一週間後に引っ越しをして●●になる彼女と想い出作りをする話

尾岡れき@猫部

8/8(火)⛅️

「お隣、失礼♪」


 突然、声をかけられる。

 最初、僕に声をかけられたと、思いもしなかった。


 鼻歌まじり。申し訳なさそうな素振りはまるでなし。

 パラッパラッ。

 本の頁がめくられる音。それから、書き物をするカリカリッという音。静かにしよう、息を潜めようと意識した息遣い。いつもの図書館、いつもの風景。

 しかし、相席を希望してきたその声はあまりに無頓着だった。


「笹倉……?」


 笹倉希良々ささくらきらら

 髪を茶色に染め、ブラウスの第一ボタンははめられることはない。リボンタイはいつも、ゆるゆるで。


 クラスメートでそれなりに面識はある。でも、日常的に会話をする間柄でもない。クラスでもムードメーカーの彼女は、学内で常に声をかけられている。かたや、内向的な僕は図書館でこうやって過ごすのが日課で。夏休みに宿題が片付けば、本を漁ろうと思っていた矢先。

 明らかに陽と陰。相反している二人だった。


「ねぇねぇ、がっ君」


 そう声をかけられて、思わず僕はむせ込みそうになった。図書館利用者、複数視線が僕らに注がれ、慌てて頭を下げる。ちなみに、鷹橋學たかはしがく――それが僕の名前だった。


「あらあら」


 前向かいのおばさんが、微笑ましそうに笑っている。


「図書館ではお静かに、だよ」


 僕は小声で囁いた。


「がっくん、ししゃさんみたいだね」

「それを言うのなら司書さんね」


 小声で言い返す。


「……それにしても、まだ【がっ君】呼びかよ」

「ん? 悪い?」


 無邪気に、そんなことを言ってくる。


「……だって、文化祭でちょっと手伝ったぐらいで。そんな昔のこと――」


 高校生がおじさんクサイと思われるかもしれないが、それぐらい笹倉とは、接点が無かったのだから仕方ない。


「ちょっとじゃないよ? 私はすごく嬉しかったんだけどね?」


 笹倉は、ノリで文化祭の実行委員になった。そこまでは良かった。でも、問題はその後だ。陽キャグループ達は、無責任に任された仕事を放棄していく。意外にも笹倉も同調するのかと思ったが、彼女は一人でもやり遂げようとした。実行委員でもないくせいに、余計なお世話をしたのが僕というワケで。


(……今、思い返しても恥ずかしいしかない――)


 不器用な笹倉を放っておけず、気付けば手を差し伸べた。そんな些細な理由だった。

 結局、笹倉とはそれ以降、何のコンタクトもとらなかったワケだけれど。

 LINKのIDを交換したからといっても、現実はラブコメのようにはいかない。


 結局、住む世界の違う人達は、いつまでたっても交わることはない。それが、僕の学んだことだった。


「……がっ君は何をしているの?」

「夏休みの宿題」


 ボソッと言う。あの、笹倉――?


「お前、ちょっと近くない?」

「え? だって、お静かになんでしょう?」


 言うことはもっとも。でも、耳朶の近くで息を吹きかけるように囁くの、それ反則だから。しかも何事もないように言ってくるのだから、陽キャって生き物は本当に恐ろしい。


「お前は宿題やらなくて良いのか――って笹倉なら、もう終わっているか」


 意外に頭が良い子なのだ。それなのに、天狗にならないし。優等生っぷりがまるで鼻につかない。普段のちょっと、抜けた言動と相まって、笹倉希良々の人気は男女ともに高い。

 と、その笹倉は俺の質問に、困ったように頬を掻いた。


「んー……」

「なに、どうしたの?」

「それが、がっ君の所に来た理由なんだけれどね」

「は?」


 笹倉は言い淀む。と、意を決したかのように、また俺に距離を埋めてきた。

 耳に、唇が触れるんじゃないかと思うくらい、その距離が近い。

 笹倉の髪が、俺の頬をくすぐる。




「私、引っ越しをすることになって。この夏の想い出、作りたいって思ったの。がっ君、手伝ってもらっても良いかな?」


 唐突すぎる、告白。

 その言葉に理解するのに、さらに数分、時間を要したのだった。





■■■





「図書館はイチャつく場所じゃないんですけど?」


 司書のお姉さんから、イエローカードを突きつけられるの――あんまりだと思う。


 言い訳する余裕もなく、図書館から追い出されてしまったのだった。

 後で聞いた話では、司書のお姉さんは彼氏さんと喧嘩をして、虫の居所が悪かったらしい。


(理不尽っ――!)


 後日、僕の心の叫び。

 声に出さなかっただけ偉いと思う。誰も褒めてくれないから、自分で褒めた。


 外で鳴く蝉と、ぐんぐん上昇し続ける気温、そして――。



















「ありがとう、がっ君」


 もう僕が引き受けたと勝手に勘違いして、安堵の笑みを漏らす笹倉。

 暑さに、つーと頬を汗が流れた。


 感情が整理できない。


 (……笹倉が転校してしまう?)

 そう考えただけで、血の気が引く。


 もう、なにもかもが。

 あまりにも――理不尽だった。

 

 

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