第141話 負けるはずがないのさ
「ええええええ!?」
「俺の名前はポパルピト・マルケニス。お前の本当の父にして創造主だ。こうしてお前の魂をここに呼び寄せたのは――」
「ええええええええええええ!?」
「聞けや」
ポパルピトと名乗った少年は騒いでいるキメラに怒鳴った。
「そっかー。キメラしんじゃったのか」
「イチイチ驚きやがって。知っていたんだろう? こうなるってことは」
「うん。なんとなくわかってた」
「なら受け入れろよ」
「うん。あ、おまえはようすをみてたんでしょ?」
「きひひ。お前じゃない。俺の名前はポパルピト・マルケニス」
「いいにくい。それにいいなまえじゃない。そのなまえはやめたほうがいいよ?」
「……」
少年の目がまっすぐなキメラの目を見据える。
そして。
「そうだな。確かに……いい名前じゃないかもしれない。いや、そもそも名前ですらなかった。で。なんだって?」
「おまえ、そとのようすしってるか?」
「外? ああ、リュクス・ゼルディアたちの事か。ああ知ってるぜ。見てたしなぁ」
「ぱぱは……だいじょーぶだったか?」
「ああ。お前のお陰でな。まったくあの男、あの程度で心が折れてしまうなんて情けないヤツだ」
「ぱぱのわるぐちいっちゃめー! でも……そっか。いきてた。ぱぱいきてたんだー。よかったー」
「……。なんだお前。普通、親が子供を守って死ぬもんだぞ」
「そうなのか? それがじょーしきか?」
「……? ……。……。いや……。きっひひ。違うかも」
「だろー! キメラはぱぱをまもれてうれしーよ。ぱぱがしあわせなら、それがキメラのしあわせ」
純粋に笑うキメラを見て、少年の目が悲しげに揺れた。
「全く。駄目な親を持つと苦労するな。お互いに」
「うー?」
少年の言葉にキメラは首を傾げた。意味がわからなかったのだろう。
そして少年も、別に伝わらなくていいと思った。
「キメラ」
「う!」
「単刀直入に言う。俺がお前をここに呼び寄せたのは……制作者としての縁をつかってここにお前を呼び寄せたのには理由がある」
「う~。だからむずかしーことはわかんないよ」
「きひひ。そう言うと思った。だから簡単に。シンプルに言う。このままではお前の大好きな父親、リュクスは死ぬ」
「ええええええええええ!?」
驚愕の声をあげるキメラ。
「ま、またまた~」
「きひひ。冗談じゃないぞ。十万以上の命のストックと全盛期の魔王以上の能力。はっきりいって無法。世界のバグみたいな相手だ。それこそ命がいくつあっても足りない。きひひゃひゃ」
何が笑いのツボに触れたのか、自分で言ったことに爆笑する少年。
だがキメラにはまったく笑い事ではなかった。
「きひひ。お前は父親を守れたと思っていたみたいだが……無駄。とんだ無駄死に。きひひよかったなぁ。直にお前の父親とその友人たちもこっちに来るぞ」
「だめ……ぱぱ。だめだよ」
キメラの目に涙が。
自分が死んだことではなく。父であるリュクスが死んでしまうことがたまらなく悲しかった。
それによって、モルガをはじめ多くの人たちが悲しむことも。
自分に優しくしてくれた人たちの悲しむ顔を想像すると、涙が溢れてくるのだ。
「きひひひ。ざまぁ見ろ~と言いたいところだが。リュクス・ゼルディアには負けて貰っては困る。俺としても」
リュクスたちが対峙する怪物トルルルリはこう言った。
王都に進撃しマスマテラを殺すと。
それは少年にとっては許せない行為だった。
王都には父親と。たった一人の親友がいるのだ。
肉体が滅びた後、魂だけとなった少年は多くのことを知った。
父と敬い憧れていた人物が自分対して思っていたこと。
親友と思っていた男の記憶の中の自分がどう変わったかということ。
だがそれでも、少年が父親と親友を守らない理由にはならなかった。
馬鹿だと言われても。愚かだと言われても。
そして、敵であったリュクスに塩を送る形になったとしても、助けたい者たちがこの少年にも居るのである。
「きひひ。だからお前を生き返らせる。お前があのジジイを倒すんだ」
「うー? キメラ、いきかえれる?」
「きひひ。そのためにお前を呼んだ。ライフストック。融合魔法によって生まれたお前なら本能で知っているはずだろう?」
ライフストック。
融合魔法によって生まれたモンスターは、融合素材となったモンスターの数だけ、命を持つ。
「でも、キメラのいのちはキメラのいがい、ぜんぶおふだにとられちゃったよ?」
「確かにな」
キメラの融合に使われたボスモンスターは8体。
本来キメラは8つの命を持っていた。
だが究極呪縛札に封印された90%の肉体に、その内の7つを持って行かれ、その全てはトルルルリのコアクリスタルへと変換されてしまった。
「キメラしってたよ。いのち7ことられてたって。だからいっかいしんだらおわりって」
それでも守りたい人たちが居たのだ。
世界で一番大好きな、頑張り屋さんのパパ。
優しくて面倒くさいママ。
怖いけど沢山撫でてくれたリィラ。
暖かい手をしていたエリザ。
近くに居るとドキドキするクレア。
食べ物の大切さを教えてくれたレオン。
カッコいいおもちゃを沢山くれたイブリス。
彼らのためならたった一つの命を賭けることに、何の迷いもなかった。
「きひひ。お前、忘れてるぞ。お前がみんなから愛される姿になるために参考にした亜人種の女たちが居ただろう? 食って、吸収した女たちの命も、ライフストックとして使用できる」
「えっと……キメラ、かいじゅうだったときのことよくおぼえてない……」
とはいえ、リュクスたちと交流し道徳観を身に付けてきた今のキメラには、朧気に残るその記憶に胸が痛む。
可哀想なことをしてしまったと。
もっといい方法があったんじゃないかと。
あの場に父であるリュクスが居れば、生きて彼女たちを助けることができたんじゃないかと?
時折思い出しては胸を痛めていた。
「きひ。気に病むことはない。実はあの女たちはなぁ。少し前にここに来たんだよ。そして俺は伝言を頼まれている」
「え?」
「きひひ。女たちは言っていた。『あの地獄から解放してくれてありがとう』ってな」
「うー?」
キメラにはわからないし、わからなくていいことだった。
トルルルリに捕らわれ、人生を奪われ、女としての尊厳をすべて壊され、奴隷のように使われていた日々から、彼女たちは死ぬことによって解放されたのだ。
キメラの行動は、彼女たちにとって救いだった。
「あとはこうも言っていたな。『あの
全てをキメラに託し、女たちはこの川の先へと進んだ。
今世での忌まわしい記憶を洗い流し、全て忘れ、次の命へと生まれ変わっていった。
彼女たちの次の生が、幸福でありますようにと、幼いながらにキメラは祈った。
「気の毒な女たちはこの先へと向かった。でもお前は違う。ここはお前の居る場所じゃない」
「うー。でもキメラがいったところでかてるかなー?」
「きひひ。勝てるさ。お前。もうとっくに次の進化のエネルギー貯まってるんだろう? 知ってるんだぜ?」
「ぎくッ!? ぎくー」
「何故それを使わない? 強大な力を得られるというのに」
「つ、つよくなったら……キメラまたこわいすがたになるかも……。そしたらもう、ぱぱもままもキメラをあいしてくれない」
キメラは指で地面をつつく。
ここ数日。
みんなから可愛がって貰える環境はキメラにとって天国だった。
その環境が。みんなとの関係が進化によって変わってしまうことを、キメラは何より恐れていた。
「きひひ。安心しろよ。お前の父親……それに仲間の連中も。見た目が気持ち悪いくらいでお前を嫌いになったりはしない」
「そーかなー?」
「信じてやれよ。自分の父親をさ」
「……。うん。そうする!」
「きひっ。いい子だ。ほら、とっくにお前のライフストックは解放済み。早く現世に戻りな」
「うん。あ、そーだ。おまえもこい」
「は?」
突然のキメラの提案に、少年はきょとんとしてしまう。
「おまえいーやつ。おまえもともだちになれる」
「は……はは。無理だ。俺は現世に体が残ってないからな。それに……俺はこの先に行かなくちゃならない。お前とはここでお別れだ」
「ざんねんだなー」
「そうでもないさ。何もかも忘れて、新しく生まれ変われるんだからな」
「そうかー。それじゃ。つぎもいいやつにうまれかわれ。な?」
「きひっ。余計なお世話だ。ほら、さっさと行け
「うー!」
ニカっと笑うと、キメラの姿は消えた。
魂が、現世の肉体へと戻ったのだろう。
それを見届けてから、少年は「らしくない」と自嘲した。
「きひ。別にお前の為にやった訳じゃないぞリュクス・ゼルディア。あのキメラが死んでしまうより、生きていて迷惑をかけられる方が辛いんじゃね? と思ったからこうしたまでだ。ふん。キメラよ、存分にアイツに甘えて、困らせてやれ」
その時に少年が見せた、普段の意地悪い笑顔とは違う、優しく慈愛に満ちた表情を見た者は誰もいない。
やがて少年を乗せたボートは霧の先、光の方へと向かっていく。
楽しかった記憶も悲しかった記憶も等しく優しく洗い流し。
失敗作と称された歪んだ少年の魂は、少女に貰った少しの暖かさを残し、新しい人生へと旅立っていく。
***
***
***
「ぐおおおおおおおお」
「ゼェ……はぁ……」
トルルルリの上半身が吹っ飛び、浮遊する下半身が地面に落下した。
「くっ……ここまでやってまだ二回……」
「ちょっと冷静になれよリュクス」
「そうだよ。キミがこんなことをしてもあの子は喜ばないよ」
「すまない……頭に血が上った」
キメラが倒れた後。
無我夢中で攻撃を仕掛け、なんとかヤツを二回殺した。
だが代わりに、大事な武器だった九頭竜刀を折ってしまった。
『パリン』
天井のコアクリスタルが砕け散り、トルルルリに降り注ぐ。
あと十数秒でまた復活する……。
「あと十万に……ったく、覚えてられるかよ」
思わず悪態をつく。
その時だった。
「き、キメちゃん……良かった。良かったです……リュクスくん!」
感極まったリィラの声と同時、俺はキメラの元へと駆けよってその小さな体を抱きしめる。
「ぱぱ……くるしーよ」
「ごめん。でもこうさせてくれ。お前、一体どうして」
「せつめいはあと。まだたたかいはおわってないでしょー!」
俺の抱擁を抜けると、キメラは復活したトルルルリを睨み付ける。
「おお……おおおお! ワシのお嫁ちゃん候補復活! よくわからんがこれは朗報じゃ」
「ぱぱ、キメラ、しんかをする。そうすればあいつたおせる」
「……進化。いけるのか?」
キメラは頷く。もしそれが本当なら……この絶望的な状況を打開できるかもしれない。
「ぱぱ。みんな。キメラがどんなみためになっても……キメラのこときらいにならないでね?」
「はい! 例えどんな姿になろうとも。私たちはずっとキメちゃんのことが大好きです!」
感極まるリィラと、それに同意して頷く仲間たち。
「ああ。どんなに変わったって、お前は俺の自慢の娘だ。行け! ――進化だ!」
「うんっ!!」
キメラと繋がった魔眼が熱くなる。
テイマーとそのパートナーたるモンスターが真の絆で結ばれたときに起こる進化という奇跡。
キメラの小さな体が光輝き、どんどん大きくなっていく。
かつて、怪獣のようだった頃と同じ大きさに。
だが、姿形はまるで違う。
その姿に、イブリスは声を漏らした。
「キメラさん……いいなぁ。やっぱり君は、なりたい自分になれるんっすね!」
現れたのは黒金のモノゾイドメタル装甲に身を包んだ、ヒロイックな姿をしたドラゴン。
その姿はかつてイブリスの部屋で遊ばせて貰った、空想のモンスターフィギュアによく似ていた。
「あはは……いろいろなフィギュアのカッコいいところの継ぎ合わせだ」
イブリス手製のおもちゃで沢山遊んで、色々なフィギュアのカッコいいパーツを寄せ集めたその姿はまさにキメラ。
「でも今度は色が統一されているから、ちゃんとしたメタル系のドラゴンに見えますよ!」
「ああ……黒いボディに金の差し色が神々しい」
「まるで神様みたい……」
『パパ? どう? キメラ、怖い?』
「いや……」
誰よりも強く、優しく、大きく進化した娘にかける言葉は、これしか思いつかない。
「最高にカッコいいぜ。やっぱりお前は、自慢の娘だ」
***
***
***
あとがき
次回、いよいよ反撃です!
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