第26話 メイド、水族館に行く
祐介と神崎は夕焼けが綺麗な日に水族館に行く事になった。もし晴れる日がなかなか来なかったら、神崎は学校を休ませてでも祐介を連れて行こうとしていた。
「今日も雨ですね……」
「そうだな」
六月が近いからだろうか。日に日に雨の日が多くなってる気がする。
「てるてる坊主、50個くらい買ってきたほうが良さそうでしょうか」
「50個は買いすぎだろ」
でも彼女のお金なら、買おうと思えば買える。部屋中、てるてる坊主だらけは勘弁。
「まあまあ、それは冗談として。明後日、晴れそうですよ」
「ほんとか!?」
テレビの天気予報を見ると、彼女の言う通り、明後日は晴れとなっていた。喜ぶ祐介を見て、神崎は縮こまる。
「あ、あの、大変申し上げにくいのですが……わたくし、雨女なんです……」
「えっ。ええーっ」
祐介はあたふたする。
しかし、当日雨が降るかなんて、誰にも分からない。もし、雨が降ってもそれは神崎のせいじゃない。雨女雨男なんて、ただの迷信だ。
日は過ぎ、水族館へ行く日――明後日――になった。天気はというと、晴れていた。快晴。
「雨降ってないじゃん」
「これから降るかもしれません」
真顔で宣う神崎。マジだ……。
「不吉なこと言うなよ」
「それと、九時到着ですよね?」
「ぴったりじゃねーけどな」
ここから、品川水族館まで電車で一時間掛かる。ということは、七時四十分にはこの家を出たほうが良い。今は七時二十分だ。祐介は身支度が済み、神崎だけまだ準備をしている。
「カメラ、持ってます! 今日だけの為にお高い高性能なカメラを買いました」
「俺のスマホのカメラじゃダメなのか?」
「……祐介様の、いじわる。せっかく買ったのに。ぷい」
なんかボソボソ言っていたが、祐介には聞こえなかった。
「あとさ、前から気になってたけど、加奈から細かくあの日のこと聞いて、メモなんか取って何がしたいんだよ。メモは持ってくつもりだろ?」
「加奈さんと同じ気持ちになりたいんです」
「同じ気持ち……?」
「はい」
「それって、加奈との思い出を塗り変えようとか、そういうんじゃなくて?」
「まあ、それもありますが。加奈さんと行く水族館より、わたくしと行く水族館のほうが楽しい、と証明させるんです」
(やっぱりまだ、嫉妬してるんだな)
ボーっとしている祐介の肩を神崎が押す。
「では、行きましょう」
そうして家を出た。
電車に乗ると神崎が誘ってきた。
「あそこ、二席空いているので座りましょう」
神崎が指さした席に座る。それは座り心地の良い席だった。
しばらくすると、左肩が重く感じた。すーすー、と静かな寝息も聞こえてくる。横に目を遣ると、神崎が祐介の左肩に頭を乗せて寝ていた。
(どうしたらいいんだ、これ。やべ、ドキドキする……起こしたら悪いし、なるべく動かないようにしよう)
なるべく動かず緊張状態のまま、品川駅まで一時間、彼は耐えた。
「まもなく、品川〜、品川駅に到着します。――お忘れ物の無いよう、ご注意下さい〜」
(よっしゃ、やっと着いた……!)
「神崎、着いたぞ――」
「承知しております。寝たフリです」
神崎は祐介よりも先に席を立っていた。
祐介には何故彼女が寝たフリなんかしたのか、訳が分からなかった。一方彼女は、祐介に触れていたい、という単純な動機から寝たフリをしていたのだった。かなり上手な演技だったと思う。
徒歩数分で品川水族館には着いた。九時ちょうどだった。品川水族館は東京で有名な水族館の一つだ。多くの種類の魚がいて、イルカショーは濡れるけど感動出来て、建物は広い。館内のレストランも美味しい、と評判だし。こんないい場所に神崎と来れて、良かったと思うが……神崎は相変わらずメイド服姿だった。
「おいおい、こんな時にもメイド服なのかよ」
「メイドですから」
「けど、今日は遊びに来てるわけだし。こういう時こそこの前買った、私服を着るべきなんじゃないか?」
「いいですか。わたくしと祐介様は友達じゃないんです。使用人と主、という関係なのです。だから、着れません。分かりましたか?」
なんか言っていて虚しくなってきた。だから彼女は、心の中で訂正した。
(私と祐介様は友達じゃない。恋人です。婚約者です。……だから、友達じゃない……恋人……婚約者……)
反芻する神崎。気づけば鼻血を出していた。突然の鼻血に彼はびっくりし、心配する。
「大丈夫か?」
「ええ」
「写真の場所はこの辺でいいのかしら」
「まあ、この辺だな」
水族館の前で記念写真を撮る。
まずは神崎のカメラで。
祐介一人を撮った後、ツーショットを撮った。
「祐介様、もっと笑って下さい」
「笑ってるじゃん」
「分からないなら、いいです」
神崎は拗ねる。
「?」
「わたくしは祐介様の色々な顔が見たいのです。笑顔、怒ってる顔、泣き顔、寝顔etc.」
「俺は神崎の私服が見たい!!」
「お互い様ですね」
話は終着した。
次は祐介のカメラで。
祐介はツーショットしか撮らなかった。
「ハイ、チーズ!」
カシャッ。
上手く撮れた――と思ったが。
神崎の鼻から血が少し出ている事に気づいた。
「神崎、鼻血引っ込めてくれないか?」
「それは不可能です。鼻血って永遠に出続けるものではなかったですか? 好きな人の前では(ボソッ)」
「永遠に出続ける鼻血とか、こえーよ。ホラーだよ」
結局何度撮っても、鼻血が写ってしまうので、彼は諦める事にした。
「写真撮影はこんな所でいいかな」
「はい。早く中に入りましょう」
祐介は神崎に手を引かれ、館内に入った。
二人が館内に入って数秒後。大粒の雨が降り出した。
帰る頃には止んでいるといいけれど。
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