誰が為の精霊使い〜やり込んだゲームへの転生先は『実は才能を秘めてた』なんて事もない噛ませ犬悪役だったけど、劇場版限定の最凶の闇精霊と契約して推しを護る為に最強を目指します〜
きのこすーぷ
第1話 目覚め
漫画やアニメ、ゲームや小説のキャラクターに恋する事はいけないのだろうか。
数多の創作物が世に放たれるようになった現代。表紙やパッケージが視界の隅に触れた時、「あ、このキャラクター可愛いかも」と目を奪われた事が一度はあるはずだ。
そうしてなんとなく手に取って読み進める、またはプレイしているうちに、いつの間にかそのキャラクターに心惹かれてしまっていた──ということも珍しくないと思う。
少なくとも、俺はその一人だった。
俺は、『誰が為の精霊使い』というゲームに登場するエクシアというキャラクターに、気付いた時には恋をしていた。
もしもこの感情を誰かに打ち明けることがあれば、触れもしない相手に何を考えてるんだと。目を覚ませ、現実を見ろと諭されるだろう。
そんなこと言われなくてもわかっている。
この思いが絶対に叶わないことも、追い求める度に虚しさだけが積もることも、俺自身が一番理解しているつもりだ。
でも、だけれど。一度抱いてしまった恋心はそんな簡単に冷めてはくれない。
だから俺は、せめて彼女が一際輝くその姿を見るために、ただひたすらにゲームに没頭した。
スキル構成に装備の組み合わせ、パーティー編成やステータスの厳選まで、彼女が最も活躍できるようにあらゆるモノを試し続けた。
ストーリーだって何周したかも覚えていない。
そして俺はいつしか、実績の全解除やエンドコンテンツの踏破まで、全てをやり尽くしてしまっていたんだ。
もう、やることが無い。
その喪失感は凄まじい物だった。
だからこそ、続編の制作が発表された時には心の底から嬉しくて、思わず子供みたいに飛び跳ねてしまったのを覚えている。
もう一度、あの世界を旅することができるのかと。
次は、どんな冒険が待ち受けているのだろうかと。
そして何より、エクシアがどのような物語を新たに紡いでいくのだろうかと心踊らせた。
だと言うのに──、
「嘘、だろ……?」
『誰が為の精霊使いⅡ』の物語最終盤。
そこでエクシアが死亡した時、俺は呆然と画面を見つめる事しか出来なかった。
彼女の物語はここで終わり。仮にIIIが出た所で、再登場は絶望的だろう。
その事実がどうしようもなく辛かった。
「……もう、いいか」
彼女の居ないゲームを進める気にはどうしてもなれなかった。俺のモチベーションは彼女が起点だったのだから仕方のないことだと思う。
「……はぁ。つら」
もう、どうでもいいや。
セーブすらせずに、俺はゲームの電源を落とそうと終了ボタンを押した。
──その、刹那。
モニターに一瞬のノイズが走り、見慣れないメッセージが映し出された。
『シナリオの改変を行いますか? はい/いいえ』
「……は?」
何が起きたのか理解が遅れた。
なぜならそんな機能は、このゲームに存在していないはずだから。
マルチエンディングなど搭載されていなかったはずだ。
「……」
でも、だけれど。
そんな事、今はどうだっていい。
このクソみたいなシナリオを変えれる可能性があるって、そういう事だよな。
だったらやるしかないだろう。
彼女が生存する可能性があるのなら、やらないという選択肢は有り得ない。
ゲームカーソルを動かして、『はい』を選択する。
そして──
バチンっ! とブレーカーを落としたように部屋全体の明かりが──モニター画面以外──消え失せる。
「……っ!? なんだ!?」
再び画面に走る先程よりも激しいノイズ。
湧き上がる恐怖。
余りにも現実離れした光景に、椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり、転げるように部屋を仕切る扉へと向かいノブを捻った。
しかし扉は壁だと錯覚しそうな程に微動だにせず、砂嵐の音とガチャガチャというノブを捻る音が入り交じるだけだ。
「な、何が起きてるんだよ!?」
俺は扉を背にしてモニターへと絶叫を放つ。
その間に
そんな中、全ての元凶であるモニターのノイズだけが、砂嵐の世界からくり抜かれたように漆黒へと染まる。
そしてピロンッと、やけにデカいメールの通知音が鳴り響いた。
『──隠しクエスト【己の手で掴み取れ】が開始されます。新たな人生をお楽しみ下さい』
訳の分からないメッセージが視界を打ったのと同時、俺は意識も身体もノイズの海に飲み込まれたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
光が滲むように広がる覚醒の兆候に、俺は身を任せて瞼を開いた。視界いっぱいに眩しい程の光が溢れ思わず目を細める。
やがて目が慣れてくると、見覚えのない天井を視認する事ができた。
(何処だ……ここ)
上体を起こして辺りを見渡す。
どうやらベッドに寝ていたらしい俺は、周囲を確認して放心しかける。
自分の住んでいた日本の一室とはまるで異なる、中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出す豪奢な一室に、俺は居た。
つい先程まで自分の部屋に居たはずなのに……これは一体どういう事なのだろうか。
突拍子もない現状に、俺は困惑の渦に叩き落とされる。
それと同時に、意識を手放す直前の事が脳裏を過ぎった。
(そうだ、俺はノイズに飲み込まれて)
思い出すと胸の内を掻きむしるような恐怖心が湧き上がってくる。
止まっているのが怖くなってベッドから降り腕を組むと、意味もなく俺は部屋の中を歩き回った。
すると視界に、一迅の光が差し込んだ。
糸で引っ張られるように無意識に視線が手繰り寄せられる。
そこにあったのは大きな鏡。
豪奢な部屋を背景に、その中央にて腕を組んだ状態で此方を見る少年の姿が映し出されている。
「……へ?」
それは見覚えのない空間で、唯一見覚えのあるモノ。
恋焦がれ憧れた大好きだったゲームの中で、何度も見た登場人物の一人。
「なんで俺、ギルバートになってるんだ……?」
『誰が為の精霊使い』
その中に登場するキャラクターに、俺は何故か成り代わっていた。
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