第24話 メイド、皆でトランプする
加奈達が皿洗いから帰ってくると、既にトランプの準備はされていた。あとはどのゲームで遊ぶか、と景品をどうするか、を決めるだけだ。
「みんな、何やりたい?」
祐介が指揮を取る。
「私、ババ抜き! めっちゃ得意だよ」
確かに加奈がババ抜き強いことは知っている。けど、その隣にいる神崎を混ぜたらどうなるか分からない。なんか楽しみになってきた。
(皆でやるトランプっていいよな)
「わたくしは何でもいいです」
「俺は大富豪がいいな、定番の」
そう健一は言うが、大富豪ってトランプの定番なのだろうか。言われてみると、トランプの定番が何なのか分からなくなる。ババ抜きも定番っぽいし。トランプの定番は沢山あるような気がする。
「俺はポーカーがやりたいな。あ、でもチップ――」
「ありますよ」
当然のように神崎が用意してくれていた。
けど、冷静に考えて三つも出来るだろうか。時間が遅くなる気がする。
そうして大富豪とポーカーとババ抜きで遊ぶ事に決まった。順番は大富豪→ポーカー→ババ抜きの順。時間的にそれぞれ一ゲームずつしか出来ないと思うけど。
「それで罰ゲームとご褒美、どうしよっか」
罰ゲームという言葉を聞き、神崎の顔がピキリ、と強張った。
「罰ゲームは無しだ」
「え? なんで?」
「神崎が泣くから」
(……泣く?)
加奈は小首を傾げる。
「もし祐介様が負けた場合。祐介様が罰を受ける姿など、見ていられません!! 祐介様はただ負けただけで、何も悪いことしてないのに!」
神崎は叫ぶ。
「――というわけだから、罰ゲームは無しだ」
「なんかよく分からないけど、分かった」
「じゃあ、ご褒美は……」
「勝った人にわたくしが千円払います」
「え、でも、神崎さんが勝っちゃったら?」
祐介も同じ事を思った。
「うーん」
彼女は考え抜いた末――。
「おめでとう、の言葉だけでいいです」とポツリと言った。何て謙虚な人なんだ。ヤンデレだけど。
神崎は人に尽くされるのが苦手なのだ。何だか相手に申し訳なく思えてくる。それに自分を価値のない人間だと思っているから。
そんなこんなでルールも決まった。
まずは大富豪。
やはり神崎が優勢だった。もう既に手札は一枚。そのまま神崎が勝ってしまった。
運が強いのか、「縛り」とかを連呼していたせいか。
勝った神崎に「おめでとう!」と言おうとしたら、加奈に止められた。
「もう一回しよ?」
「え、でも、時間が……」
祐介の焦りも虚しく、二回戦が始まってしまった。加奈は負けず嫌いだ。だから、勝つまで何回もやっていると、他のゲームが出来なくなる。
大富豪二回戦目は、今度は神崎が劣勢だった。健一が優勢、その次に加奈。祐介と神崎は手札がわんさか。
――かと思いきや。神崎が巻き返してきた。
「革命!」
「革命!?」
いきなりの逆風に驚いた声を上げる加奈。加奈にとって、この革命は痛かった。
結果、神崎が大富豪になり、加奈は貧民になった。人数的に大貧民はいないから、加奈がビリだ。
「うー悔しい!」
相当悔しいのか、ソファーに顔を埋めて手でバンバン、とソファーを叩く加奈。彼女は半泣きしていた。
次はポーカーだ。
祐介の手札はワンペア。
(ワンペア、か……)
彼は嘆く。ここは無難に賭けない。
今回は珍しく誰も賭けなかった。よって、ストレートだった健一にチップが流れた。
ポーカーは五セットまでする、と決めた。
三セット目。
ようやく祐介に幸運が訪れた。手札はフォーカード。これは誰もが勝てる、と確信するだろう。祐介は限界まで賭けようと思った。
だが、今回は何故かみんな乗り気だった。健一だけ三チップで撤退。加奈は七チップ。祐介と神崎は全チップを賭けた。
いよいよカードを披露する時が来た。
皆、口々に役を告げる。
「俺、スリーカード」と健一。
「フルハウス」と加奈。
「俺は……フォーカード!!」
自信満々に祐介はカードを見せつける。
「凄い」と加奈。
でも――
「まだわたくしの番が終わっていませんよ」
「えっ?」
不気味に神崎は嗤う。
この時、負けるかもしれない、という恐怖が彼を襲った。でも、そんな事があるだろうか。だって、フォーカードの上はストレートフラッシュかロイヤルストレートフラッシュだよ? 何かおかしい、と彼は気づくが違和感の原因は突き止められなかった。
ドクドク、と嫌な鼓動が鳴り響く。
緊張感が高まる中、神崎が見せたカードは――
「ロイヤルストレートフラッシュ」
抑揚の無い声で彼女はそう告げた。確か確率はおよそ100万回に一回とかだった気がする。
(それを今出すか? マジかよ)
何かこの先、不幸が降り注ぐような気がして祐介は不安になった。
そして、チップは全て神崎に掻っ攫われた。
裏で神崎はニヤリと嗤う。
(イカサマ成功)
これがイカサマだったとは誰も気づかず。
そのままゲームは続けられた。
最後の五セット目。
神崎はツーペアだった。彼女は祐介からはこの上無いくらいチップを貰った。健一はあまりチップを賭けない。狙うは加奈だった。彼女から根こそぎチップを奪えば。完全勝利になるに違いない。
後は巧みな心理効果を使って、相手を撤退させるのみ。さっき強いカードを出したから、相手に(今回も強そう)と思わせて、レイズを躊躇させる作戦だ。
ツーペアで勝てるわけないから、そこはポーカーフェイスで頑張る。
今回も早くも健一は撤退。祐介は賭ける気力がなくて、健一と同じタイミングで撤退。フラッシュだったけど。もう彼は全てがネガティブに思えてくるのだ。
なので、残るは加奈と神崎。
因みに加奈の手札は祐介と同じフラッシュ。なかなかに強い。
「レイズ!」
「レイズ」
次々とレイズコールが鳴る。
加奈は
「わたくしが勝ちますわよ、オーホッホ」
だいぶ怖い。
(どこまで賭けるの? 、この子)
神崎は本気になってきた。
そして彼女なりのポーカーフェイス――睨みが発動した。神崎は凄い形相で加奈を睨んでいる。
(ポーカーフェイスって睨むものだっけ?)
「どうですか? 、祐介様。ポーカーフェイス出来てますか」
「なんか怖いけど、出来てる」
表情を崩していない、という点では出来てると思う。相手に威圧も与えているから、
「次レイズしたら殺す」とでも言っているようだ。
(神崎さん、怖い……もうこれ以上、睨まれたくないから、おしまいにしよう)
神崎の睨みに流石の加奈も怯み、お手上げした。
「それでは、わたくしの勝ちですね」
「ツーペアです」
「ハッタリでしたか……」
(レイズしてたら勝てたのに)と彼女は悔しがる。
こうして、ポーカーフェイスというよりモラハラ的な勝ち方で勝利した神崎だった。
本当にお金は貰わず、「おめでとう」の言葉だけで満足する神崎。そういえば、この前二人でトランプした時のご褒美はキスだった。今回も彼女は何か求めてくるのかな。無条件でここまで勝とうとしてるとは思い難い。それとも本当に神崎が強いだけ? 手加減とかしているのだろうか。
そして最後にババ抜き。
「こいつ、めっちゃ強いから気をつけたほうがいいぞ」
「え、祐介くん、神崎さんとババ抜きやった事あるの?」
(さっきから祐介くん呼びが気になるな。照れくさいような。絶対神崎の仕業に違いない)
「ああ」
「それって私より強い?」
「戦ってみないと分からないけど、神崎は人の心を読んでくるから。トランプの裏が視えるらしい」
「え! 凄い! 超能力者じゃん!」
(そこはズルくない? って返す所じゃ……)
でも、そこまで神崎は狡くなかった。
「わたくしは祐介様の心しか読めません」
事実。祐介、圧倒的不利。
「……」
言葉を失う祐介。
そこまで都合の良いことがあるのだろうか。
(でもローテーションを変えれば――)
人の順番を健一→神崎→祐介→加奈→健一の順にした。
「これでわたくしの勝率は百%下がりましたね」
「何で順番変えただけで負け確定なんだよ」
それは多分、神崎の冗談だ。
そうして、ババ抜きが始まる。
最初にババを持っていたのは祐介。本当に運の無い男。
加奈は強いので、なかなかババを引いてくれない。そうして加奈は、一位抜けしてしまった。やはり強者だ。加奈が抜けると、自動的に祐介のカードを引くのが健一になった為、健一がババを引いたりで、結果二位神崎、三位祐介、四位健一となった。
加奈が勝ったので、加奈には千円が渡された。
ゲーム自体は終わったが、非常に興味深い戦いを見たくなった。
「ババ抜き得意な者同士、加奈と神崎で戦ったらどうだ?」
「いいですね」
神崎は乗り気だ。
「勝ったら祐介くん、千円ちょうだいね!」
「それはダメです。祐介様は一円たりとも払ってはいけません」
「じゃあ、これでいいんじゃない? 神崎さん、祐介くんの呼び名をゆーくんにしても……」
「うーん」
一頻り考えた末。
「まあ、いいでしょう」
神崎が珍しく折れた。
だから、これから本気の戦いが始まる。
神崎に褒美は無しで、加奈の褒美は祐介の名前を「ゆーくん」呼びに直せるという。
男子二人は静かに戦いを見守る。
最初、加奈の手元にババがあった。
だから彼女はババを引かせる為に、視線を右にしたり、山のようにカードを一枚目立たせたり、シャッフルしたりした。
加奈は全く表情を崩さない。目を泳がせたりもしない。
(ダメだ。全然読めない……)
(もう適当に一番右で)
神崎は一番右――ババ――を引いてしまった。
(あーやっちゃった)
二人だから顔に出ても意味は無い。
けど、ここからが神崎大苦戦だった。
加奈は全くババを引く気配がないのだ。
一枚ずつ着実に手札を減らしていく。
やばい。負ける。
神崎はそう焦った。
(ねえ、この子全然ババ引かないんだけど。どうして? どうしてこんなに強いの? 引いて。お願いだから……)
カードの枚数が2:1になった時。
加奈はババを引かなかった。よって加奈が勝利した。
神崎の言う、祐介の心しか読めない、というのは本当だったようだ。
そして加奈は人一倍観察力が鋭いのかもしれない。イカサマはしてないようだが、加奈はババ抜きが強かった。
「ゆーくん呼び」が出来る事に彼女は喜ぶ。
「ゆーくん、凄いでしょ! 私、神崎さんに勝ったよ」
加奈は笑顔でピースして、自慢する。
「わたくしは悔しいです……勝負ごとで負けたのは、これが初めてです」
「そうなのか」
しょぼん、とする神崎に祐介は元気づける。
「でも、大富豪とポーカーは勝っただろ? 充分凄いって。あと、本当にご褒美要らないのか?」
神崎が無目的で勝つ、とは思えなかった。何かしらの理由があるのでは、と彼は思った。神崎はそういう性格ではないけど、今回ばかりは何も求めてなかったのかもしれない。それは本人にしか分からない。
「ご褒美は要りません。もう最高のご褒美を貰いましたから」
神崎は水族館のチケットをひらひらさせた。
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