓子も買っていた。
海月のグミと海月のクッキー。
祐介が気になったのは海月のグミの方。
ぼーっと見つめていると神崎が口を開いた。
「帰ったら二人で美味しく、海月のグミ食べましょう」
海月のグミはみかん味、ぶどう味、マスカット味等色々な味が入っていた。祐介が注目していたのは、海月の足を伸ばして遊べる、という点。面白そうだ。
お土産を買い終え、館内から出る二人。
「また来た時用にパンフレット、貰っておきましょう」
彼女はパンフレットを一枚手に取る。
完全に外に出ると、そこには――
雨上がりの空には虹が出ていた。
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