第三章:ゴミ拾い

ゴミ拾い①

 《狩人》にとって、敵とは何か。


 神獣…獲物は《狩人》にとって食い、食われる関係ではあるが、同時に恵みをもたらす糧でもある。決して敵ではない。

 狩場を荒らし、獲物の残りを付け狙うゴミ拾いスカベンジャーをはじめとする盗賊は戦闘能力に明確に差があり、そもそも敵にはならない。


 つまり《狩人》の敵たり得るのは……同じ《狩人》だけだ。


 その《狩人》が今、敵意を持って俺たちの目の前に立っている。

 そしてその手に持っているのは……。


「あの指揮棒タクト、狩猟武器か」


 じいさんが確認するかのようにつぶやく。いつの間にか槍を構え、戦闘態勢をとっている。


「でしょうね」


 神獣の身体には、死後もなお神授ギフトの一部が宿ることがある。狩猟武器とは、そんな神獣の素材を用いた《狩人》専用の特別な武器だ。

 神気を流し込むことで、その神獣に宿っていた神授ギフトの一部を発動することができる。


「フオン」と音が鳴る。


 この音は、どうやら能面の《狩人》が、ふところから取り出したガラス瓶に狩猟武器らしき指揮棒タクトを近づけたときに鳴ったようだ。

 すると、そのガラス瓶に入った液体が、いつのまにか消えている。


「!」


 それを見て、俺は頭上に目をやった。予想通り、俺の頭上には先ほどバドゥ車を襲ったあの“雲”が浮かんでいる。

 事前に狩猟武器による攻撃を受けていなかったら、気づけなかっただろう。


 あの狩猟武器に宿っているのは、液体を雲にする神授ギフトらしい。


 その場から大きく横に飛び、雲から降り注ぐ雨を回避する。すると、周囲のゴミ拾いスカベンジャーたちが、それを見計らっていたかのように、一斉にボウガンをこちらに向けて構えた。


「フンッ」


 しかしボウガンから放たれた無数の矢は、ゴンゾウじいさんの槍の一回転によって阻まれた。


「どうも」

「おい」


 ゴンゾウじいさんが槍を構え、前を見据えながら話す。


「お前の方が動ける。ワシが突っ込む。お前が射て」


 ずいぶん簡潔な指示だ。言葉は少ないが、意図は十分に理解した。

 返事をするより先に、ゴンゾウじいさんは能面の《狩人》に向かって走り出した。


 しかし、能面の《狩人》はそれに対し…一歩引いた。そして足元にある水たまりに向かって、周囲のゴミ拾いスカベンジャーたちが火矢を放つと、たちまち燃え上がり周囲は炎に包まれた。

 つまりあの水たまりは油で、あれは炎の結界だ。接近を警戒して、事前に足元に油をまいていたのだろう。隠れながら、俺たちの頭上に毒の雨を降らせるつもりだ。


「ヌォオオオオオオ!!」


 しかし、それにひるむゴンゾウじいさんではなかった。轟くような咆哮を上げて、炎の結界も構わずにただ前方へと突っ込む。それでも、能面の《狩人》にひるんだ様子はない。

 その様子に違和感を覚えた俺は、能面の《狩人》の頭上を見る。そこには、注意しなくては気づかないていどの大きさの、小さな雲が浮かんでいた。

 二段構えのトラップだ。無警戒で突っ込めば、あの雲から毒が降り注ぐだろう。


「まずい…じいさん!」


 その瞬間、じいさんと《狩人》の間に、一人のゴミ拾いスカベンジャーが割って入った。両手を大きく広げて、庇うような仕草を見せる。

 それを見た能面の《狩人》は、一瞬ではあるがうろたえた様子を見せた。そのとき、頭上にあった小さな雲も消え失せていた。


「クソ!」


 《狩人》を庇ったゴミ拾いスカベンジャーは、じいさんの槍になぎ倒された。

 それを見た能面の《狩人》は、じいさんを迎え撃とうと腰の宝刀に手をかける。しかしその行動は、俺が放った一矢によって妨害された。


「ぐぁ!」


 肩に矢が突き刺さった能面の《狩人》に、じいさんが槍を突き付ける。


「ここまでだ」


 そう言って《狩人》の喉元に槍を突き刺そうとするじいさん。


「カツン!」

「!」


 しかし、その行動もまた、俺が放った一矢によって阻まれた。槍の柄に突き刺さった矢を見て、じいさんがこちらをにらみつける。


「おい小僧…どういうつもりだ」

「そのまま、そのまま」


 じいさんの槍は、《狩人》の喉元寸前で止まっている。そのせいで、周囲のゴミ拾いスカベンジャーたちも動けないでいる。じいさんも《狩人》も動けない。膠着状態だ。

 俺は彼らに構わず《狩人》に近づき、その能面に手をやった。


「違和感は二つ。まず一つ目が、荷台の中身に興味を示さなかったこと。つまり物資が目的ではない」


 なにせ、襲撃時に真っ先に荷台に火をかけている。物資の略奪を目的とするゴミ拾いスカベンジャーからすれば、あり得ない行動だ。


「二つ目は、アゲハ…姫サマが目当てということ。高い身分の人間がバドゥ車に乗っていることを知っていた」


 身なりを見れば金持ちなのは分かるだろうが、彼らはまず「その娘を置いていけ」と言った。バドゥ車から降りる前に、中にいる人間を知っていたのだろう。


 あとはまあ、さっきゴミ拾いスカベンジャーの一人を巻き込まないよう、毒の雲を消した行動で予想は確信に変わった。肝心なところで、非情になり切れないあの性格には覚えがある。

 姫サマたちの目的や正体を知っていてもおかしくない《狩人》といえば、一人しかいない。


「ここにいたわけね。ジョルジュ」


 能面を外したその顔は、確かに見覚えがあった。俺が救出任務で探していた行方不明の《狩人》、ジョルジュだ。

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