第3話 メイド、料理を振る舞う
五月。
暖かな風が肌を通して伝わり、気持ちが良い。そんな過ごしやすい季節のことだった。
「本日よりご主人様のお世話を担当させていただく、メイドの
一人暮らしをしていた
腰まで到達する程の長い黒髪。クールなのにどこか可愛らしい、猫のような栗色の瞳。背は少し高めだった。ピンクと白のメイド服に身を包み、笑顔を見せている。
(良かった、本当に来てくれたんだ……)
実は内心、メイドなんて本当に実在するのか? と半信半疑だった。何せ初めてのことだから。
神崎は家の中へと入る。
「それではわたくしは何をすればいいのでしょうか。して欲しい事があれば、遠慮せずにわたくしに仰ってください」
「家事全般よろしく頼む」
「承知致しました、家事全般ですね」
神崎は家の中に入りすぐ、渋い顔をして呆気に取られていた。彼女は下を見つめている。視線の先は散乱したモノたち。
モノは左右に分けられ、足場はあるが、完全にゴミ屋敷を表していた。
「……」
「どうした? 神崎」
「まずは部屋のお掃除からしましょうか」
「足場、作っといたんだけどダメか?」
「ダメです」
「せっかく頑張って足場、作っといたのに……」
しょぼん、としていると彼女が頭を撫でてくれた。優しくふんわりと。
「偉いです、ご主人様」
ふふ、と神崎は微笑み、ほんの数十分でモノは片付けられ、掃除機までかけられた。
これが天才メイドの実力ってやつだ。
「ご主人様、終わりましたよ」
「サンキュー」
彼は綺麗になったフロアに感動していた。だが、祐介の部屋や脱衣所やクローゼットなど、まだいくつか掃除が行き届いていない箇所がある。
次に神崎はそそくさと台所へと向かった。昼食を作る為だ。
「何かご希望のメニューなど、ありますでしょうか」
「そうだな……カップラーメン」
流し台に散乱するカップラーメンの紙のカップたち。無造作に捨てられた大量の割り箸。メイド神崎は何かを悟った。
「ダメです! こんな不健康な食生活を続けていたら、ご主人様が病気になって死んでしまいます」
「ご主人様の苦しむ姿や死にゆく姿など、わたくし、見たくありません!!」
「ご主人様が死んでしまわれるのなら、わたくしも後を追って死にます」
すると、神崎は包丁を自分のほうへ向けた。
「おいおいおい。何してるんだ。わけ分かんないけど、ごめんって!」
「ご主人様も一緒に死にますか?」
今度は祐介のほうへと包丁を向けてきた。
祐介の怖がる顔を見て、神崎は包丁を下ろした。
「こほん。ですので、このような食生活はいずれ底をつきます。だから、今日からわたくしがご主人様の為に美味しいご飯、作ってあげますね♪」
「本当にありがとう。お前を雇って良かったと思ってる。健康って大事だもんな」
(私がいないと生きていけない? なんか好きっ)
彼のセリフを都合よく脳内変換してしまった彼女は顔を赤らめた。
今日の昼食は冷蔵庫にある食材の有り合わせになった。
祐介はソファーに座って、料理が出来上がるのを待つ。遠くからキャベツのみじん切りする音が聞こえてくる。
丁度腹が減っていたのだ。有り難い。
切る音だけでも食欲がそそられる。
食事が出来上がり、神崎と共に昼食を
「ご主人様。料理のお味は如何でしょうか」
「すごく美味しい。ありがとな」
かああぁ、と神崎の顔が赤くなる。
彼女のポリポリ、と頬を掻く仕草に祐介は思わず可愛いと思ってしまう。
料理を半分くらい食べ終えた頃。今度は、彼女が何故かもじもじし始める。祐介の顔を見ては逸らすの繰り返し。
「……あの、大変言いにくいのですが、ご主人様のお顔、端正で美しいですね。制服も似合ってて、素敵です」
唐突に主を褒める神崎。
(それってつまり、俺がイケメンだってことか? 嬉しいな)
祐介は褒められてご満悦な様子。
彼の顔は元から整っているのだが、実は「似合ってる」と言われたシワの無い制服には秘密があった。
一時間前。
祐介は慌てていた。
服もちゃんとした服を着ていなかったし、身の回りのことも何も出来ていなかった。来客が来るのに。
「どうしよ。メイドっていつ来るんだろ」
今日中に来るとは言っていたが、時間までは聞いていなかった。早朝に来るかもしれないし、昼時に来るかもしれないし、何なら夜遅くに……否、来るかもしれない。
ちなみに今の時刻は午前の10時。早朝説は消えた。となると昼時――
「ピンポーン」
インターホンが鳴る。緊張感が高まる。
「はーい」
「宅急便です」
(はっ。驚かせやがって)
荷物を受け取り、対応が終了した。
そして再び慌てだす祐介。
「さすがにTシャツだとまずいよな?」
彼のTシャツには穴が空いていたし、人に見せられる格好ではない。
何か着れる服が無いかと部屋を見回す。
――ふと、ハンガーに目がいった。
ハンガーには入学式で着た以降、一度も着ていない制服が掛けられていた。親との思い出が沢山詰まっていて、なかなか袖を通すことが出来なかった。
(これだ!)
祐介はハンガーから制服を取り、着てみる。
鏡でも確認する。サイズもぴったりだったし、これなら人に見せても支障なさそうだ。
髪も
「ふぅ……疲れた」
部屋から出て、廊下に行くと床に――
空き缶やプリント、使わなくなった両親の椅子、壊れたラジカセやミニテレビなど、色々なモノが散乱していた。
「あああああぁー!」
一難去ってまた一難。
取り敢えずモノを左右に分け、全フロアの足場を確保した。でもこれで問題が解決したわけじゃない。あくまでその場しのぎだ。
何とか人を招く上での必要最低限の準備を終えた。
ボーっと散乱していたモノを哀愁漂う目で見つめていた時に、ようやく神崎が現れた。
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