第七話 無法国家ロッドギール


 南方に馬を走らせること四日。スイセイ達はロッドギールの国境を超えた。

 無法国家というだけあって、ロッドギールには外壁がない。そのためどこからどこまでがロッドギールの領土かを正確には誰も知らない。

 ではどうやってそれを判断するのか。それはロッドギールにのみ生息する植物によってである。

 スイセイはチラリと横を見る。横たわる牛の死骸の隣に白色の花弁に紫色の茎をした怪しげな花を見つけた。

 大気が汚染されているこの時代に花を咲かす植物は非常に珍しい。そしてこの白色花弁の花こそロッドギールにのみ生息する植物──『ロッドフルール』なのである。

 スイセイがロッドフルールを眺めていると、先頭で馬を走らせていたセリが馬から降りる。


「何かあったのか?」

「敵襲ではないよ。ただね、毒を扱う者として珍しい毒草を目の前に並べられると、どうしても我慢が出来なくてね」


 セリは恍惚とした表情でロッドフルールを採取する。

 有名な話だがロッドフルールには象すらも瞬殺する程の猛毒があるのだとか。

 『ポイズン・ボマー』と名高いセリには、群生するロッドフルールはまさに据え膳だろう。

 セリが満足するまでロッドフルールの採取に付き合うと、一行はロッドギールの中心部へ向けて再び馬を走らせた。


 ▼


 ロッドギールの国境を越えてしばらくすると、道の脇に家が並ぶようになる。

 それは道を進むほどに多くなり、ハリボテの門を潜ると、そこにはバハラ大国の首都のように家々が所狭しと建ち並んでいた。

 スイセイ達は馬から降りると、ぐるりと街の様子を見回した。

 道沿いに並ぶ家は窓が割られ、壁はカンバスと勘違いされたのか、ペンキで書かれた落書きに埋もれている。

 ゴミはそこら中に落ちており、所々に血痕のようなものも見られた。


「評判通り最悪なところみたいだね」

「全くだ。住人も悪人面のやつしかいねぇぜ」


 ミュリファとグレンが口を揃えて言う。

 確かにグレンの言う通り、道沿いで露店を開く男は顔に大きな傷を負っている。また、家と家の間の路地からはカツアゲのような怒声が響いていた。女は露出の多い服で男を誘惑し、子供は食い物屋の周りで飢えた目を光らせながら屯する。

 心做しか野良猫の目でさえも犯罪者のそれのように見えた。


「確かに見た目は最悪だ。けど、外観で物事を判断するべきじゃない。この国のことはゆっくり調べよう」

「ゆっくりったって、腰を落ち着かせる場所もねぇところだぜ?」

「宿くらいあるだろう?」

「その宿はどうやって見つけるんだ」

「住民に聞けばいい。簡単だ」


 スイセイはそう言うと、馬をコノトに預け、路地の手前で突っ立っている男の元へ向かっていった。

 ケンヨウが慌ててスイセイを止める。


「おい、待て待て。お前、あの男になんて尋ねるつもりだ?」

「普通に"宿はどこですか"と……」

「はぁ……。これだから正直者は損をするんだなぁ」

「バカにしてるのか?」

「いんや、尊敬してんのよ。──それより、無法者との交渉なら俺に任せろ。こう見えてガキの頃はスラムで育ったからな」


 ケンヨウはスイセイを仲間の元に戻すと、改めて男の元へ向かった。

 ケンヨウが近づくと、男の方も彼に気づく。男は清潔な格好をするケンヨウを見て、不機嫌そうに眉を潜めた。


「他所もんがオレの何の用だ?」

「そうつっけんどんな態度を取るなよ兄弟。ちょいと聞きたいことがあるんだよ」


 ケンヨウは言いながら、男に銀貨を数枚握らせる。男は驚く様子もなくそれを受け取ると、先程までの不機嫌な態度が嘘のように、紳士的な笑みを浮かべる。


「へへ、それで何が知りたいんだ?」

「宿の場所を聞きたい。安くても高くても構わないが、厩戸があると嬉しいな」

「あぁ、それならこの中央街道を真っ直ぐ行った先にある『ビルン』って酒場を右に曲がった先に『雉の宿り木』って宿がある。そこがいいぜ」

「ありがとな兄弟」


 ケンヨウがプラスで銅貨を一枚渡すと、男は満足そうな顔をしてその場を去った。

 話が終わったのを見て、スイセイ達がケンヨウの元へやってくる。


「金を握らせて情報を聞き出すなら俺にも出来たぞ」

「違う違う。こういうのは最初が肝心なんだよ。リーダーの場合は交渉が上手くいかなかった時に、次点でやむなく金を出すだろ? そうじゃなくてこういう無法地帯では相手の信頼を買うのにまず金がいるんだ。交渉はその後」

「なるほどな」


 スイセイは今後のために無法地帯での交渉術を頭の中に叩き込んだ。何せこのスキルはこの先幾度も使いそうな予感があったからである。


「それで、宿の場所は聞けたんですか?」


 セリがケンヨウに尋ねる。

 全員の視線が集まる中、髭面の男は下品な笑みをひとつ浮かべた。


「バッチグーよ。『雉の宿り木』って宿だ。早速案内するぜ」

「あぁ。よろしく頼んだ」


 そうしてスイセイ一行はケンヨウの案内の元、『雉の宿り木』に向かっていった。

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