第22話 周章狼狽

 出陣の準備も整い、あとは出陣するだけとなったある日、サーシャが産気づいた。


 もう間も無く……という事で魔王城改めてクリード城(仮)には医者や助産婦が控えていた。


 すぐに分娩用に整えられた部屋へと運び込まれ分娩が開始、俺はサーシャの隣で手を握り、汗を拭い、ひっひっふー! とする役目を担うものだと思っていたが、どうやら分娩室は男性の立ち入りは禁止のようだ。俺の覚悟……


「落ち着かない……」


 ソワソワと分娩室の前をウロウロするしか出来ない。


「レオ殿、少し落ち着かれよ」


 そんな俺の様子を見て、ジェイドが呆れたように声を掛けてきた。

 俺を御館様と呼ばないのは周りに人が居ないからだろう。


「だってジェイドさん、出産ですよ?」

「出産だが……男が慌てても仕方があるまい? こういう時男ならドンと構えて待つものだぞ?」

「ドンと構えて……」


【無限積載】から椅子を取り出し、腕と足を組んで座る。

 ううむ……落ち着かない……


「何をしておるのだ……」

「いや……ドンと構えて……」

「姿勢の問題ではなく心構えの問題なのだが……」


 しかしジェイドが居てくれて助かった。

 俺の周りは女性比率が高すぎてあまりこういった弱みを見せるのは憚られる。

 俺の周りの男性と言えば、マーク、ダニエル、フィリップ、そしてジェイドくらいであろうか?


 アンドレイさんやアレクセイは聖都に居るからな。


 フィリップはまだ未婚だし、マーク、ダニエルは最近結婚したばかりでまだ子供は居ない。

 父親はジェイドしか居ないのだ。


「ふむ、ならばライノス公爵とその跡取りに伝えに行ってはどうかな?」

「それだ!」


 ここに居て落ち着かないのなら離れるのも一つの手……

 ずっと離れておくのはダメだと思うがすぐ戻るし、気も紛れるだろう。


 いきなり訪ねるのも迷惑だろう。【思念共有】を発動してアンドレイさんに繋ぐと、暇では無いが今は屋敷に戻っているとの事。

 急いで【傲慢なる者の瞳】で転移先を確認、問題無さそうだ。


「行ってきます!」


 ジェイドに一言挨拶をしてライノス屋敷の目の前へと転移した。


「何者!? ってクリード侯爵様!?」


 毎度のことだがライノス屋敷の目の前に転移で現れると警備兵に警戒されるな……

 少し離れた位置にとも思うが、今日は急ぎなので勘弁してもらおう。


「いきなり済まない。当主殿は居られるか?」

「はい。取り次いで参りますので少々お待ちいただけますでしょうか?」

「頼む」


 警備兵に取り次いでもらい中へ、使用人にアンドレイさんの執務室まで案内してもらう。


「いらっしゃいレオくん。今日は急にどうしたんだい?」

「急に連絡してすみません。実は、先程サーシャが産気づきまして……」

「なんと! それで生まれたのかい!? 男の子か? 女の子か?」

「ちょ! 落ち着いてください! まだです、さっき分娩室に入ったばかりです!」


 アンドレイさんは凄い勢いで立ち上がり問い詰めてくる。

 圧がすごい……落ち着いて欲しい。


「なんだ、そうだったのか……取り乱して済まないね。それで、わざわざ私に伝えに来てくれたのかい?」


 少し落ち着いたのか、アンドレイさんは椅子に座り直す。

 良かった……って慌てるアンドレイさんを見てたら何だか俺も落ち着いたな……

 ジェイドがここに来させたのはこのためか。


「ええ。部屋の前でソワソワしていたら家臣に落ち着けと……落ち着かないのならライノス公爵に産気づいたことを知らせに行ったらどうかと言われまして」

「なるほど……たしかにレオくんにとって初めての出来事だからね。落ち着かないのは私も分かるよ」


 アンドレイさんは先程までの狼狽っぷりはどこへやら、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「アンドレイさん……」

「さぁ、ここで話していたら生まれてもすぐに分からないよ? 領地に戻ろうか」


 アンドレイさんは立ち上がり、俺の肩に優しく手を置いた。


「ありがとうございます。少し落ち着けました」

「役に立てたようで何よりだよ。それより早く行こう」


 ……ん?

 一緒に行くの? まぁ全然いいんだけど……

 仕事はいいのかな?


「キミ、アレクセイには私はクリード領に居ると伝えておいてくれ。じゃあレオくん、行こうか」

「あ、はい」


 特に反論することも無く素直にアンドレイさんを連れてクリード城へと戻ってきた。


 再び分娩室の前に陣取り使用人にお茶を持ってきてもらい心落ち着けて待機する。


「レオくん、貧乏揺すりが酷いよ?」

「すすすすみません」

「いや、いいんだけど……」


 またなんだかドキドキしてきた。

 カップを持つ手がバイブレーションしている。


「御館様、出産は長丁場、今からこれでは出産まで持ちませんぞ?」

「そうは言いますけど……」


 アンドレイが来たためにジェイドの言葉遣いも家臣のものとなっている。

 俺はそれに気付く余裕もない。


「少々失礼します」


 ジェイドは立ち上がりどこかへ行ってしまった。


 一体どこへ行くのだろう?

 主君の正妻の出産だぞ? 不敬だぞ?


 そんな益体もないことを考えながらソワソワしていると、イリアーナがやってきた。


 おかしいな、よめーずはリビングとして使っている部屋で待機すると言っていたのだが……


「レオ様落ち着いて。ほらいーこいーこ」


 俺の前までやった来たイリアーナはおもむろに俺の頭を撫で始める。


 何してるの?


「お父さんがレオ様が緊張で死にそうって言ってた」

「死にはしないけど」


 ジェイドめ……


「レオ様も今日からお父さん。お父さんがしっかりしないと奥さんも子供も心配」

「イリアーナ……ありがとう」

「どういたま」


 それだけ言うと、イリアーナは元来た道を戻って行った。

 え、このために来たの?


「いい娘さんじゃないか」

「ええ、そうですね」


 アンドレイさんの目線から見てイリアーナたちの存在ってどう見えるんだろ?


 隔意があるようには見えない、むしろ微笑ましいものを見るような目で見ている。

 俺がアンドレイさんの立場なら……イリアーナは娘の旦那の浮気相手にしか思えないと思う。


 それから次々とよめーずが現れて一言掛けてから俺の頭を撫でて戻っていくという不思議な時間が流れた。


 アンドレイさんはそれをただ微笑ましそうに眺めている。

 なんだかいたたまれない……


 最後に来たアンナが戻り、入れ替わりにジェイドの姿が見えた頃、部屋の中から元気な産声が聞こえてきた。

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