第23話 メイド、怒られる
別室にて。
加奈と神崎は対面する形で立っていた。何故、椅子があるのに座らないのか分からない。すぐ包丁を出せる為とかだったら、怖いなあ、と祐介は思ってしまう。けど、その予想は残念な事に当たってしまう。
「ごほん。本当に加奈さんは祐介様に微塵も恋愛感情を抱いていないのですか? わたくしは男女の友情など、あり得ないと思っています」
「神崎さんはそういう考えなんですね」
この冷静さが返って神崎の神経を逆撫でさせる。
「普通好きでもない男と二人きりで水族館に行きますか? 小学生といっても五年生でしょ? 思春期真っ只中じゃないですか。どうして、二人きりで行きたいと思ったんですか? あり得ません、死んでください」
最後の言葉は余計だ。
けど加奈はこの質問にも冷静に応じる。
「さっき言った通りです。しつこいです」
加奈も若干怒っている。
「神崎さんは私が長い間、祐介くんのそばにいる事が羨ましいだけですよね? 今の貴方はかなり醜いです。きっと祐介くんもそんな貴方に疲弊しているはずです。私が祐介くんの友達を辞めたら貴方は清々しますか? 違うでしょう」
「あなたに祐介様の何が分かるんですか? あなたみたいなゴミが祐介様を憶測で語らないで下さい。不愉快です」
神崎はゆっくり、ゆっくりと加奈に近づく。狂気に包まれているので、流石の加奈も怖がる。けど、大丈夫だ。健一と祐介が守ってくれるから。
「ええ、羨ましいです。幼少期のあなたに生まれ変わりたいくらい」
そーっと彼女の手が加奈の首元に伸びていく。
「首、絞めたら殺人未遂罪で捕まりますよ?」
「分かってます」
一方、扉の外では。
「健一、キッチンに行ってくるからここにいてくれないか」
「え! 何でキッチン?」
「包丁があるか、確かめてくる」
「???」
健一には分からない。
祐介は神崎が包丁を持ち出していないか、確かめたいのだ。もし、加奈が刺されたりでもしたら、洒落にならない。
扉は鍵が掛かっていないので、いつでも入れるようになっている。
――祐介がキッチンに行くとあるはずの包丁が無かった。
(やっぱり……)
さっき会話が聞こえてきたが、神崎に疲弊しているのも事実だった。けれど、それと同時に神崎と一緒にいると楽しいのも事実だった。だから、祐介は決して神崎のことが嫌いなわけではない。
健一と合流する。
良かった、まだ加奈は無事なようだ。
「――イルカのストラップを故意に壊したのも貴方。私の連絡先をブロックしたのも貴方。いくら羨ましいからってやっていい事にも程があります」
「しょ、証拠はあるんですか?」
「祐介くんから聞きました。バーニャカウダの作り方を調べたい、と貴方がお願いして、スマホを貸したら、私の連絡先が無くなっていた、と。それにイルカのストラップは落としただけでは壊れません」
論破されて神崎は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。バレる事も想定していた。けど、もう言い訳は出来ない。だから大人しく観念することにした。
「ええ。わたくしがやりました」
静かに神崎はそう告げる。
「やっと認めてくれるんですね。貴方はこんな事をして、一体何がしたいんですか?」
「わたくしは祐介様に近づく女は全て
彼女は持っていた包丁を振りかざす。
加奈の「ヒッ」という悲鳴が聞こえ、祐介と健一は部屋へ突入する。
「あら、いたんですね」
「神崎、今すぐ包丁を下ろせ」
祐介が命じる。
彼女はそれを聞かなかったので、健一が力ずくで奪った。
「加奈、大丈夫か?」
健一はすぐさま加奈に駆け寄る。
「うん、平気」
その表情は無理しているのが窺える。本当は「怖かった」って泣きたいのだ。
「神崎は落ち着けよ。二人とも喧嘩はやめよう」
「あの女がわたくしの祐介様を取るのがいけないんです」
「取っていません。勘違いはやめて下さい」
「まあまあ」
祐介が制止しても、二人は睨み合っている。
「何で祐介様は加奈さんにストラップをあげたんですか? 好きでもないのに」
「思い出作りの一環でもあるけど、あの日は加奈の誕生日だったんだ。だから、ちょっとしたプレゼントだよ」
加奈は、え? という顔をする。何故かと言うと、水族館に行った日は加奈の誕生日じゃないからだ。けれど、その嘘が神崎にはしっくりくるんじゃないか、と思ったから。
「そうだったんですね」
神崎は納得した様子。
「もう危険な話し合いはやめて、皆でトランプでもしようぜ」
そう健一が口火を切る。
「いいな! そうしよう」
一同頭を冷やした所でリビングに戻る。
昼食は食べかけだった。残りを皆、無言で食べる。食事が済むと祐介たちはトランプの準備をする。
その間に女子は皿洗い。
しばらくはお互い無言だったが、皿洗いが終わる頃に加奈が口を開いた。
「――そんなに羨ましいなら、今度祐介くんと二人で水族館に行けばいいじゃないですか」
「へっ!?」
神崎は硬直する。
一応、行こうとは思っていた。けど、チケットは? それに加奈からこんな発言が出た事にびっくりしていた。
「チケット、あげます。二人で仲良く行ってきてください」
これに対し、彼女は一歩、二歩下がる。
(あり得ない。この女は何を考えているの? 分からない。本当に祐介様のことが好きでは、無い……?)
神崎は優しくされる事に慣れていなかった。敵だと思っていた人から、嬉しいことをされる。神崎の理解が追いつかない。
「え、いいんですか。ありがとうございます」
神崎は加奈からチケットを受け取る。ちゃんと二枚分あった。この時の為に事前に買った、若しくは取っておいたのだろうか。これは加奈の計算なのだろうか。そうだとしたら、凄い。
「あと、はい。ピンクのイルカのストラップです。煮るなり焼くなり好きにしてください」
これを受けて神崎は。
「ごほん。いえ、頂くのはチケットだけでいいです。お返しします」
神崎の考え方が変わったようだ。
「皿、全部拭き終わったので。私はこれで……」
「手伝って下さり、ありがとうございました。あと――」
「加奈さん、ごめんなさい。もうしません」
頭を深く下げて、謝る神崎。
「いいよ」と言う代わりに加奈はこう告げた。
「応援してますから」
途端、神崎の顔が茹でダコのように赤くなる。
(加奈さんは敵じゃなかったんだ……)
祐介家に平穏が戻った瞬間だった。
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