第27話 メイド、昔を思い出す
水族館の中は広くて、清潔感が漂っていた。
受付でチケットを見せ、受付を済ませる。神崎は何故かさっきから、そわそわしていた。
受付を済ませた二人は館内を歩く。
「危ないので、手を繋ぎましょう」
「そうだな」
二人は手を繋ぐ。
すると、もじもじしながら彼女が指を絡ませようとした。上目遣いで彼女は問う。
「恋人繋ぎは、ダメですか?」
「別に、いいけど」
照れくさそうに祐介は頬を掻く。
ここで初めて二人は恋人繋ぎを果たした。
このドキドキムードは突如、男の子により壊されることとなる。
しばらく歩いていると、前から小さな男の子がやって来て神崎を指さした。
「あ! コスプレのお姉さんだ!」
しかも大きな声でそう叫んだ。
(コスプレじゃありません。それから、祐介様笑わないで下さい)
祐介は口を手で押さえ、爆笑している。だから、私服のほうが良いって言ったのに……。
ジュース売り場に到着する。
「オレンジジュース二つでいいんですよね?」
当然、金は神崎が払う。子供の頃の祐介と加奈は二人ともオレンジジュースを買っていたらしい。けど、成長した今ではオレンジジュースは甘過ぎる、と感じるかもしれない。
会計中、神崎は遠くのメニュー表のクリームメロンソーダを見つめていた。
(彼氏にフラレた日、飲んでいたのがそれだった。オレンジジュースで良かった……)
彼女はホッと胸を撫で下ろす。
そんな彼女を見て祐介はきょとんとする。
オレンジジュースを飲みながら、魚コーナーへ向かう。何故だか、神崎の握る手がさっきよりも強く感じた。不安や恐怖があるのだろうか。
「わっ! カクレクマノミだよ! 見て見て神崎」
祐介は童心に帰り、はしゃいでカメラで魚を連写している。
「そうですね」
一方神崎はテンションが低い。
せっかくの祐介とのデートなのに、過去を思い出して、楽しめてない自分に嫌気が差す。祐介と元カレを重ねることは無いけれど、場所が同じだから、どうしてもフラッシュバックしてしまう。
「……エンゼルフィッシュ、可愛いですね」
「そうだな。――って、本当に可愛いって思ってる?」
無理した笑顔で語った神崎。作った笑顔とは違う。心から可愛いと思っているのに、トーンが暗いから、祐介にはそう伝わってしまう。
「思ってますよ」
「じゃあ、あっち行こうか」
祐介はアーチ型の水槽を指差す。アーチ型の水槽には小さい魚の大群やエイ、ジンベエザメ等が泳いでいる。
とっても綺麗な場所だ。
――だが、そこは昔神崎がフラレた場所だった。
神崎は足が
「どうした? 大丈夫か?」
そんな祐介の心配する声さえも耳に入ってこない。無音。
彼女は小刻みに身体が震えている。冷や汗と息苦しさが同時に襲ってくる。現在彼女は真っ青な顔をしている。
神崎のこんな顔、祐介は今までで見たことがなかった。
***
〜回想〜
時は遡り、神崎が高校二年の頃。
彼女は高校卒業したら結婚する、と約束していた彼氏と品川水族館に来ていた。メロンクリームソーダを一つ頼んで、それをカップル用ストローで二人で飲んで。
「美味しいね」
「うん。でも、こういうのは今日でお終いだな」
(えっ……?)
意味深発言に彼女は驚いたが、受け流す事にした。
途中までは本当に楽しかった。
でも、最後に
そしたら――
「ごめん、✕✕✕。別れてほしい」
「えっ!? 何で?」
「怖いから。お前は重すぎるんだよ、愛が」
「私はひろくんのこと、こんなにも好きなのに。愛される努力、沢山したのに」
「そういう所だよ。そういう所がダメなんだ」
「そんなハッキリとダメって言わなくていいのに……」
「調子乗んなよ」
鋭く睨まれ、怖い言い方をする大翔に、神崎は思わず目に涙を浮かべる。
(ひろくんはこんなんじゃない。優しくて、もっとカッコいい。この人はひろくんじゃない。信じない)
どんどん神崎の考えが歪んでいった。
「他人はともかく、俺は犯罪者のお前とは付き合えないから。じゃあな」
(犯、罪者……)
恐らくストーカーとか脅迫とかそういう事だろう。
「ばいばい、ひろくん。ごめんなさい」
その後神崎は蹲り、泣き続けた。
それからというもの、神崎にとって水族館は楽しい場所じゃなくて、傷つく場所に変わっていった。
***
「神崎、大丈夫?」
祐介がそう問いかけると、神崎ははぁはぁ、と肩で息をしていた。苦しそうだ。
「いえ、大丈夫です。心配掛けてしまってすみません。少し、昔を思い出してしまって……」
「過去に何かあったのか? 俺で良ければ聞くよ」
「言いたくありません」
例え信頼している祐介にも教えたくなかった。というか、彼女は他人に弱い部分や悩みを打ち明けるのが苦手だった。
「……そうか」
「でも一つだけ、いいですか?」
「祐介様はわたくしから離れたり、突然いなくなったり、しませんよね?」
「勿論、しないよ」
「その言葉、信じてもいいですか?」
「ああ」
再び、二人は恋人繋ぎをして歩き出した。
神崎は見捨てられ不安が強い。だから、束縛したりもする。それに祐介は耐えられるのだろうか。けど、約束した以上、決して離れられない。
海鼠お触りコーナーに着いた。
これにもお金が掛かるらしい。一回120円なんだとか。
神崎と共に海鼠を触る。
水槽の水はひんやりしていて、気持ちよかった。
「……」
肝心の海鼠は生き物じゃない生き物を触っているみたいで、気色悪かった。とにかく祐介は苦手だ。
「……気持ち、いい、ですか?」
神崎もいまいちな反応を示している。
「俺は気持ちいい、とは思わなかった」
「ですよね。加奈さんの気持ちが分かりません」
(そういやこいつ、加奈と同じ気持ちになりたいって言ってたな)
祐介は腕時計を見る。
もうお昼の時間だ。
「そろそろ、レストラン行くか」
「そうですね」
「あと無理して加奈と同じ気持ちにならなくて、いいんだぞ」
「? 無理してません」
お互い、『加奈と同じ気持ちになる』の意味を正確には理解していなかった。
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