第11話 力を合わせて
「さ、じゃ、次はママの番だね」
「ママ? ママがどうしたって? ってうわぁ! ママ? ママ?」
道隆がリビングのローテーブルに突っ伏したまま石と化している妻・和美を見つけ、背を揺するが、なにせ石になっているため、びくともしない。
「と、父さんどうすればいい? って父さんも何でいるんだ? さっきから父さんと会話していると思ったら父さんと話をしているだなんて! 死んだはずの父さんが亡くなっているだなんて! そうか、これは夢だな? 僕は夢を見て寝ているに違いない。そうだ、そうに違いない」
ゴチン!!
「痛ぇぇぇ!!」
道幸にゲンコツで頭を殴られた道隆が涙目になって頭を抱える。
「こん馬鹿もんが、言ってることが混乱しておる。現実逃避するな。戻ってこい」
「この子はいつだってそうなのよ。ドッシリ構えているようで意外と小心者だから」
「か、母さん?」
今度は縁側に、祖母・杏樹がやれやれという表情で立っていた。
祖父に続いて祖母まで現れ、道隆が目を丸くして驚く。
「あぁ、お祖母ちゃん。お祖母ちゃんがお祖父ちゃんを寄越してくれたの?」
「女王アナスタシアの力を借りてね。あなた、待たせちゃってごめんね」
「待たされたと言ってもたったの一年だ。もっと遅くて良かったのに」
杏樹がそっと道幸に寄り添う。
お互い死んでもラブラブらしい。
歌音がそこにそっと近づく。
「お祖母ちゃん。ママの所に潜ろう」
「あぁ、そうだね。んじゃそっちはあたしも手伝おう。門を開くよ、歌音」
「うん、お祖母ちゃん」
歌音と杏樹は揃って、石になった母・和美の前に立った。
杏樹が懐から短杖を出して、宙に魔法陣を描く。
「デドックメェ インプロフンディス コルディスメイ(導け、心の奥底へ)! 歌音、同期しな。行くよ!」
歌音も母を思いながら短杖を魔法陣に向けた。
と、祖母と孫の念が届いたか、魔法陣ごと空間が真っ二つに裂ける。
裂け目は二メートルくらいまで広がり、そこから向こうが見えている。
だが、向こう側の世界も同じようなモノトーンの空間だ。
杏樹と歌音は顔を合わせうなずくと、裂け目を潜った。
◇◆◇◆◇
十五年も同居しているなら深刻な喧嘩の一つや二つしそうなものだが、それも無かった。
和美が結婚前に事故で両親を亡くしていたことも、その要因の一つかもしれない。
和美は姫宮家の嫁でもあり、道幸、杏樹にとっては実の娘同然の存在でもあったのだ。
「お義父さん、お義母さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
和美は石になったとき同様、喪服を着ていたが、その姿は明らかに若くなっていた。
姫宮家に来た頃の年齢――二十代前半の頃まで若返っている。
そうしてテーブルに突っ伏し泣き続けていた。
十代で両親と死に別れた和美にとって道幸、杏樹ら義両親は、名実ともに第二の親でもあった。
それだけ心を許せる存在だった。
大切な旦那さま――道隆と出会い、子にも恵まれた。
それだけでなく、義両親とも気が合い、おおむね幸せで平安な日々を過ごして来られた和美にとって、道幸と杏樹の死の衝撃はかなりのものだった。
人の死は避けられないものとはいえ、まさに二度目となる親との別れとして、和美の中に大きな傷を作っていたのだ。
杏樹は和美に近寄り、黙ってその身体を抱きしめた。
「お義母さん?」
和美が気づいて顔を上げる。
こちらも道隆同様、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をしている。
「ありがとうね、和美さん。あたしが心置きなくあの世に行けるのも、あんたがいてくれるからだ。あんたは今まで本当に良くやってくれた。あんたには感謝しかない。嫁として、義娘として、あたしはあんたを誇りに思う。だから顔を上げておくれ。胸を張っておくれ」
「お義母さん、私、何もできなくって、至らなくって。今回お義母さんが亡くなられたのだって私がもうちょっと気をつけていたら……」
「タラレバは言い出したらキリがないよ。あたしがあのタイミングで死ぬのは運命だった。誰のせいでもない。恨んでもいない。言ったろ? あんたには感謝しか無いって」
「お義母さん……」
和美の顔が明るさを取り戻していく。
そこを魔法陣の裂け目を通って、道幸、道隆親子が姿を現す。
「和美、怪我は無いか?」
「和美さん、無事かい?」
「あなた? お義父さんまで? これ、どういうこと? 私、死後の世界にでも迷い込んじゃった?」
慌てて立ち上がった和美が一瞬で歳をとり、本来の四十歳の姿に戻る。
「ママ、大丈夫?」
「歌音! ごめんね、ママ死んじゃったみたい。パパを頼んだわ。私は雲の上からいつまでもあなたたちを見守っているから」
「死んでない死んでない! 戻ってきてぇぇぇぇ!」
優しい目をして歌音の頭を撫でる和美の腕を、歌音がガクガク揺らす。
「え? 私生きてる? なーんだ。っていうと何があったのかしら。あぁ歌音。ママはもう大丈夫。元気だからね。心配かけてごめんね」
「それでこそだよ、和美さん。歌音はまだまだ子供だし、道隆みたいな甘ちゃんをあんたがコントロールしてくれなきゃ、あっという間に姫宮家は崩壊するからね」
「お任せください、お義母さん! で、これはどういう状況なんですか?」
和美が目の端に涙を張り付かせながらも冷静さを取り戻す。
「まずは元の世界に戻ろう。ここは
こうして杏樹の導きにより、姫宮家の五人はモノトーンの世界において一年ぶりに全員集合を果たしたのである。
◇◆◇◆◇
姫宮家の生者三名と死者二名は、久々の再会を祝い合い、揃ってリビングでお茶を飲んでいた。
ここにいる五人は色を取り戻している。
念のため他の部屋も見てみたが、電気水道も問題無く通り、部屋の明かりも点く。
灯りの下で見る限り、この家までは色を取り戻せたように見える。
和美の淹れたお茶をズズっと飲むと、杏樹が口を開いた。
どうあれ、状況を説明できるのは魔女の杏樹以外いないので、何はともあれ杏樹が話し出すのを待つしか無かったのだ。
「道隆と和美さんが正気に戻った今、どうやらこの家だけは無事、色を取り戻せたようだね。だが見ての通り外はすでに真っ暗だ。夜になったことだし、この家以外は敵の勢力圏内に落ちたとみていい」
「わたし、失敗しちゃったのかなぁ」
歌音が魔女の恰好のまま、体育座りをしている。
無事、妖精のテンとも合流を果たせたようで、歌音の隣であぐらをかいていたテンが口を開いた。
「んにゃ。この家とカノンが生き残っている以上、まだ引っくり返せるよ。カノンが七色の精霊の力を手に入れたお陰で時間が少しだけ伸びた。
「このオモチャ、何だい? 歌音。ずいぶんと高性能な着せ替え人形だな」
「パパ、この子は妖精だよ。オモチャじゃないよ」
歌音が道隆の反応に思わず肩をすくめる。
本来なら一般人である道隆に妖精は見えないはずだが、同じ結界内に放り込まれたせいで見えてしまっているようだ。
杏樹がテンに向かってうなずいてみせる。
「で、どうすればいいの? テン」
「うん。色は失っても世界の一日のサイクルは変わらない。日が昇り日は沈む。これだけは不変だ。つまり、モノトーンの世界でも夜明けはある。そこで敵の力を手に入れることができたなら……」
「敵って……誰?」
「黒色の精霊と白色の精霊。こいつらと契約できれば、この世界の色を全て支配することができる。そこまでいけば、この世界は正常と判断され、元の世界と勝手に融合するはずだ。それでこのミッションは終わる。オーケー?」
「分かった。ってことは、勝負は……」
「明け方。この時期だと日の出は五時
明け方の勝利を祈って、歌音はテンと拳を合わせた。
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