うたた寝の魔術

ライリー

[読切]

 今日はよく晴れた7月10日だ。

 クウィントン博士が珍奇な手紙を見つけた。

「クウィントン博士へ。

来る××23年7月14日、

うたた寝の魔術がやってくる。

当日タチナワ公園に集合すべし。」

クウィントン博士は変に思って、学校の授業でそれを話した。学生たちはどよめいた。

「きっといたずらさ。」

「でもなぜクウィントン博士にいたずらを?」

「タチナワ公園なんて聞いたことないな。」

「居眠りの魔術なら僕知ってるけど。」

「まあまあみなさんお聞きなさい。」クウィントン博士は言うと、急ににやりとして続けた。

「先生はな、うたた寝の魔術というのは実は宝のことじゃあないかと思うのだ。校長に聞けば、報酬もはずむだろうという話だ。私はその日タチナワ公園に行こうと思うのだが、一緒に行きたい者はいるか?」

学生たちは皆わあわあと手を挙げた。

「ただし学生に報酬を与えるわけにはいかんがな。」

学生たちはがっかりして次々手を下ろしてしまったが、一人だけ手を下ろさない者がいた。すこし内気で本が好きなエチゴくんだ。

「それだけ価値のあるものなら、一目見てみたいと思うのです。」

「よく言った。他にはいないか?なら決まりだな。それでは、ええと、明日から私は休みをとるから、皆各自で勉強するように。」

(本当は博士サボりたいだけなのかな。)

「これ、聞こえているぞ。はっはっは。」


 今日はどんより曇った7月13日。

 クウィントン博士とエチゴくんはリュックをしょって、人通りの少ない畦道を北にずんずん歩いていた。冷たく透き通った風が、振り子のように顔に吹き付けた。エチゴくんが聞いた。

「タチナワ公園とはどこにあるのですか。」

「ここをずっと進んだメバチ町にあると聞いたが、具体的な座標はお役場で聞くつもりだ。」

「うたた寝の魔術がやってくるのは何時でしょうか。」

「うたた寝というからには昼じゃないか。だから今日中に場所を突き止めたいものだ。」

「先生は実はうたた寝の魔術の正体をご存知なのでは?」

クウィントン博士はそれには答えず、フフと笑うだけだった。

 さらにずんずん歩いて行くとメバチ町が見えてきた。前に現れた褐色コートの男が親しげに挨拶してきた。クウィントン博士は会釈して言った。

「お早うございます、クワタ先生。」

「何がお早うだ、ハハ。君も公園に行くのか?があたっちょう、なんてな。ハハハ」

「先生、この人は中々面倒な性格をしていますが、お知り合いですか?」

「クワタ先生とは研究を共にしたことがあるのだ。だからもしやクワタ先生にも手紙がと思っていたんですよ。」

「おおそうだ、僕も君が同じ手紙を受け取っただろうと思ってたよ。内容は、

『クワタ博士へ。

来る××23年7月13日、

居眠りの魔術がやってくる。

当日タチワナ公園に集合すべし。』だろう?」

「居眠りをするのはクワタ先生のことでしょう。」

「君もうたた寝してたがな。ハハハハ」

博士二人がくっだらない話をしている時、エチゴくんは難しい顔をしていた。やがてこういった。

「クワタ先生、手紙の内容はそれで確かですね?」

「おお、君はクウィントンの教え子だね。そうだ。居眠りでなくてうたた寝というのと、タチワナでなくてタチナワという以外はな、ハハハ」

「ではお二人の手紙は日付が1日違いますね。」

「なに。誠か、クウィントンくん。」

「ええ、しかしクワタ先生が読み違えたのでは。」

「いや、確かに13日だが。ええい、今日は曇っていて時間がわからないな。おうい、店主。」

うねった模様の妖しげな骨董品の店から、眼鏡をかけた店主が現れた。

「なんぞ御用です、こんな時間に。」

「我々はその時間が分からんのだ、今何時かね。」

「今でしたら8時でございます。」

「そんなばかな、さすがに日が落ちてはいまい。」

「いえ、朝の8時でございます。」

クワタ博士はあまりに驚いて腰を抜かしてしまった。

「クウィントンくん、こ、これがうたた寝の魔術か?」

クウィントン博士はそれには答えず、険しい顔で店主を見た。

「店主、タチナワ公園の場所をご存知ですか?」

「ええ存じています。この店のすぐ裏ですよ。」

「ばかな、私が役場で聞いたらもっと北の方だったぞ、で、でたらめをいうな。」クワタ博士はやけに慌てた様子だった。

「いえ、店主が正しいのです、ほら、私の腕時計は7月14日の朝8時を示しています。」

「そ、そんな......」クワタ博士はがっくりと項垂れてしまった。

「さて、タチナワ公園に行ってみましょう。」

三人は店主に言われた通り、路地裏の道を進んでいくと、眼前にあったはずの街の風景が突然塵のように消え、すっかり晴れた平原が現れた。入り口らしきところに「館縄公園」という看板があった。クウィントン博士がそこに入ると、たちまちリュックがくたびれて肩から落ちてしまい、腕時計もゆるいヒモのようになって、風に吹かれて飛んでいってしまった。

「館縄先生。来ましたよ。」

「よくやった、クウィントンくん。」地面からぼこぼこと喋る声が聞こえた。

「どういうことですか、クウィントン先生。」エチゴくんは耐えきれない様子で聞いた。

「これがうたた寝の魔術なのですよ、エチゴくん。メチゴ町に来る前の透き通った冷たい風を覚えていますか?私たちは寝ている間、時間を忘れてしまいます。太陽も時計の役割を果たしませんし、座標も定かではありません。しかし風が教えてくれました。夜明けがくると。そのために7月14日に行く私は1日早くメバチ町への道を歩いたのです。私はてっきりクワタ博士も14日に行く組だと思っていたのですが。」

「うたた寝の魔術を解いたのは君が初めてじゃ。我が教え子よ。7月1日から始まったのじゃが、まさか14日もかかるとは。」また地中から曇った声が聞こえた。

「そちらはクウィントンくんの教え子かね。私は館縄公園じゃ。よくぞ私の世界に来てくれた。」

「質問していいですか?」エチゴくんは少しニヤついて言った。

「なんじゃ?」

「宝はどこにありますか?」

「何を言っとる。私の世界に来た経験こそ宝じゃ。はっはっは。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「も、もちろん校長として成績を認めよう。それで良かろうな?さて、おい、クワタ、全く、まんまとワナにはまりおって、貴様は破門じゃ!」


 今日はよく晴れた7月21日だ。

 エチゴくんとクウィントン博士はどうやら10日も寝ちまってたらしい。すっかり寝ぼけた顔になってしまって、居眠りの魔術は実在したみたいだ。

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うたた寝の魔術 ライリー @RR_Spade2

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