第六話 迂回の先にある不安


 盗賊たちが建てた小屋の中。ソファに寝かされたスイセイはミュリファの手によって治療を施されていた。

 彼女は様々な魔法を使うことができ、中でも治癒魔法は彼女の得意とする魔法のひとつだった。


「スイくんはいい加減、怪我のしない戦い方を覚えてよね」

「すまない。怪我をしてもミューリが治してくれると思うとつい……」

「それは嬉しいけど、治癒魔法は多少なりとも寿命を縮めることを忘れないでよね」


 ミュリファは釘を刺すようにそう言うと、応急処置程度で治癒魔法を止め、後は消毒や包帯などで手当てをする。

 スイセイが魔法に頼らない治癒を受けていると、外の偵察に出ていたケンヨウとセリが戻ってくる。


「どうだった?」

「ダメだな。氾濫した川が完璧に道を塞いじまってる。流れも早くて、あそこを強引に渡るのは自殺行為だぜ」

「ここは素直に迂回するしかないか……」


 ミュリファの治療が終わり、スイセイは席を立つ。

 自分の荷物から地図を引っ張り出すと、全員が見られるようにテーブルの上にそれを広げた。

 スイセイが指先で地図の一点を指し示す。


「今俺たちはだいたいこの辺にいる」

「川は南東から北西にかけて流れていた。丁度俺たちの進行方向を遮る形だ」

「となると、南に抜けるのが妥当だな。そちらの方向は……」


 スイセイは地図を南に辿っていき、そこにひとつの国を見つける。

 地図に記された国名を見て、彼は僅かに眉を潜めた。


「ロッドギール……」

「うげぇ、マジかよ」


 スイセイが国名を口にすると、グレンが心底嫌そうな顔をした。

 スイセイも内心で彼に同意した。

 地図を取り囲む全員が苦い顔をしていると、あまりピンときていないコノトがスイセイの袖をちょんと摘んだ。


「そこ、何かあるの?」

「そうか、コノトはこういう事に興味が無いもんな」


 スイセイはコノトの事情を把握すると、ロッドギールについての説明を始めた。


「ロッドギールは小国だ。規模でいえばバハラの首都よりも小さいだろう」

「それ、ほんとに国なの?」

「よく言われるよ。果たしてロッドギールは国なのか、とね。──無理もない。何せそこは国とするには小さすぎる上に、玉座のひとつもないんだから」

「玉座がない?」

「王様が居ないんだ。玉座を置いていたって意味が無いだろう?」


 スイセイが皮肉を交えて答える。

 彼の回答にコノトは半分ほど理解したといった表情を浮かべていた。

 彼女の様子を見て、ケンヨウが話者を交代する。


「コノトは無法国家ってのを聞いた事はないか?」

「ある。法が無いせいで荒くれ者が沢山住んでる国のこと」

「そう。ロッドギールはまさにそれだ。盗みも攫いも殺しだって許される。犯罪者にとっての楽園みたいなところだな」


 ケンヨウはそこで言葉を区切ると、今度はスイセイの方に目をやった。


「もしロッドギールに行くってんなら注意しな。あそこは終戦前から王が不在の国だ。戦争が終わると同時に王が死に、民衆の生活が一変した国々とは訳が違うぜ」

「あぁ。恐らくだが無法国家ロッドギールは健在だ。今も昔も変わらず犯罪の絶えない地獄だろう」


 しかし、とスイセイは言葉を続けた。

 彼は部下の顔をぐるりと見回すと、首に掛けた懐中時計を拳で握った。


「俺たちは一刻も早く大和国に帰らなきゃならない身だ。こうして雨宿りをしている今も故郷は失われているかもしれない。俺たちは立ち止まる訳には行かない。遠回りすることも許されない」


 スイセイが再び部下の顔を見渡す。

 そこに並ぶ色とりどりの瞳の中にはスイセイへの忠誠が映っていた。スイセイの決めたことに従うと、そう瞳が告げていた。

 スイセイは彼らの決意を受け取ると、覚悟を決めて頷いた。

 ポケットからペンを取り出し、地図上のロッドギールに印を付ける。


「我らレディーレの新たな目的地はロッドギールだ!」

『了解!!』


 スイセイの決定に部下たちは一切文句を言わずに敬礼をした。

 彼らの美しい瞳を見渡したスイセイは、最後にもう一度地図上に付けられた印に目をやった。その下に書かれた嫌悪感すら抱く国名。


「何事もなければいいがな」


 スイセイは小さく呟くと、地図を丸めてバックに仕舞う。

 ふと、小屋の窓から外を見やると、大地を侵食する雨は既に上がっていた。

 灰色の雲間から覗く太陽はスイセイ達の新たな旅立ちを嘲笑うように照っていた。

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